第二章 アルジール・クライ ⑥
view:アルジール・クライ
time:三年前
火柱が立ち昇る町の隅を、人目につかないように僕は歩きながら、ギルファードを探した。
炎の熱は熱く、更に雨が蒸発して湿気までも纏わりついてくる。まるで、誰かに圧し掛られているかのように、体が重い。
「ギルぅ、どこ行ったんだよぉ」
小さな声はすぐに掻き消された。家のほとんどは木造だったため、この炎で崩れていく。
「はぁはぁ、うぅ、どこだよぉ」
何度目か分からない泣き言を言う。そう言えば、今日はずっと歩きっぱなしだった。すでに両足は筋肉痛を訴えていて、動きたくない。でも、座り込むことなんてできなかった。どんなことがあっても、ギルファードだけは見つけないと帰れない。そう思っていた時だった。今まで聞こえていた音に新しい音が混ざった。それは、銃声。『黒装束』が持っている武器は、どれも音の鳴らないものである。銃もサイレンサー付きで銃声が聞こえることはない。と、いうことは、敵?
「ぎ、ギルぅ!どこだよぉ!」
叫んでも返事はない。そして、また銃声が鳴った。
「ひっ!ぎ、ギル!」
耳を抑えて蹲る。こんな事なら『ナインクロス』で待っていれば良かったと思えてくる。しかし、もう引き戻せない。僕はもう知ってしまったんだ。『黒装束』は『町の悪い人』を倒していたんじゃなかった。無関係な人も、子供も関係なく殺戮を行なっていたんだ。父さんは、正しくなんかない。そんな事を思うと、涙が溢れてきた。あの優しい父さんが、こんな酷いことをできるはずがない。信じられるはずがない。いつも帰ってきた父さんが、いつも落ち込んでいたのは、こういう事をしていたからなのか?考えが巡って、辻褄が合ってしまう。それが何より、悲しかった。『ナインクロス』の為とは言え、こんな事をしていたなんて。そんな後悔と絶望に苛まれている間にも銃声が鳴り響く。
「駄目だ、ギルだけは連れて帰らないと。ギルだけは、ギルだけは」
そう自分に言い聞かせる。何度も何度も口にして、帰ることだけを考える。絶対にギルファードだけは見つけ出さないと。
「ぐっ、あ、アル」
しばらく炎の熱に炙られながら歩くと、背後から声を掛けられた。そこには『黒装束』が倒れていた。もしかして、ギルファードか、と思い駆け寄って抱き寄せる。しかし、ギルファードではなかった。真っ黒の『黒装束』は泥水に濡れていた。
「え、エルスさん?」
「逃げ、ろ。アルジール」
絶え絶えの言葉で『黒装束』は言う。
「あいつらは、強、すぎる」
「ねぇ!ギルはどこ!」
『黒装束』の言葉を遮って聞く。相手が強いことなんて分かっている。今知りたいのはそんな事じゃない。
「分からない、しかし、お前は逃げろ。『OLRO』に捕まれば、殺される」
「殺っ……」
確かに、こんな事をしていれば死刑は免れないかもしれない。しかし、『ナインクロス』の人を助けてくれない『OLRO』のどこにそんな権限があるのだろう。僕にはもう、何が正しいのか分からなくなっていた。
「逃げろっ!アルジール!」
突然、エルスが叫び、僕を押し飛ばした。その瞬間、銃声が鳴り、エルスの腕を貫いた。「ぐあっ」と、エルスのうめき声が聞こえる。視線を巡らせると、炎の熱に揺らめきながら人影がこちらに向かって歩いてきていた。
「う、うぅ……」
分からない。何が正しいのか。
「あんた達に仲間を庇おうとする意識があるなんてね、笑わせるわ」
女の声が炎の轟音に紛れながらも、しっかりと耳に届いた。そして、次弾を装填する金属音も聞こえた。その銃口は、間違いなく僕を狙い澄ましている。僕は迷っていた。この弾を受けるのが正しいのか、逃げるのが正しいのか。父さんなら、どちらを選択するのだろう。
「逃げろっ!」
エルスさんの叫び声に、僕は、ハッと我に返り、無心に走り出した。背後では、銃声が再び鳴り響いた。
view:アルジール・クライ END
view:神阪 蓮
time:三年前
そこには俺一人が立っていた。そう錯覚せずにはいられないほどの速度と鋭さ、そして、気配の無さ。『死神』は無言、無音で俺に強襲をしかけてくる。
刃を振り下ろす、左手の短剣で受け止めると、逆に石突が右下から迫ってくる。それを受けずに流すと、その反動をそのまま利用し、『死神』は反転、その際に気配を追えなくなり、見失ってしまうが、刃のヒリ付いた気配を後頭部に感じて、前転。風斬り音が後頭部で鳴るのを感じた。
