第二章 アルジール・クライ ⑫
夜が明けた。
ログハウスの窓には、まだ乾かない雨粒が張り付き、昇った朝日を眩く乱反射させている。そのせいか、フロアの中はいつもより明るく感じる。しかし、そこに漂う空気は、非常に重苦しいものだった。
「みぃ、お前は寝ろ」
フロアの中心にあるテーブルの上には昨日の夕飯が一式残っていた。それは食べずに出ていった少年のもの。その少年の『姉』は夜通しテーブルの椅子に座り、指を編んで『弟』の帰りを待っていた。
「いいよ、蓮ちゃんこそ休んでよ。あーちゃん起きてくるよ?」
『姉』、みずきは力なく微笑みながら言う。それに「確かに起きてきたら寝れなくなるな」と返して、俺も椅子に座る。昨日は、アルジールの帰りを待ってから夕飯を始めることにしていたが、あまりにも帰ってこない為、おっさんに『捜索』を頼んだ。しかし、『町』のどこにも見つからず、夕飯後に、俺とみずき、薫、ユーマの四人で探しに出た。おっさんの『スキル』を疑ったわけではないが、居ても経っても居られなくなったのだ。そして、見つからないまま、雨の中の捜索は午前零時の雨が上がると同時に打ち切りとなった。それからは、みんなに休むように伝え、俺とみずきだけがフロアに残った。
「おっさんコーヒー淹れてってくれてるからな、飲むか?」
「もう、分かって言ってるでしょ」
みずきは膨れっ面で言った。その返事に「ははは」と笑って、日本茶を淹れる。そして、彼女の前に置くと「ありがとー」とだけ返ってきて、再び静寂が訪れた。なんとか明るくなるように務めるが、それも長くは続かない。アルジール一人いなくなるだけで、フロアの中は暗くなる。もし、ここが『現実世界』ならば、ここまで心配したりはしないだろう。遊ぶところもあるし、外は明るいから。しかし、ここは『Over Land』。遊ぶ場所もなければ、外は真っ暗。しかも人を襲う動物も沢山いる。そんな危険な場所に出ていって、朝まで戻らないとなると、最悪の事態すら想像してしまう。
「アルちゃんの忘れ物って何だったのかな?」
「……さぁな」
みずきは何度目か分からない疑問を呟く。それが分かれば、問題は解決するのに。
「確かに、昨日のあいつは様子が変だったけどな」
これも何度目か分からない台詞だ。そして、その後に続くみずきの台詞も「そうだね」と決まったものだ。
「お前の腕の心配してたぞ」
「そう」
ダメだ、アルジールの話は、どんどんと暗くなる一方だ。ましてや、昨日は町の人と何かあった可能性もある。アルジールは転けたと言っていたが信じられるわけもない。昨日の夜の捜索では、アルジールに対して恨みを持っていそうな家も訪ねている。結果は見つからなかったわけだが、隠そうと思えばいくらでも隠せる。もし、そうだとすれば、アルジールは夜通しの暴力に遭っているかもしれない。その可能性は未だ彼女には話していない。話せるわけがない。
「お前は休んでろ」
そんな想像をしてしまうと、居ても経ってもいられなくなる。椅子から立ち上がると、みずきも次いで立ち上がる。
「ウチも行く」
「駄目だ、寝てろ」
「蓮ちゃん、心当たりがあるんでしょ?」
こういう時のみずきは勘がいい。しかし、だからと言ってこれ以上みずきに背負い込ませるわけにはいかない。
「ねぇよ」
「蓮ちゃんが気を遣うときって、悪いときだよね?」
本当に、こういう時のみずきの相手は嫌だ。扱いづらくて動きづらい。今も、まっすぐに俺の目を見つめている。少しでも視線を逸らせば見抜かれてしまう。俺はまっすぐ見つめ返すことに努め、「いい推理だが、違う。気分転換も兼ねて、だ」と言葉じりにも気を遣った。
「だったら、ウチも行っていいよね?」
しかし、言葉の内容にまで気を遣えなかったようだ。この言葉に、ダメだ、なんて返せば、さっきの彼女の言葉を肯定することになる。俺は自分の失態を悔やんだが、その一瞬の間さえも見抜かれる要素に成り得ることに気付き、すぐさま「勝手にしろ」と返す。しかし、それすらも見抜かれていそうだ。
ところが、そのやり取りは、無駄に終わる。なぜなら、
「た、ただいま」
カラン、と乾いた鐘の音と共に、『黒装束』を着た少年が帰ってきたからだ。その瞬間の彼女の顔は、まるで朝顔が花開くかのように変化していった。笑顔ではなく、泣き顔だったが。
「よかっ、た」
『黒装束』の裾の部分こそ泥の跳ね返りで汚れていたが、見たところ怪我もなさそうだ。俺も安心して椅子に腰を下ろす。
「おい、アル。なんで一回も連絡してこなかった?」
「う、うん。ごめんなさい。その事、なんだけど」
言い淀むと、アルジールは後ろを振り返る。そこにはアルジールと同じ服装、『黒装束』を着た少年が立っていた。少年の服は泥にまみれ、ボロボロになっていた。その姿を見て、俺は大体の事態を理解した。要するに、昔の仲間が復讐に来たのを、アルジールが返り討ちにした、そういう所だろう。
「どうした?」
「あの、蓮兄ぃ、いや、『レン』。僕と、僕たちと戦ってくれませんか」
アルジール、いや、アルジールに似た少年はまっすぐに俺を見て言った。事態を呑み込めないみずきだけが、「え?えぇ?」と狼狽えていたが、俺は気にせず席を立った。そして、『拳を握り、少し緩める』と剣を両手に取り出す。
「れ、蓮ちゃん!」
みずきは慌てて俺を呼び止める。その言葉に俺はゆっくりと振り返り、「終わったら飯にする。用意しといてくれ」とだけ伝える。すると、みずきは少し安心したような表情で「わかった」と返事するとキッチンの方へと歩いていった。
「さぁて、『お前』。覚悟しろよ」
「『レン』こそ」
そう言うと、『少年』は『左手を横にまっすぐ伸ばして、右手で十字を切る』と、新しい『黒装束』に着替え、漆黒の鎌を取り出した。




