第二章 アルジール・クライ ⑭
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僕は身震いするのを抑えることができなかった。『レン』に対して、何度も何度もギルファードとのコンビネーション攻撃を仕掛けたのに、全て回避されてしまった。ほとんどが死角からの攻撃だったのにも関わらず、全てだ。そして、『レン』は武器をしまった。
僕は体勢を立て直すのに、上昇する。ギルファードは『レン』と正対し、鎌を握る。
「なめんなああああっ!」
ギルファードは咆哮して、突っ込んだ。不用意な攻撃に、僕の援護は間に合わない。
「ギル!」
僕は急いで降下するが、間に合わない。ギルファードは渾身の力で鎌を横薙ぐ。その瞬間、『レン』の姿が消えた。
「何っ!」
ギルファードの渾身のひと振りは空振りに終わり、その勢いを制動できず、地面に転がる。その様子は上からはよく見えた。ギルファードの目の前から消えた『レン』は、ギルファードの背後に移動していた。すぐさま、狙いを修正し、上空から鎌を薙ぐ。しかし、今度は僕の目の前からも消えた。分かっている。敵うことのない相手だと言うことは。でも、
「ギル!体勢をっ!」
「お、おう!」
ギルファードはバックステップを踏んで、自身の『スキル』を展開する。その間に僕は『レン』の視線を引きつければいいのだが、見失っている今となっては、それもできない。ギルファードの『スキル』がバレることになるが、そうも言っていられない。生身を晒しているよりマシだ。僕はすぐに上昇を開始して、周囲を探る。すると、僕はすぐに『レン』を見つける事ができた。それも、最悪の場所に。
「ギルッ!」
名前を叫ぶが間に合わない。『レン』はギルファードの背後にいた。
「なるほどな」
「なっ」
ギルファードは慌てて後ろを振り返る。しかし、もう遅い。ギルファードは『スキル』を展開し、脚が膝まで地面の中に入り込んでいる状態だった。その状態では、非常に動きが取りにくい。
『スキル:潜行』──地面の中に潜ることができる。その時、地面は水と同じ感覚となる。波打ったり、跳ね返ったりはしない。地面の中に潜っている間は、息を止めていなければならない。間違って息をすれば、鼻や口に砂が入ってきて、かなり苦しい。地中での移動は泳ぐことになるが、深度を決めることも出来るので歩くこともできる。しかし、水の中と同じため動きにく。
「てめっ!いつの間に──っが!」 ごつん!
「うるさい」
『レン』はギルファードに強烈な拳骨をすると、ギルファードを地中から引っ張り上げた。そして、体を反転させ、流れるような動きで一本背負いを決めた。
「お前はそこで寝てろ。次は、あいつだ」
そう言うと、『レン』は僕を見上げる。震えが止まらない。怖い、怖くて仕方がない。でも、僕は決めたんだ。『レン』と戦う事を。
僕は、『父さんの形見』を握り直すと、店の屋根に降り立つ。
「『レン・カミサカ』、僕は貴方に聞きたいことがある」
今、『レン』と戦う勇気を、『本当のことと向き合う』勇気を持つんだ。
僕は、まっすぐに『レン』を見つめ返した。
「本当に、『死神』を、『父さん』を殺したの?」
ずっと知りたかったこと。
僕の言葉を聞いたギルファードは「なっ?」と動揺していたが、『レン』は静かに僕を見つめていた。
「あぁ、俺が殺した」
「本当に?」
静かに確かめる。落ち着いて、本当のことを聞き出さなければならない。
「俺が殺してない、と言いたいのか?」
「うん、自信がある」
ギルファードの動揺を見ないようにして、僕は続けた。『レン』への恐怖心は不思議と消え、喉は僕の用意した言葉を震わすことなく発した。
「今までずっと、『レン』の戦い方を見ていて思ったんだ、人を殺すようなことはしないって。腕や脚は斬るけど、致命傷になる箇所は絶対に斬らなかった。どんなに酷い事をした人にでさえ、治療して『OLRO』に引き渡してる。なのに、『父さん』は首を斬っていた『レン』が、絶対に斬らないところを」
『レン』は言葉を挟むことなく、僕の言葉をただただ聞いていた。視線をそらさず、僕の両目をまっすぐに見つめて。
「本当のことを教えてよ。『父さん』を殺したのは、本当に『レン』なの?」
「アル!何言ってやがる!」
そんなやり取りにギルファードは焦れたのだろう。『レン』の一本背負いの衝撃で動けないままの姿で、声を荒らげた。
「こいつが、こいつらが!俺たちに何をしたか、忘れたわけじゃねぇだろ!」
ギルファードの言葉が虚しく響いた。その声に誘われるように、店からみずきが出てきた。よく見ると、店の窓からはそら、あすか、つばさ、ユーマ、薫がこちらを見ている。みんなが僕たちを見ている。
「まさか『それ』がお前の戦いだってんじゃねぇだろうな!そんなもん戦いでも何でもねぇ!逃げてんだよ、お前は!」
「ギルには分からないよ!……『父さん』を殺したのが、『蓮兄ぃ』じゃないなら、僕は戦えないよ」
「アルっ!」
ギルファードは怒りの限りに吠えた。
「裏切るのか!」という言葉を聞きたくなくて、僕も吠え返す。
「みんなのいいとこ全部知ってる僕にはっ!みんなを敵に回すなんてできないよっ!お前には理解できない!これは僕にとって命を賭けた戦いなんだよっ!兄姉に武器向けてる時点で戦ってんだ!」
力の限り。
全身全霊。
「『レン』答えてっ!『父さん』を殺したのは誰!」
「……俺だ。直接ではないが、俺と戦った結果には変わりない」
数瞬の間の後、『レン』は答えた。遠まわしの言い方だったが、意味は最初から伝わった。
『蓮兄ぃ』じゃなかった。
「じゃあ、『父さん』は……」
「不本意な形だが、『死神』は罪を償うつもりで死んだ。だから、『お前ら』を逃がした」
そういうと、『蓮兄ぃ』はその場から姿を消した。そして、一瞬にして僕の目の前に現れると、強烈な拳骨を見舞われ、そして、くしゃくしゃと頭を撫でられた。
『スキル:瞬間移動』──説明不要なほど有名な超能力。視界のあらゆる地点に瞬間的に移動することができる。移動できるのは自分の姿のみであり、人や物の移動はできない。ちなみに武器は例外。普通の人間がこのスキルを使用すると、一回で寝込むほど精神力を使う。しかし、何度も使用することで使用回数は増える。
「ばかたれが」
「~~~っ、ごめ、なさっ」
僕の中で何かが途切れた。一生懸命に歯を食いしばるが、視界はすでに滲みきっていた。まばたきをする度に頬を何かが通り過ぎていく。
「ごめんな、もっと早くに言えてればよかったな」
「ご、んなさ」
「俺も怖かったんだよ、お前に伝えるのが、な」
優しい言葉と、手で僕を撫でる『蓮兄ぃ』。
僕は、ずっと欲しかったんだ。
「~~~っし、くだ~~」
「どうした?」
「~~っ、『弟』にしてくださいっ」
こんな温もりを。




