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Over Land  作者: 射手
第三章  クリストフ・アルバー
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第三章  クリストフ・アルバー ①

第三章クリストフ・アルバー


 「くぁ」


 欠伸を噛み殺しながら、俺は夕闇に染まる『町』へと出た。『町』の名前は『ナインクロス』。南北に伸びる通りが三つ、東西に伸びる通りが三つ、それぞれが合わさって出来る九つの交差点からその名が付いた町だ。安易な名前だが、俺は気に入っている。どっかの大統領の名前みたいな名前よりよっぽど良いからな。

 物思いに耽っていると、一段と強い風が俺に襲いかかってきた。いや、別に俺個人を狙ったわけではないのだが。その風をやり過ごすと、視線を巡らせて遠くに見える山を睨む。真っ白に染まった山がいくつも連なる山脈。年中雪が降り続け、もはや氷と化した山である。その山を町の人間は『雪山』と呼んだり、『氷山』と呼んだりするが、要は『寒い山』だ。そんな山から吹き降ろされる風は非常に冷たくて強い。さっきの風も、瞬間風速十メートルといったところだろうか。風速一メートルに付き、体感温度が一度下がるという計算を信じるならば、気温が十度下がったことになる。うん、寒いな。寝起きの身には、非常に辛いものがある。

 今度は空を見上げる。いつも雪が降っている地のため、青空はたまにしかお目にかかれない。もちろん、今日も薄い雲が覆っていて一番星すら見えやしない。せっかく俺が名付け親になってやろうと思ったのにな。こんな世界だから星に名前を付ける奴なんていないだろう。

 あぁ、寝起きのせいか、やけに夢見がちな考えが浮かぶ。おっ、と忘れていたな。俺の名前は『クリストフ・アルバー』、『クリス』でいい。そして、この町が『ナインクロス』、ん?さっき教えたか?じゃあ、この町の二つ名を教えてやろう。この世界にある町には二つ名がついてるんだ。『水の町:グランタリア』『火の町:レア』『風の町:ランダ』『大農場:グランヤード』『海の町:グランシャリア』『鬼の町:グランジール』『平原の町:マチ』『レンガの町:レンド』。以上八つが、『この世界に認められている町』だ。んで、ここ『ナインクロス』は『この世界に認められていない町』ってこと。つまり、俺らが勝手に作った町だ。町としての恩恵を受けられない町。そんな町をこの世界の人々はこう呼ぶんだ。


 『絶望と希望の町:ナインクロス』




 誰に語りかけていたのか、まださっきまで見ていた夢に引きずられていたのか分からないが、再度吹きつけた『風速十メートル』が俺の目を覚ました。寒い寒い、非常に寒い。こんなときは温かいものでも食べて温まるに限る。ちょうど、腹も減ってきたしな。

 俺は、ぐぅ、と音を鳴らす腹を摩りながら町を歩いた。


 『ナインクロス』の形状は非常にシンプルだ。規則正しい正方形。さっきの雪山から町を見下ろせば綺麗な正方形が見て取れる。設計士と鳶大工の腕が良かったからな。その正方形を形取るのは高さ三十メートルの巨大な壁だ。そして、この壁の中に大きな通りが縦横に三つずつ。それが全て交差して『ナインクロス』の出来上がりだ。

 更にそれぞれの交差点クロスにも名前が付いている。これも簡単な名だ。まず、北から『ノースクロス』、それから西の方向に回って『ノースウエスト』『ウエストクロス』『サウスウエスト』『サウスクロス』『サウスイースト』『イーストクロス』『ノースイースト』と、これまた安易な名前が付いている。そして、最後に町の真ん中『メインクロス』。まぁ、こういう名前が付いているのも、住人に分かりやすくするためだ。たとえば、『ノース』は光が多くて綺麗、『サウス』は下町風で薄暗いが居心地がいい、みたいな感じ。そして、『イースト』は食材やらの店が多く、『ウエスト』は家が多い。まぁ、そんな感じ。

 そして、俺は『風速十メートル』から逃げるように『サウスイースト』を目指した。


 寒さも後押しし、プレハブの森を早足で歩く。いくら『この世界』に木や砂などの資材があるとは言え、一軒一軒を時間かけて建てていては、『町』から溢れた人が集まってくる『ナインクロス』では間に合わない。多い日には二百人前後の人が押し寄せてくるのだ。それに対応しようとすれば、プレハブを横や縦に積み重ねて対応するしかない。『風速十メートル』に耐えられるように、耐風工事も忘れない。そのおかげで、まるでビルのように積み重なったプレハブの森が出来ていくのである。どこでプレハブを仕入れているかなんて聞かないでくれよ。世界人口が半分以下にまで減った『リアル(現実世界)』には、もうプレハブなんていらないだろ?


