第二章 アルジール・クライ 間話 ①
それから数日、僕は店に匿われ、体の傷を治した。腫れは二、三日でひき、切り傷、打撲は一週間で治った。刺傷は塞がるまで一週間半くらい。痛みが消えるまでは後半月ほどと言われた。そして、骨折したのは左腕、肋骨だけだった。あんなにやられて、その二箇所で済んだのは奇跡だと思う。おかげで、半月ほど休むことで、ある程度動けるようになった。その間、何度も、何度も、多くの怒号が、この店に迫ってきた。
「匿ってんじゃねぇ!こっちは被害者だぞ!」
「治療してんじゃねぇだろうな!」
「あの子をこっちに渡して!じゃないと気が済まない!」
何度も、何度も、連日連夜。繰り返される怒号、悲鳴。その度に、先頭に立ってくれたのは蓮だった。
「何度も言いますが、あいつは俺が預かりました。もちろん、体が治ると、『町への償い』をさせます。あいつはまだ九歳、許してやってくれとは言いませんが、乱暴なことはしないでやってくれませんか」
そう言って、頭を下げた。それでも収まらない暴力が蓮を襲う。何度も無抵抗のまま殴られる。そして、決まって薫が出ていき、「そこまで」と言って、発砲する。誰かに当てることはしない。威嚇の為だ。そして、町の人間が怯んだ隙に、蓮を店の中に放り込んで、鍵を締める。蓮を殴ったことで、冷静になるのだろうか。それ以上は、町の人間は騒がない。
そういう光景を、僕は何度も見てきた。その度に、蓮の元に駆け寄り、謝罪する。町の人間が居なくなってから、出てくる僕に、蓮は「卑怯だ」とは言わなかった。ただただ、僕の頭を
撫でて、「体は大丈夫か?」と言ってくれる。
「なんで、そこまでしてくれるの?」
僕は何度も、何度も尋ねた。その度に、蓮は言う。
「お前の身に何かあると、みぃに怒られるからな」と笑って言うと、二階を見上げる。
お姉ちゃんは、あの日から半月ほど経った今でも、目を覚まさない。
つられて僕も二階を見ていると、「大丈夫だって、あいつはいっつも寝坊すんだよ」と、また僕の頭を撫でる。おそらく、罪悪感に苛まれた表情だったのだろう。
「でも……」
「気になるなら、あいつの部屋に行けよ」
「でも……」
こんな会話を何度も繰り返した。確かに、気になるのなら部屋に行くのが一番だ。しかし、僕なんかが行っていいのか、という気持ちと、僕なんかが会いに行ってお姉ちゃんの傷が悪くなったりしないだろうか、と考えてしまう。そうやって俯いていると、蓮は決まって、頭を撫でてくれた。父さんみたいに。
僕には、蓮を責めることができなくなっていた。父さんを殺した相手のはずなのに、憎めない。恨めない。あの日、僕が父さんに対して不信感を抱いていたからなのかもしれない。
蓮は、僕に向けられている暴力を前に立って守ってくれる。優しく接してくれる。たぶん、僕が何度も「なんで、そこまでしてくれるの?」と尋ねるのは「お前の父親を殺した償いだ」という答えを待っているのかもしれない。もし、その言葉を聞いたら、僕はどうするんだろう。きっと醜い答えが出てくるだろう。今は僕が圧倒的に悪い加害者だ。だけど、蓮からその言葉を聞けたら、僕も被害者になれる。きっとそうなることで、罪の意識から一時的にでも逃れられると思っているのだろう。こんなことを考える僕が、お姉ちゃんに会っていいはずがない。
「そういや、お前。薫のこと避けてんのか?」
「へ?う……」
いきなり話題が変わり、狼狽える。さっきまで近くにいたが、今はどこかに行っているみたいだ。いない事に少しホッとする。
「さ、避けてるって言うか」
「避けてんだろ?」
事実、避けている。あの日、お姉ちゃんを傷つけた日。誰よりも怒り、涙を見せていた。蓮を殴り飛ばし、僕に銃口を突きつけた。その時は受け入れていたが、今となれば恐怖でしかない。
「ふむ、じゃあまずは薫と仲良くなれるようにするか」
「へ、え?」
あまりの唐突な言葉に、僕は呆気にとられて蓮を見つめる。そんな僕の表情が変だったのか、蓮は「ぶふっ」と吹き出した。
「大丈夫だって」と蓮は言うが、僕にはそんな自信はない。消沈していると、蓮は「とりあえず、薫に会ってこい。ほら、これ」と言って、僕に水筒を渡した。
「あいつはみぃの部屋にいると思う。中身はコーヒー、差し入れだ」
「で、でも……」
「お前は『でも……』が多いな。それ、禁句な」
蓮の言葉に、僕はまた項垂れた。大暴というか、仕切り屋というか、そういう所は父さんには似ていない。結局「ほら行け」という蓮の言葉に、僕はバックヤードへと行き、二階へと歩いて行った。




