第二章 アルジール・クライ ③
view:アルジール・クライ
time:三年前
この日も、この世界では雨が降っていた。当時、僕は雨が大好きだった。理由はただ一つ、父さんが真っ黒なシャツに、真っ黒なスーツ、真っ黒なローブを羽織り『黒装束』になる姿が格好良かったからだ。父さんは雨になると、必ずこの服を着る。
「父さん、次はどこに行くの?」
父さんはいつも雨の日に、町の外に出て仕事をする。その仕事の話を聞くのが、僕は大好きだった。
「今度は、『風の町ランダ』に行ってくるよ」
「風の?その町にも『悪い人』がいるの?」
父さんの仕事は、色んな町へ行き『悪い人』と戦うことだ。ヒーローのような仕事で、ここの人からの信頼も厚い。父さんは僕の誇りで、憧れだった。
「あぁ、『悪い人』を倒さないと、『この町』の人たちは生きていけないからな」
「うん、頑張ってね!」
僕は無邪気に父さんを応援した。その瞬間、ドアをノックする音が聞こえ、ドアが少しだけ開かれた。
「フェルトさん、そろそろ」
「あぁ、『ジェラード』の様子はどうだ?」
父さんの部下の人が話しかける。『ジェラード』というのは父さんの友達だ。病気になるまでは、よく家にも遊びに来てくれて、怖い人だったけれど、優しかった。今は会うこともできない。
「人が変わっちまって、もう手が付けられません。今はクスリと酒で眠らせているような状態です」
「そうか、『クリス』と『キャンサー』には、よろしく伝えてくれ」
「分かりました」
そう言うと、父さんは部下の人と一緒に家を出ていった。ドアの向こうには沢山の『黒装束』を着た人が並んで父さんを待っていた。
「フェルトさん、よろしくお願いします」
「もう食料が尽きそうです、早くしないと皆飢えてしまいます」
「衣類もありません、次の吹雪までに用意しないと、凍死者が出ます」
「分かった、すぐに行こう。『ナインクロス』は俺たちが守る」
view:アルジール・クライ END
雨の中、アルジールを見つけたのは、買い物を終えたすぐ後のことだった。ずぶ濡れで、持っていた傘もなくどうしたのか、と尋ねると「転んだ拍子に落としちゃった、風で飛んで行っちゃった」と苦笑いしながら答える。様子が変だと思うが、話してくれない。
「町の人に何かされたのか?」
「だから転んだんだってば、蓮兄ぃは心配しすぎだよ」
あはは、と笑いながら、「あっ、ごめんね。僕も持つよ」と俺の手から肉が数キロ入った袋を奪い取ると、すぐさま店へと歩きだした。もう何も聞かせない、早くこの話題を終わらせようとする様に、早足で歩く。
歩く道中、喫茶店の窓からこちらを見る主婦たちが、アルジールを見て噂話を始めた。相手は室内の為、声は聞こえないが、視線はアルジールから離れることはない。どんな話をしているのかは分からない。しかし、主婦たちの顔には蔑みと嘲りが張り付いていた。
「あの子『ナインクロスの子』じゃない?」
「この雨の中、本当にいい気味ね」
ダメだ、こんな会話しか想像できない。この町の、いや、『町の住人』がアルジールを歓迎することなど無いのかもしれない。
俺は少し大回りし、喫茶店の窓の側を歩く。そして、わざわざ喫茶店にいる主婦と目を合せ、会釈した。すると、喫茶店の主婦たちは俺の存在に気づき、会釈を返すと、ようやくアルジールから視線が外れた。
「蓮兄ぃ!何してんの?」
「あぁ、悪い。早く戻らねぇとずぶ濡れになっちまうな」
「僕は別にいいけどね」
早足で追いつくと、アルジールはまた、あはは、と笑った。いつもの笑顔なのだが、どこか自虐的に見える。それに、町の中で大きな声を出すのは珍しい。いつもなら小さく縮こまって、誰の目にも当たらないように俺の影に隠れているのに、どこか変だ。まるで、「殺してくれ」と言っているようにも見えた。
「アル──」
俺はこの先に続く言葉を発することが出来なかった。何を言おうとしたのだろうか。「お前は俺が守る」なのか?だとしたら、俺は何からアルジールを守るのだろうか。そして、どうやって守るのだろうか。
「なに?」
「何でもねぇよ、帰ったらみんなで映画見るか。雨の日の醍醐味はどれだけ室内で楽しめるか、に限る!」
わざとらしく笑顔を作る。その笑顔の意味は、悟ってほしくない。
「そうだね、まだ見てないのあったね」
アルジールは笑顔を返してくれた。それからは、二人で並んで映画の概要を話し合いながら、店へと続く小路を歩いた。