「くそっ」
すぐに振り返り、『死神』を探す。すでに風景と化している『死神』を見つけ出すのは、もはや不可能に近い。視覚による認知は、ある程度予測を元にしている。相手の容姿、行動パターンを予測し、どこにいるか、何をしているかを認知する。不意をつかれるのは、予測が外れているということだ。しかし、予測をするための容姿や気配が曖昧な今、『死神』を見つけ出せない。ならば、他の気配有るものを頼りにするしかない。例えば、炎の光に反射する鎌の刃。それにさえ当たらなければいい。
「ふっ」
刃をサイドステップで躱し、姿の見えない『死神』に剣を振るう。もちろん、当たることはない。次は視界の端から光る気配を感じた。それを仰け反ってなんとか回避する。しかし、鎌の刃に付着していた雨粒が、振り回した風圧、遠心力により飛び散り、俺の目に飛びかかった。
「っっっ」
視界は完全なる闇に包まれた。人間は反射、無意識には逆らえない。雨粒が目にかかったことで無意識下に、俺は目を閉じてしまった。
「っそたれ!」
闇の中で俺は毒づく。どこに来る?何を狙う?奴は自らを『死神』と言っていた。『死神』は『首』を狙う。その理由は、その武器にある。鎌とは本来、無反応、無抵抗の植物などに使われることが多い。それは鎌の形状。湾曲した金属の内側にのみ刃が付いているからだ。その武器で反応、抵抗する人間を攻撃するのであれば、一撃で殺すことができる『首』を狙うはずだ。もちろん、違う可能性もある。この状況で脚を攫われれば、動くこともできずに一方的に殺されるだろう。しかし、奴は『死神』と言った。そこに奴の『矜持』があるはずだ。そう考えた俺は、首の前に短剣を構えた。
ガキィィ──ンンン!
金属がぶつかり合う音、衝撃に俺は短剣を手放し、体を反転させて、後方へと飛びかかった。そこに刃は無い。そう信じて飛び込むと、『死神』を捉えることが出来た。すぐに地面へと押し倒し、馬乗りになる。視界を開けた瞬間に、再度短剣を取り出し、『死神』の目の前に突き立てる。眼前に輝く鋼は恐怖の象徴であり、力のそれでもあった。
「終わりだ『死神』、トドメは刺さねぇ。『OLRO』の裁きを受けろ」
『死神』の手からは長柄鎌がなくなっていた。おそらく、俺のタックルを受けて手放したのだろう。『死神』からは抵抗を感じなかった。
「はぁ、はぁ。そうか」
『死神』はどこか遠くを見る目で、俺を見た。
「なぜだ、なぜ『町』を巻き込んだ。話をしようと思わなかったのか?」
乱れた呼吸を整えながら、『死神』を抑えつけながら聞いた。今も『町』は赤く燃えている。悲鳴と断末魔、そして、銃声が鳴り響く。一体どれだけの人が犠牲になっているだろうか。
「話、か。この町に『ジェラード』という男が来なかったか?」
「『ジェラード』?来てないな、使者か何かか?」
答えると、『死神』は「なんだと?」と反応を見せた。
「じゃあ、『ナインクロス』の住人の受け入れの要請も、物資支援の要請も聞いていないのか?」
「なんだ、それ?そんな話があれば、聞いている。いきなり武力行使してきて、何だその話は!」
『死神』の胸ぐらを掴む。後出しにも程がある。先に聞いていれば考えることもできた。
「この辺りのモンスターは、数は多いが力は弱い。他の町は知らねぇが、俺たちならばモンスターが襲ってきても、町を守れるだけの力はある!なぜ、それを先に言わない!」
「『ジェラード』が来ていない、のか」
『死神』は放心していた。信じられないことだったのだろうか。しかし、彼ら自身がしたことの落とし前は付けてもらわないといけない。
「『OLRO』で罪を償え!それから、もう一度話をしに来い!」
「………、そうか。しかし、私は『死神』だ。自分を裁くのに、他人の力は必要ない」
「なにを?」
「『ジェラ』……、絶望するな……。お前の罪は、私が償う……」
『死神』は一度だけ笑うと、自らの首をナイフで切り裂いた。吹き出す血飛沫に、一瞬何が起こったのか理解できなかった。
「すまな、な。ある、ーる。わた、はただ、くな、った」
「おいっ!逃げるなっ!」
『死神』の首に手を当てるが、血は収まることはなかった。そして、『死神』から力が抜けた。雨も強くなり、火の手も収まり、悲鳴が収まり、『死神』の体が冷えた頃、もう一つの戦いが始まった。
「父さん!」