第二章 アルジール・クライ ⑦
view:アルジール・クライ
time:三年前
全てがスローモーションに見えた。
炎に包まれながら、僕は必死にギルファードと父さんを探した。『黒装束』が地面に突っ伏している姿を何度も見かけた。声を掛けても、皆口々に「逃げろ」と言う。誰一人として、死んではいなかった。もちろん、脚や腕に撃ち抜かれた傷があっても、皆生きていた。
「と、父さん」
一人の男が『黒装束』に馬乗りになり、何かを叫んでいる。何の話をしているのかは聞こえない。轟音の中を走ってきたせいか、耳が遠い。父さんが、負けた。そんな事実を、どこか客観的に見ていた。
これで、悪い夢が覚めると、なぜか楽観的な考えが脳裏に浮かんだ。
しかし、悪い夢は続く。
「え?」
僕がゆっくりと、父さんの元へと歩み寄る。馬乗りになっている男の背後に立った瞬間、父さんから血飛沫が上がった。その瞬間、僕の中で、僕を形成しているものが壊れたような気がした。
「父さん!」
「なっ?」
男は、背後に僕が立っている事に今気づいたのだろう。酷く驚いた表情をしていた。しかし、そんな事はどうでもいい。僕は、男を突き飛ばし、父さんを揺すった。
「父さん、父さん」
首から血を流し、目を閉じている父さん。表情はなぜか、微笑んでいた。
「『死神』は死んだ」
僕の背後で男が言う。そんな事はない。父さんは死んだりなんかしない。
「父さん、起きて。帰ろう、もう帰ろうよ」
父さんの体を揺する。しかし、もちろん、反応はない。すると、父さんの体が青白く光り出した。この反応は知っている。『死んだ人間は現実世界へ転送される』というシステムだ。
「嘘だ、父さん!」
音も無く、父さんの姿が消えていく。最後に残ったのは、父さんがいつも使っている漆黒の鎌だけだった。その瞬間、雨が強くなったように感じた。体が、ずしり、と重くなったように感じた。
「………、『死神』たちは撤退しろ」
「っ!」
背後で、男が言った。
「ここに残れば『OLRO』に捕まる。『ナインクロス』に帰れ、そして、二度と来るな」
「~~~っ」
静かに告げられるその言葉は、僕の心を抉った。父さんのしてきた事は悪いと思う、でも、こんなのは……。
「『死神』は一人でここに来て、俺の暗殺を企み、俺が、殺した。『OLRO』にはそう報告する。だから、退け」
「……、レン・カミサカ」
「なんだ?」
こいつが、父さんを……。
こいつが、ギルを……。
こいつが、こいつが……。
「退け、『ナインクロス』に帰れ」
「……さい」
「ん?」
「うるさいっ!お前なんか!お前なんか!」
もう何も聞きたくない。何も知りたくない。
父さんのやってきた事も、レンの言葉も。
なにも、何も、いらない!
僕は、『自動翻訳システム』を解除した。
意味が分からなければ、聞こえないのと一緒。
「う、うぅ、WAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
view:アルジール・クライ END
view:神阪 蓮
time:三年前
「な、なんだ?」
突然、『黒装束』の少年が聞き慣れない言葉を叫び出した。
「Ermorden!Ermoeden sie!!!」
しかし、何を言っているのかは、不思議と分かった。血走った目で、俺を睨み、ふぅ、ふぅ、と息を荒らげて叫ぶ。少年は自分の身長より長い鎌を手に取り、俺に襲いかかってきた。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
怒りに身を任せた少年の攻撃を躱す事は容易かった。武器の使い方すらもなっていない。いや、武器の重さに耐え切れず、ただただ振り回されているだけだ。
「蓮?」
『黒装束』たちの鎮圧を終えたのだろう、薫が背後から声をかけてきた。振り返ると、薫の手には銃が握られており、銃口は少年へと向けられていた。しかし、視線は俺を見据え、撃つか撃たないかの判断を俺に委ねているようだった。それに首を振って答え、「お前は他の『黒装束』に退け、と伝えてくれ。お前らのボスは死んだ、とな」と、言うと、薫は目を細めた。
「分かった。蓮、あんた何でも背負い込みすぎよ」
「かもな」
そうとだけ答えると、薫は町の方へと歩いていった。
その間も、少年の攻撃は止まない。涙と雨で、顔はぐちゃぐちゃ。自分の力以上の大きさの鎌を振るっていたため、少年の手は擦り切れ、血が流れていた。それでも、少年は止まらない。ひたすらに、俺を殺す為に鎌を振るう。
「AAAAAAAAAAAAAAAAA!UuAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
右、左、と単調な攻撃が続く。それを剣で弾くと、少年はバランスを崩して、水たまりの中へと倒れ込んだ。顔は泥まみれになり、服も泥々だ。それでも、少年は立ち上がる。
「UuuuUUUUUUUUUUUUUUUUUUUuuuu!!」
「蓮ちゃん」
悲しげな声が聞こえた。その声に振り返ることなく、みずきのものだと分かる。
「みぃ、危ないから店に戻ってろ」
俺にとっては取るに足らない単調な攻撃だが、刃物を向けられる事に慣れていない彼女には躱すことは難しいだろう。しかし、彼女は歩を止めなかった。俺に並びかけ、俺より前に進んだ。
「お、おい!」
ぶしゅっ!
少年の鎌は、彼女の腕を斬り付けた。真っ赤に染まる服。骨を断ち切れなかったのだろう、鎌の刃は彼女の腕を半分ほど斬った当たりで止まり、血を吹き出させた。しかし、彼女の歩みは止まらない。
「みぃ!」
「蓮ちゃんは来ないで!」
彼女の言葉に、俺は動くことができなかった。
「ごめんね」
そして、彼女は少年を抱きしめた。少年は彼女を斬り付けたことで萎縮してしまい、彼女の腕を見つめる。噴き出す血、それに恐怖を覚えているように見えた。
「s…Schwester…」
「ん?なぁに?」
「Blutflüsse…」
「何言ってるか分からないよぉ、翻訳ONにしてよ、ね?」
みずきは、少年を離さなかった。しっかりと抱きしめる。少年の銀髪が、彼女の血に濡れて、真っ赤になっていた。
「血が……」
「うん、ちょっと痛いかも」
「ちょ、っと?」
少年は再び彼女の腕を見た。漆黒の鎌が未だに抜けずに刺さったままだった。痛くないはずがない、それもちょっとのはずがない。しかし、彼女は笑顔を続けた。
「ねね、名前なんて言うの?ウチはね、みずきって言うの」
「あ、アル、ジール……」
「そ、、っかぁ、アル、ちゃん、、、かぁ」
すると、突然彼女の体が揺らいだ。ぐらり、と傾く。
「お、お姉ちゃん?」
アルジールは支えきれず、みずきと一緒に、地面へと倒れた。