第二章 アルジール・クライ ④
view:アルジール・クライ
time:三年前
「アル、何が正しいのか。自分で考えて生きろよ」
父さんはいつも仕事から帰ると、僕の頭を撫でながら言う。父さんの仕事は『悪い人』をやっつける仕事。まるでヒーローだ。しかし、そのヒーローの仕事は間違っていると言うような口振りだった。
「父さんは正しくないの?」
「父さんは正しいと思っているよ」
そして、悲しそうな顔をして、僕の頭を撫でる。いつになく、落ち込んでいるように見えた。
「フェルトさん、帰ってきてるんだろ?」
父さんが帰ってきた翌日、決まってギルファードが遊びにくる。そして、いつもその隣にはペットのようにモンスターを連れている女の子が並んでいる。
「珠ちゃんも来んだ」
「そーですよー、本当は『クリスくん』と遊びたかったんですけどねー。ギルくんが少しだからー、気持ちいいからーって、離してくれなかったんですよー」
「だってフェルトさんの話は気持ちいいだろ?スカっとしてよ」
女の子、珠はいつも語尾を伸ばす話し方をする。そして、髪を何年も切っていないようで、前髪が伸びきっていて、顔を完全に覆い隠している。以前「邪魔じゃない?」と聞いたら「慣れですよー」と言っていた。歳はギルファードよりも一つ年上。僕より二つ年上。なのに、話し方といつも人形のようにモンスターを抱きかかえている事から、あまり年上のように感じない。
「ほらほらー、早く話聞きますよー。ライガも待ちくたびれたーって言ってますよー」
珠は「ねー」と言いながら、抱きかかえている青毛の仔猫のようなモンスターに話しかける。名前はライガ。大きく成長すると、獰猛で鋭い牙と爪で人に襲い掛かり、全身の筋肉で俊敏な動きを見せる恐ろしいモンスターだ。そして、その体毛は柔らかそうな見た目に反し、刃を通さない。モンスターとして出会えば、まず殺されることは間違いない、と言われるモンスターだが、珠のライガは非常に懐いている。モンスターを飼い慣らすことができるのかどうかは不明だが、事実、珠のライガは、珠はもちろん、僕たちに牙を剥くことはない。
「ぎゃふ」と、鳴くライガ。甘えるように珠の腕を甘噛みするが、見ていて、はらはら、するのは僕だけではないはずだ。
「うん、ちょっと父さんに言ってくるね」
そう言うと、僕は父さんの元へ走る。これが僕にとっての日常だった。ギルファードと珠と過ごす日々が、三人で一緒に父さんの話を聞く事が。
話が終わり、僕たちはお小遣いをもらって、外を歩く。その間の会話はもちろん、父さんの話だった。
「やっぱりフェルトさんはカッコイイな!仕事してる所見てみてぇ!」
鼻息荒く語るギルファードの隣で珠がライガを抱いたまま「ギルくんは馬鹿ですねー」と言うと「なんだと!」とギルファードはすぐに突っかかる。この二人はいつも喧嘩している。
「僕も父さんの仕事してるところ見てみたいなぁ」
「えーアルくんもですかー?二人が行ったところでフェルトさんの助けにはなりませんよー。むしろ邪魔ですよー」
「いやいや、お手伝いは出来ないと思うけどさ。勉強だよ、見てみたい」
いつも父さんが言う「何が正しいか自分で考えろ」という言葉も気になる。
「そうだよな!どうやって戦うのか!『死神』の戦い方って気になるよな!」
「えー、ただ影に隠れて隙を突く戦いですよー?男なら正面突破が一番でしょー?」
「馬鹿はパルじゃねぇか!『町の悪い奴』は一人じゃねぇんだぜ?正面から行って、数百数千の相手に勝てるわけないじゃないか!」
そう言って「それでも、フェルトさんなら勝ちそうだけどな」と、言うギルファード。父さんの事をそう言ってもらえるのはすごく嬉しい。
そんな会話をしながら歩いていると、ようやく目的の場所にたどり着いた。『ナインクロス』の隅にある小さな屋台。そこには『食事処』と書かれた赤い提灯が吊られている。
「『ポールさん』、こんにちは!」
「あらん?」
屋台の前に並び、声を掛ける。すると、中から、のそり、と大きな男性が現れた。身長は二メートルくらいの巨体で、尚且つ腕や肩、胸の筋肉が盛り上がっている。ピタッと張り付くような白いシャツは、筋肉の隆起に合わせて段差が付いている。しかも、スキンヘッドにグラサン姿の為、非常に近寄りがたい風貌である。しかし、この人の作る料理は非常に美味い。
「あっらぁ、アルちゃんにギル坊や、パルちゃんじゃなぁーい。よく来たわね」
見た目にそぐわないカマ言葉。グラサンを取ると、よく手入れされた睫毛が上を向いていて、目元はぱっちりとしている。
「なんで俺だけ坊やなんだよ!」
「いや、ちゃん付けも嫌だよ」
抗議するもポールさんは、あっはっは!と大笑いをして「あんたたちは可愛い存在なのよ、十年後が楽しみね」と、海より深い意味がこもってそうなウィンクを放たれた。それを僕とギルは躱す。
「二人とも何をしてるんですかー。ポールさんは乙女なんですよー。そんなことしたら傷ついちゃうじゃないですかー。ねー、ポールさーん」
