第二章 アルジール・クライ ⑮
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「あれが説教かよ」
太陽が足を海に沈める頃、僕は店の目の前の土手に座って海を眺めていた。太陽の光が反射し、波によって煌めく海は僕の心の中を空っぽにしてしまう。昨日から今日にかけて色んなことを考えていたからなのか、心の中が空っぽという状況は心地よかった。
「そだよ、おっかないでしょ?」
「おっかないっつーかさ、訳分かんねぇよ」
店から出てきたギルファードは、どこか疲れた様子で土手に登り、隣に座り込んだ。よく見ると、彼の『黒装束』はボロボロだった。きっと、『昨日』という日の為に、無茶な仕事を続けていたのだろう。復讐を成し遂げる為に、泥水を飲むほどのことをしてきたに違いない。それが『今日』、不本意な形で終わる。
「なんで、あの人が泣くんだよ」
「はは、みぃ姉ぇらしいなぁ」
「笑い事じゃねぇ!俺は……」
「優しかったろ?みぃ姉ぇは」
「っ……」
どんな説教が行われたのか分かる。優しくて温かいみぃ姉ぇだから、きっとギルファードの気持ちや悲しみ、苦しみ、絶望を全部受け止めてくれたのだろう。そして、涙を流してくれる。
「なんなん……だよ、俺は……あいつらを、殺そうと……」
「惨めになるよね、殺そうとした相手に優しくされて、受け入れられると」
心に一度燃え上がった復讐の炎は、そう簡単には消えない。しかし、みぃ姉ぇはそれをいとも簡単に消し去ってしまう。その後に残るのは、罪悪感という虚しい燃えカス。今、ギルファードの心にあるのは、虚しいほどの罪悪感と無力感、そして喪失感だろう。復讐が、終わる。
「ちくしょぉ……」
彼は呟くと、頭を抱えた。仲間に裏切られ、見放され、一人になって初めて自分の無力さに気付く。そんな虚しさが彼を襲う。僕たちを照らし続ける太陽は、頭だけを残して海に沈んだ。黄金の光に朱が交わり、哀愁を漂わせる。
「僕も、みんなにはお手上げだよ、さっきユマ姉ぇに会ったら何て言われたと思う?」
答えはなかった。しかし、その無言に先を促されているような気がした。
「『勝手にどっか行くの禁止』だってさ、笑っちゃうよね……。父さんも……母さんもいないのに、……ここには、兄ちゃんと姉ちゃんがいる……、まるで……」
それから先に続く言葉は、声にならなかった。気を利かせた太陽は、頭まで海に潜り込み、二人の涙を誰にも見せなかった。
からん、からん……。乾いた鐘の音が聞こえる。ゆっくりと、誰かが近づいてくる足音が聞こえるが、振り返ることはできなかった。
「アル、ごはん」
くいくい、ローブを引っ張る小さな手。視線を巡らせるまでもなく、あーちゃんだと分かる。
「うん、分かったよ……」
「はやくいこ」
くいくい、と尚も急かすように引っ張る。まだ涙を拭えてないから、すぐに立ち上がることはできない。
「はやく」
「分かったよ、……ギル、きっとお前の分もあるよ」
赤紫だった空の色がだんだんと濃くなっていく。そらに合わせて、海も砂浜も、土手も闇に包まれていく。その闇に包まれている中でも、ギルファードは座り込んだまま動こうとしなかった。
「ぎう?ぎうも来る」
僕の手を引いていたあーちゃんは手を離し、まだ土手の上で座り込んでいるギルファードの元へと歩いていった。そして、肩を揺さぶったり、頭を叩いたり、腕を引っ張ったり。彼女より大きな男を無理やり立たせようとしていた。
「痛ぇ」
「ぎうもごはん」
「るさい」
「あーちゃんも作った」
「は?」
「たまごぱきぱきして、つぶしたの」
ここからは確認できないが、きっとあーちゃんは笑っている。きっとご飯を作るとき、ギルファードのご飯も作ったのだろう。
「えらい?」
「た、卵くらい誰でも割れる」
「えらくない?」
「……えらいよ」
「えへ~」
二人の声が小さくも聞こえる。そして、ギルファードが立ち上がる音も。
「あとね、はっぱあらった」
「葉っぱ洗うのなんて誰でも」
「あーちゃんはえらいなぁ、ギルなんてご飯作ったこともないんだよ」
「はっ?そういうお前だって」
「ぎうえらくない?」
「うん、ギルはえらくない。むしろ悪い」
「て、てめぇ」
真っ暗な闇から振り返れば、温かな明かりが見える。今までギルファードは闇ばかり見てきた。あまりにも眩しくて、温かそうなそれを避けてさえいた。でも──。
「うわぁ、みんなこっち見てるよ」
「あのニヤついた顔……、むかつく」
「おとーさん変なかお」
明かりに灯された彼の顔は、僕が今まで見た中で一番不細工だった。