プレハブの森を歩くと、『サウスイースト』の噴水が見えてくる。『サウスイースト』には屋台が多い。『いろんな所』で仕入れた食材を集めて、最初は『ノースイースト』、それから『イースト』を経て、最終的にはここ、『サウスイースト』に集まる。つまり、傷んだ食材や、売れ残りが集まる場所と言ってもいい。ここで飯を食って腹を壊しても責任は負いかねる、という場所だ。しかし、そんなある意味危険な場所に俺の行きつけの店がある。行きつけと言うか、腐れ縁だ。出来ることなら、切りたい縁だが……。そんな事を思いながら、俺はいつものように、壁と『サウスイースト』の隙間に出来た『暗黒街』へと足を向けた。


『暗黒街』、正方形に形取られた壁と、壁から十メートルほど離して建てたプレハブの間に出来た隙間道のことである。そこには外灯などの明かりはなく、闇の取引、強姦などを行うのに適している場所ということで、その名が付けられた。進んでそこに足を踏み入れる奴は、腕に自信がある奴か、自殺願望のある奴だ、と言われている。ったく、そんなつもりで作ったんじゃねぇよ、設計士に謝れお前ら!と憤慨しつつも、そうなるのを見て見ぬふりをするしかない現実に目を瞑るしかない。


「あらん?」


『暗黒街』を少し歩くと、ぽつん、と赤提灯が見える。そこが俺の行きつけだ。俺の姿を見た店主が、真っ黒な肌に白目の目立つ大きな目で俺を見る。サブイボが出るから勘弁してくれ。


「なぁんだ、今日の一番はクリスちゃんか」

「何言ってんだお前」


 俺が屋台の目の前に立つと、店主──身長二メートル近くある巨体で、筋肉質、焼けてない黒い肌にオネェ言葉、つまりオカマ──が、そんな失礼なことを言う。一番最初に客に言う台詞じゃねぇだろ。つーか、太陽が沈んでしばらく経つのに客がゼロな店なんだから、もっと歓迎しやがてってんだ。


「クリスちゃんには、二番か三番に来てほしかったわぁ」と、ため息混じりに言うカマ。せっかく来てやったのに、そうされると別の店に行きたくなる。そんなことを、いらいら、しながら考えていると、カマは小さな紙切れを捨てた。俺は「ポイ捨てすんなよ」と言いながら、それを拾う。

 そこには、『パルちゃん、クリスちゃん、キムちゃん、キャン、ジェラちゃん』と他、別の組み合わせが書かれていたが、いずれも俺は一番ではなかった。生意気なことにこいつは五連単を狙ってやがった。


「お前、客で競馬ごっこすんなよ!つか、暇なんだな」


 俺はその紙切れを小さく破って捨てると、『風速十メートル』に攫われて飛んでいった。外れクジに相応しい末路だろう。


「そんなこと言わずに、クリスちゃんもヤってみたら?」


 嫌に『ヤ』のイントネーションが気になる言い方で、俺に拳を見せた。親指の頭が人差し指と中指の間から出ている特徴的なやつだ。しかし、そんなことを気にしていては、このカマ野郎に餌をやるだけだ。もちろん、俺は無視を決め込んでパニーノを注文する。


「んなもんいいから、パニーノくれよ、サラミ厚目で」

「んもう、クリスちゃんたら、ノリが悪い上に贅沢言うのねぇ、そんなんじゃモテないわよ」


 カマ野郎は無駄に頬を膨らませながら、サラミを一枚鉄板の上で焼き始めた。強火で焼いているのか、サラミは自らの油を弾かせながら、こんがりと良い色に変わっていく。


「おい、カマ、水くれ、水」

「なによぉ、ここは日本じゃないから、水は有料よ」

「んなケチくせぇこと言うなよ、おもてなせよ」


 すると、カマはサラミをひっくり返しながら、「ベッドの上では上手におもてなせるわよ」と気持ち悪い事を言う。口では変なことを言うが、手はてきぱきと料理人の手際の良さで調理が続いていく。サラミがいい感じに焼け上がると、その隣でキャベツの千切りを一掴み焼き始める。サラミから出た肉汁をキャベツに絡めながら焼き上げる。うまそうだ。


「あ?なんか言ったか?」

「んもう、クリスちゃんったら、話を逸らすの上手なんだからん」


 カマはくねくねと腰を揺らしながら言うと、俺の目の前に水の入ったグラスを置いた。グラスとは見た目だけで、実際はプラスチックのカップだ。俺はすぐに受け取って、水を口に含む。油っぽい所にいると喉が乾くからな。


「関節キッス」


 吹き出した。


「て、てめぇ!客にんなもん出すなや、ゴルぁ!」

「やぁ~ねぇ、減るもんじゃなし」

「減るんだよ!大切なものが確実に!水が低いところに流れるようにドバァーッ!とな!覆水は盆に返らねえんだよ!」

「なぁによ、一生懸命になっちゃって、もしかしてファースト関節キッスだとか?」

「なめんな!間接キスなんざ数え切れんほどやっとるわ!」

「ふぅん、直接はまだなのか」

「~~~っ!てめぇシバキ殺すぞゴルぁ!」


 カマに言われると非常に腹が立つ。

 歯をギリギリさせながら睨んでいると、隣に胸くらいの高さの小娘がぴょこんと隣に並んだ。

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