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Over Land  作者: 射手
第二章  アルジール・クライ
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第二章  アルジール・クライ ⑤

 view:アルジール・クライ

 time:三年前


「おう、集まったな」


 雨の降る水曜日、朝日はまだ頭も出していないが、空は青白んでいた。そんな朝早くに僕は『黒装束』を着て、父さんの後ろに並んでいた。初めて着る『黒装束』。父さんと合わせて一緒の服を着るのは、これが初めてだ。

 父さんは数十人はいるだろうか、『黒装束』が整列している前に立ち、それぞれの顔を見るように見渡した。


「これから向かう『レンガの町レンド』は、今まで行った町の中では断トツの田舎だ」


 父さんが言うと、列から笑い声が聞こえた。その笑い声に緊張していた僕は、ホッとした。しかし、


「笑った奴らは気を引き締めろ。『レンド』は今までで一番厄介な町だ。『傭兵』がいる」


 父さんの言葉に、皆がシン、と黙った。『傭兵』とは、その町を守る人たちの事。腕に自信があり、もともとはモンスターを相手に戦っていた人が、町にスカウトされるというものだ。武器の扱いはもちろん、『スキル』をも使いこなす。以前、『現実世界』で一番大きいと言われていたマフィアが『この世界』を牛耳ろうとしたが、たった数人の『傭兵』に全滅したことがあった。

 つまり、今回の仕事はかなり厳しいということ。


「その傭兵の名は、『レン・カミサカ』だ。男、歳は十台後半ほど、身長はおよそ百七十五センチ、使う武器は両手剣。以上だ」

「十台後半だと?」


 一人の男が声を荒らげた。


「そんな若造が『町』を守っている、だと?」

「ヴィン、歳は関係ない。実行する仕事を間違えるな」


 父さんがヴィンと言う男をたしなめる。しかし、男は一気に激昂する。


「どんな力を持ってるか知らねぇが!ゲーム感覚で『この世界』にいるような若造に、やられてたまるかよ!そいつ、殺すんですよね?」


 ヴィンと言う男は、目を血走らせながら言った。その目に恐怖を覚える。自制できない殺意を纏った男、言葉を間違えれば父さんすら殺しかねない。僕は父さんのローブをギュッと握った。父さんは『正義の味方』なんだ。そんな仕事はしない、そう信じていた。


「あぁ、そうだ」


 父さんの言葉で『黒装束』が全員雄叫びを上げた。勢いに気圧されて、耳が遠くなったような感覚に陥った。そんな中、僕は呆然としていた。「殺す」という言葉が、耳から離れない。僕がいつも聞いている父さんの話は「倒す」と表現されていた。分かっていたはずだった。「倒す」は「殺す」ことだって分かっていたはずだった。しかし、いざ目の前で聞くと怖かった。今から『レン』を殺しに行く、という言葉が。愕然として、父さんを見る。父さんも、悲しそうな顔で僕を見た。目の前の騒がしさで聞こえなかったが、父さんは僕に何か言おうとしていた。それは、今となっては分からない。


