第二章 アルジール・クライ ⑬
view:アルジール・クライ
「で、どうするんだ?」
『レン』は僕たちについて外に出た。両手に剣を持つスタイルで、視線は鋭さを増していた。今まで『レン』に睨まれたことがなかったが、目の前にすると萎縮してしまう。もし、僕が今一人だったのならば、きっとすぐに逃げていただろう。情けない話だが、直感で勝てないと分かってしまう。しかし、今は一人ではない。
「ギル、勝負は一瞬だよ。僕たちが攻撃の手を緩めたら、一瞬で負ける」
僕は『レン』から二十メートルほど離れて、ギルファードに小声で言う。それに「それほどかよ」と苦笑いしてギルファードは鎌を握る。
「ギルはいつも通りに動いて、僕が合わせるから」
「はっ、大丈夫かよ。んで?レンの『スキル』は?」
「『レン』のスキルは──」
「もういいか?」
僕とギルファードが話していると、『レン』が割り込んだ。聞かれるような距離ではない。しかし、結果的に『レンのスキル』の漏洩ができなかった。
「俺は早く終わらせて、飯食って寝てぇんだ。娘が起きる前に、な」
そう言うと、『レン』は右を前、左を後ろに持ち、半身の姿勢になる。確かに『レン』が本気を出せば一瞬で終わる。『スキル』を使われたら、僕らの負けだ。
「『スキル』を使われたら終わる。隙を作らないで」
後ろを振り返らずに言う。この瞬間から、僕は『レン』から目を離せない。そんな僕からの気配を察したのか、ギルファードは「あぁ、分かった」と言った。
「はじめよう、『僕らの戦いを』」
そう言って、僕は大きく跳んだ。
view:神阪 蓮
アルジールが宙に浮き、上昇を始めた。晴れ渡る空に一つ浮かぶ『黒装束』。それほど、目立つものはない。また、地上には、もう一つの『黒装束』。それもまた目立つ。戦いにおいて目立つことは不利となる。それはどんな武道においてもそうである。面と向かい合った状況下でも、気配を断ち、相手の不意を突くことで一本が取れるのだから。そういう面に置いても、彼ら二人は未熟であった。
昔の仲間と再会して、俺への復讐心が戻ったのか?
しかし、相手はアルだ。何の考えもなく俺に向かってくるか?
俺はアルジールの意図を考える。あいつは俺の『スキル』も知っているし、俺の戦い方も知っている。そこへ無策で飛び込んでくるほど、アルジールは馬鹿じゃない。だとすれば、もう一人の『黒装束』の『スキル』にヒントがありそうだ。俺は視線を一度アルジールから切り替え、地上の『黒装束』に向ける。すると、俺の視線が合図となったように、二つの『黒装束』が動き出した。地上の『黒装束』はまっすぐに俺へと向かい、空の『黒装束』は大きく回り込むような形で、俺の視野から消えるように背後に回る。その初動で大方の作戦を理解した。
つまり、空と地上での挟み撃ちということだ。だとすれば、目の前から迫る『黒装束』よりも速く動く、空の『黒装束』を注意すべきだ。
俺は一度首を振り、アルジールの位置を確認する。おおよそ背後、そこから少し逸れた辺りを漂っていた。全くの背面よりも認識し辛い位置。厄介だと思いながら、正面の『黒装束』に視線を戻す。その間、およそコンマ二秒。しかし、そのコンマ二秒の間に地上は大きく変わっていた。
「なっ」
思わず声が漏れる。目の前からまっすぐ迫ってきていたはずの『黒装束』が姿を消したのだ。視界に広がるのは、海と山、そして空。そんな自然の溢れる景色に一つあった『黒装束』の異物が忽然と消えた。おそらく、今の間にもアルジールは移動を続けているだろう。この瞬間、俺は二つの『黒装束』を見失った。武器を持ち、俺の命を狙う二つを、決して見失ってはならない二つの姿を。この時、俺は思い知らされた。
今、俺を狙っているのは、ただの暗殺者ではない。
『死神』だ。
奴らは、音も無く、姿も見せずに人の命を奪う。
「のやろ」
俺は完全に舐めていた。油断していた。一瞬で片を付けられると思っていた。
その瞬間、俺は冷たい気配を背後に感じ、前方に転がる。もはや、勘だ。しかし、その勘は的中し、元いた場所を『死神の鎌』が通過する。その際の風斬り音は不気味に俺の耳に届いた。前転し、起き上がると、そこには姿を消していた『金髪の死神』。躱されたことが信じられないと言うような視線で俺を見ていた。しかし、安心はできない。『金髪の死神』がどうやって姿を消しているのか分からない内は、視線を外せない。俺は、剣を握り直し、『金髪の死神』に斬り掛かろうと脚に力を込める。次の一歩で、奴の懐に入り込み、鎌を奪う。そう狙いを決めた瞬間だった、
「Vergessen Sie mich nicht」
聞きなれた声が、知らない言葉と共に降ってきた。瞬時に、前へと踏み込もうとしていた足の軌道を変えて、右方向に飛びすさる。一回転地面を転がると、再び風斬り音が耳に届く。視線の先には『銀髪の死神』が浮かんでいた。そして、『金髪の死神』はすでに姿を消していた。そして、俺が起き上がると、再び『銀髪の死神』は空へと昇る。また振り出しだ。さっきは何とか気配を感じて躱すことが出来たが、気配なんて曖昧なものに頼り続けるわけにはいかない。いずれは、『死神』に捕まってしまう。せめて、『金髪の死神』の動向さえ分かれば。俺は色んな『スキル』を模索する。
この世界には、透明人間になるスキルはない。せいぜい、気配を絶つ『スキル:隠密』がある程度。しかし、『金髪の死神』は周囲を見渡しても姿が見えない。物陰に隠れている可能性もあるが、コンマ二秒で姿を隠せるわけがない。だとしたら、どこだ?
考えを巡らせるが、そんなことは『死神』には関係がない。問答無用で、迫ってくる。再び刃のひりついた気配に、またも前転で回避。しかし、今度はそれを読んでいたのだろう。『金髪の死神』は一歩踏み込んできた。躱されると分かっている一撃を軽くし、踏み込んで必殺の二撃目を繰り出す。それを躱さずに、右の剣で受け流す。その反動で『金髪の死神』の体が流れ、死に体になる。ここで一撃を加えると、『金髪の死神』はしばらく動けなくなるはず。
と、考えるが、もちろん『銀髪の死神』はそんな間を与えてくれない。直滑降してくると、その勢いのまま鎌を横薙いでくる。それを左の剣で受け止める。すると、今度は体勢を立て直した『金髪の死神』が背後から一撃、今度はしゃがんで躱す。
間がない。とめどなく続く『死神』の攻撃に、考えを巡らせる間がない。ましてや、『死神』は無音、無声で攻撃してくる。本当にタチが悪い。
俺はリズムを変えるために、『金髪の死神』の攻撃を弾き返すと、大きく飛び下がった。その行動は読めていなかったようで、『銀髪の死神』の攻撃は空を斬る。
「はぁ、はぁ、てめぇら」
毒づく。こいつら二人のコンビネーション攻撃を受けると、こっちは攻撃が出来ない。もちろん、それが狙いなのだろう。しかし、俺にはまだ、甘い気持ちがあった。この二人をどうやって傷つけずに止めることができるか、などと考えている。そんなことを考えていると、剣が振れない。ならば、いっそ。
「覚悟しろよ」
俺は両手の剣を『持ち物』の中にしまった。