「そうよ、失礼しちゃうわ。そうそう、パルちゃん、惜しいわね。さっきまで『クリスくん』が居たのよ」
「なんですと?」
いつも語尾を伸ばす話し方をする珠が一変し、ずずい、とポールに詰め寄る。
「どこに行ったか分かりますか?」
「さぁねぇ、『ジェラ』のとこじゃないかしら?」
「むむ、それは一刻を争いますね、ポールさん!パニーノ一つ、早急に!」
「はいはい、そういうと思ってね」というと、ポールは紙袋を一つ珠に渡した。中身は炒められたキャベツとサラミが挟まれたパン、イタリアの庶民料理パニーノである。
「さすがポールさんですー!恋する乙女の味方ですー。そいじゃ!アルちゃん、ギルくん、アディオスですよー」
珠はパニーノとライガを担いだまま、全速力で走っていった。
「行っちゃった」
「あいつは元気だなぁ」
珠を見送ると、再びポールに向き直る。すると、「さぁ、こちらも恋を始めましょうか」と気味の悪い笑顔を向けられた。
「そんなんいいから、カリーヴルスト」
「僕もパニーノほしいな」
そう言って、鉄板に代金を置く。「別に将来で支払ってくれてもいいのに」と体をくねくねさせながら、それを受け取ると、ポールは鉄板にサラミとソーセージを載せて調理を始めた。
「そう言えば、今日のフェルトさんは元気なかったな」
「あ、やっぱりそう思う?」
料理が出てくるまでの間、ギルファードが言った。彼も同じことを思っていたのだろう。
「何かあったのかな?」
「あんたたちが心配することじゃないわ」
二人で悩んでいると、後ろからカリーヴルストとパニーノを持ったポールが僕たちに手渡してきた。そして、「フェルトのような仕事をしていると、色々あるのよ」とすぐに屋台の中へと戻っていった。ちょっかいを出してこないなんて珍しい。
「どこ行く?メインクロスまで行ってみるか?」
それぞれが一口食べてから、これからのことを相談する。メインクロスは大きな交差点で、人通りが多い。暇な時はいつも、そこに行って時間を潰すことが多い。
「あ、ちょっとアルちゃん」
二人で歩き始めると、後ろからポールが呼び止めた。彼が背後に立つと背中がざわつく。しかし、いつになく真面目な表情で「フェルトが家にいるときは、なるべく傍にいてあげて」と言った。何か変な感じがして「ポールさん、今日どうしたの?」と尋ねるが、「なんでもないわ」とすぐに切り上げられてしまった。
「ポールの奴、フェルトさんに惚れてんじゃね?」
「え、ま、まっさかー」
そう言われてみれば、彼に必死な彼女みたいな真面目な顔だったなぁ、と思えて嫌になる。僕の母さんは僕が生まれてすぐに死んだそうだが、ポールが母親になるのは嫌だ、と心の底から思った。
そして、それから数日後の火曜日。僕にとって、運命の日の前日。父さんは僕に言った。
「次は『レンガの町レンド』に行く。アル、ついてくるか?」
View:アルジール・クライ END
からんからん、と乾いた音と共に、俺とアルジールはおっさんの店へと帰ってきた。途中でアルジールが傘を無くしたため、相合傘で帰ってきたのだが、いつもの水曜日よりも風も強く、大雨となっていた為、二人ともずぶ濡れになっていた。
「ただいまぁ」
「おっさん、次から水曜の買出しは無しにしよう」
ぽたぽた、と雫が落ちる袋をカウンターに置き、抗議する。なんで、わざわざ雨の日に買出しに行かなければならないんだ、と今更になって思う。
「悪いな、二人とも」
「って、なんで、そんなに濡れてんの?」
俺たちを労うおっさんの隣で、ユーマが言う。そのユーマの言葉を聞いて、みずきはバックヤードに走っていった。おそらくタオルを取りに行ってくれたのだろう。気の利く奴だ。そして、気の利かない直人はカウンターでバーボンを鳴らしながら「セックスィー」とどこか嬉しそうに言った。イラっとする。
「雨そんなにきつかった?」
「まぁ、いつもよりはきつかったけどな」と、アルジールを見る。すると、あはは、と笑って「こけちゃった」とバツが悪そうに言った。
「そしたら、傘まで飛んで行っちゃって、まいっちゃうよ」
「アルっちらしくないなぁ、そんなドジするキャラだっけ?」
「そうだな、ドジすんのはお前のキャラだからな」
ぱたぱた、と走ってきたみずきからタオルを受け取って、頭を拭く。すると、ユーマは「ぐは……」と左胸に手をあてて「乙女の心がぁ」と項垂れた。それを見たみずきが「蓮ちゃん……」と睨んでくるが、気にしない。ユーマもそれほど傷ついてはいないだろう。そんなやり取りを聞いていた直人が「それは萌えだぜ!」とサムズアップして笑っていたが、「燃えないゴミは黙ってな」とバックヤードから出てきた薫から辛辣なツッコミを浴びていた。
「風呂、もうちょいで沸くから入っといで、蓮も一緒に」
「あぁ、そうすっか」
どうやら薫は風呂を沸かしてくれていたようだ。その言葉にアルジールと目を合わせて、「行くか」と言うと、俺たちは風呂へと向かった。