 それから移動が始まった。『黒装束』の大移動。通りは真っ黒に埋めつくされた。その通りでは『ナインクロス』の住人たちが、その『黒装束』に声援を送っていた。


「頼んだぞ!食料を掻っ攫ってきてくれ!」

「殺せ!『町の人間』は皆殺しにしろ!」

「モンスターの餌に変えてやれ!」


 まるでパレードだった。これから戦いに行く戦士を送り出す儀式。しかし、その声援は僕が夢見たものからは違っていた。


「よう、アル!」


 突然、『黒装束』に声をかけられた。いつの間に下を向いていたのだろう。見上げると、そこにはギルファードが居た。


「ギル?何でギルまで?」

「何でって、志願したんだよ。連れていってくれってな」

「父さんに?」


 僕は父さんを見た。すると、ギルファードは「違う違う」と言う。


「フェルトさんに言っても聞いてもらえないからよ、エルスさんに言ったんだよ」


 エルスというのは、父さんと親しい『黒装束』の人だ。どうやら、その人に頼み込んだようだ。


「ギル、父さんから聞いた話とは違うみたいだよ」


 決して『正義の味方』のような仕事ではない。『町の人』を殺して、物資を奪っていく。『悪者』は『町の人』なのか『僕ら』なのか分からない。


「何言ってんだよ、フェルトさんはずっとそう言ってたじゃねぇか」

「え?」


 ギルファードの台詞に背筋が凍る。そして、ギルファードは続けた。


「『町の悪い奴』を殺してるってよ」


 僕が聞き間違えていたのだろうか、それとも、同じ話でも聞く人によって解釈が変わるのか。ギルファードは知っていた。父さんが『町の人』を殺していることを。


「そんな……」

「まさか、お前、話し合いとかで倒してると思っていたのか?『町の人間』に話の通じる奴なんかいねぇよ。あいつらは自分のことしか考えられない奴らなんだから」


 『レンド』に着くまでの間、ギルファードはずっと『町の人間』の醜態を話し続けた。確かに、僕は甘かったのかもしれない。しかし、父さんにはそんな事はしてほしくない、と思いながら、父さんの背中を見た。その背中は、他の『黒装束』たちとは違い、どこか儚さを感じた。


 歩き続けること数十時間、昼を過ぎた頃、僕たちは『レンガの町レンド』にたどり着いた。途中、グリフィンや狼に襲われたが、父さんを始め、他の『黒装束』たちも連携して、それらを討伐した。空を飛べる『黒装束』は地上からの援護射撃を受けてグリフィンに襲い掛かり、狼の群れは、剣、サイレンサー付きのライフルなど音の出ない武器で対応した。最初は勢いよく襲いかかっていた狼やグリフィンだったが、次第に力を失い逃げようとする。それを『スキル』を駆使して追い詰め、そして、殺した。それらの行為をこれから『人』に行うのだと思うと、寒気がしてくる。


「ここが今回の拠点だ」


 『黒装束』は『レンガの町レンド』を見下ろせる丘に腰を下ろした。そこは背の低い樹木が群生しており、姿を隠すには最適な場所。更に『黒装束』を身に纏っているため、遠目には気づかれることはないだろう。僕は、他の皆がしているのと同じように、その樹木から顔を覗かせて『レンド』を見下ろした。

 海が三方を囲み、今『黒装束』のいる山がもう一方を塞ぐ。もちろん、川や谷もあり陸の孤島ということはないのだが、それでも交通の便は悪い。とは言うものの、この世界には車などの乗り物が少ないため、ほとんどの交通手段は徒歩になるのだが、それでも良いとは言えないだろう。大概の町は、それぞれが自給自足を行い、物流がなくても生きていけるようにしている。その為、町と町の交流、取引もほとんどないのが『この世界』の事情である。それでも、どんなに田舎であろうとも、どんなに貧乏であろうとも『町』は『町』である。モンスターから襲われることもなく、この自由な世界でのうのうと生きていけるのである。同じ雨が降っている世界の中でも、『町』の中はどれほど温かいのだろうか。『黒装束』は誰一人として知らない。

 『ナインクロス』は人の手によって作られた『町』。ゲームのシステムによって守られることの無い『町』である。毎日、いつ、どこからモンスターが襲いかかってくるか分からない恐怖と戦いながら生きている。更に、東に雪山、西に火山が並んでいて、『ナインクロス』はそれらの温度差、気温差により沼野の中に建っている。植物も育たないそんな場所では自給自足なんてできない。ましてや『この世界』の人口は、留まることなく増え続けているのである。『ゲームのシステムに守られる町』はすでに人口制限のため、移住することはできない。もし、無理やりにでも移住すれば、『ゲームのシステムに守られた町』ではなくなるからだ。では、増え続ける人口は一体どこへ行くんだろうか?彼らは口々に言う。「ゲームを始めたら『ナインクロス』を目指せ」と。


「レンってのは、どこにいるんだ?」


 僕の隣から顔を出したギルファードが言った。僕に聞いた訳ではない。ただ、言っただけの言葉。その言葉に、誰かが答えた。


「レンはフェルトさんが殺ってくれるさ。俺たちは他を殺るだけさ」


 誰が言ったのか分からない台詞に、寒気がした。それに思わず「レンを倒すだけじゃないの?」と言葉が出た。


「お子様だな、レンを殺すだけで『ナインクロス』の全員が生活できる物資を得られるわけがないだろう?何でも奪えるものは奪うんだよ、食料も衣服もな」

「最後のはお前の趣味だろ?」

「ははは、違いねぇ!」


 言葉はすぐに他の人との会話へと移った。僕は何が正しいのかわからなくなった。父さんのしていることは正しいんじゃなかったのか?分からない。


 そんな自問自答を繰り返していると、時間が来たようだ。雨降りの空は、次第に暗くなり、『レンド』に闇が落ちる。点々と家の明かりが灯るが、闇に潜む『黒装束』は輪郭を失い、闇に溶け込んでいた。


「始まるぞ」


 どこか楽しそうにギルファードは言う。その声は、まるでこれから祭りが始まるのを待っているかのようだった。


 静寂、闇、その中で僕は必死に父さんを探した。しかし、見つかるはずがない。すぐそばに立っているギルファードの姿すら見つけられないのだから。僕は居ても立っても居られなくなり、声を出した。


「父さ──」

「行くぞ!」


 僕の声は掻き消され、『黒装束』の大移動が始まった。僕はギルファードに袖を掴まれ、引き摺られるように移動に加わった。山を滑り降り、『町』と『外』を分ける木製の柵を乗り越える。すると、すでに『町』は赤く染まっていた。火が放たれ、炎から逃げ惑う人々を『黒装束』たちが殺戮を行う。隣でギルファードは歓声を上げた。


「行け!殺せ!」


 僕とギルファードの目の前では『黒装束』が子供を連れて逃げる親子の前に立ちふさがり、父親をその手に掛けた所だった。飛び散る血、上がる悲鳴と断末魔。逃げ惑う足音と、追い詰める足音。聞こえる『兄』の歓声。


「すっげぇ、殺れ!『町の人間』を皆殺しだ!」

「や、やめてよ、ギル」


 必死にギルファードを抑えようとする。しかし、声は届かない。周りの音に掻き消されてしまう。


 家が炎で崩壊する音、人の肉が焼ける臭い。体に付き纏う汗。張り付く『黒装束』。降り続ける雨。全てが気持ち悪かった。

 視界の先では、『黒装束』が母親の首を掻き斬った。一人立ちすくむ子供。泣くこともできず、ただただ『黒装束』を見つめる。


「やめて、やめて、こんなの、違う」


 涙が溢れ出る。滲みきった視界の中で、『黒装束』は手を振り上げていた。子供は、動かない。微動だにせずにそれを見つめている。


「やめて」


 僕の声は届かなかった。『黒装束』は手を振り下ろし、子供を貫いた。赤い飛沫が、滲んだ視界でも分かった。


「アル見たか?って、おい!」

「お、おえええぇえっ」


 僕は吐いた。耐え切れなかった。胃から、体から、心から全てを吐き出したかった。


「お前よぉ、それでもフェルトさんの息子かよ。そんなんじゃ『死神』になれねぇぞ。んじゃ俺先に行くからよ」


 そう言って、ギルファードは走っていった。彼は僕を見損なったのかもしれない。しかし、僕は、お前を軽蔑する。


 view:アルジール・クライ END



 view:神阪 蓮

 time:三年前


「この騒ぎは、お前の仕業か」


 おっさんの『スキル:千里眼』を掻い潜って起こった大火事。それを調べようと店を飛び出した俺の目の前に真っ黒のスーツ、真っ黒のシャツ、真っ黒のローブを羽織った男が立っていた。その男は自分の身長ほどもある大きな漆黒の鎌を持ち、俺を睨みつける。


「そうだ、お前がレン・カミサカか?」

「あぁ、お前、町に何をした?」

「想像の通りだ。私は『ナインクロスの死神』とでも言っておこうか。お前を殺しに来た」


 そう言うと、『死神』は鎌を構えた。半身の姿勢になり、腰を低く落とした。そして、気配を消した。


「はっ、ふざけんなよ」


 店から町へと続く小路、片方には雨が降り無数の斑点を作っている海。もう片方には、闇の中赤々と燃えている山。小路の奥には火柱が上がっている町。夜とは言え、炎が上がっている為、周囲は明るい。しかし、目の前に見えているはずの『死神』から気配を感じられない。そこにいるのに、『いない』と錯覚してしまう。注意を逸らすと、見失ってしまいそうだ。


『スキル:隠密』──気配を断ち、周囲から存在を消すことができる。話しかけたり、派手な動きをすれば見つかることもあるが、すれ違う程度であれば、相手にすれ違ったことを認知させない。


「お前らの狙いは俺だろ、なぜ俺だけを狙わない。その前に、なぜ話し合おうとしない!町を巻き込むな!」


 俺は『拳を握り、少し緩める』と、『持ち物』から『短剣』を二つ取り出した。左手のそれを前に構え、右手を後ろに構える。


「来いよ、お前を倒して、町を守る。覚悟しろよ、『死神』!」


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