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Over Land  作者: 射手
第二章  アルジール・クライ
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第二章  アルジール・クライ ②

「傘って、これが最終形態なのか?」


 昼過ぎ、俺とアルジールは買出しに出ていた。今日の晩ご飯の材料が足りない分の買出しだが、やはり量は業務レベルの為、憂鬱になる。薫はやる気のなかったレポートを盾に部屋に戻り、ユーマは「今日は風が騒がしい」と訳の分からない事を言って店を飛び出し、翔は「すいません、雨漏りのする家の補修に行かないと」と申し訳なさそうに断った。そらは申し出てくれたが、あすかのお守りを頼んだ。重い買出しの中で抱っこをせがまれると困る。もちろん、みずきは論外だ。


「そうなんじゃない?」


 アルジールも同じことを思っていたのか、傘を見上げて「この手に持つシステムをどうにかしたいね」と言った。激しく同感である。


「どうにかならないかな」

「うーん、帽子と同化するってのはどうかな?」


 アルジールが説明を付け加える。どうやら帽子の上に柄が付いていて、伸ばすと頭の上で傘が開くというもの。傘の軽量化が課題だ、とのこと。


「強風で飛んでいきそうだな」

「じゃあ、ヘルメット型?」

「強風でムチウチになりそうだな」


 どうにもこうにもならなかった。


「じゃあ、小型無人ヘリが頭上を飛んで、傘を開くって言うのは?」

「どうやって操作すんだ?」

「んーと、スマホを探知して、ついてくるんだよ」


 これいいんじゃない?と自信たっぷりに言うアルジール。俺もいい案だと思う。しかし


「まだ改良が必要だな。人の多い所だと事故が多そうだ」

「そっかぁ、うーん」


 どうでもいいことを一生懸命に考えるアルジール。それは、子供の特権なのかもしれない。そして今までにない発想を生む。それが傘の進化に繋がれば大したもんだ。


「個人である必要はないんじゃないか?」

「どういうこと?」

「町を大きな傘で覆うとかな?そうすれば個人で傘を持つ必要はないだろ?」


 高層ビルを軸にして、屋根を繋ぎ合わせれば人の活動エリアぐらいは確保できるだろう。という発想だ。雨水処理の問題とか、風圧の問題とか、地震の問題とか色々あるだろうが、発想は自由だ。


「蓮兄ぃ、それって東京くらいの大きな街じゃないと無理じゃない?」

「まぁ、そうだな。大阪でも活用できそうなのって少しだけだもんな」


 傘の進化はなかなか難しいな。


「それに、そこまでいったら、もはや傘じゃないよね」

「……屋根だね」


 傘の進化はなかなか難しいな。という結論に至り、買い物へと意識を戻す。まずは八百屋。野菜を業務買いする。噴水広場の端にあるテントがそれだ。俺とアルジールは並んでテントへと向かった。


 view:アルジール・クライ


 蓮兄ぃが八百屋で買出しをしている間、僕は町を眺めていた。雨の降る町は、いつものような活気はなかった。多くの人は喫茶店などに入り、外の雨を眺めながら過ごしているのだろう。外を歩く人の姿は少なかった。だから、なのだろうか。僕は『それ』に気付いてしまった。路地裏からこちらを見る『黒装束』の姿。普段ならば、路地なんて見ないし、ましてや、薄暗い場所にいる『黒装束』になんて気付けない。

 僕は『黒装束』を見つめ、そして、『黒装束』も僕を見ていた。


「──ギル?」


 その『黒装束』は真っ黒なシャツに真っ黒なスーツ、そして、上から真っ黒なローブを羽織る。フードも被っているその姿。顔なんて見えるはずがない。しかし、なぜかフードの奥の顔、表情までもが手に取るように分かった。

 僕は、『路地裏』に向かって走り出した。


「アル?」

「ごめん、すぐに戻るから」


 蓮兄ぃにそう言い残して、走る。『黒装束』の元へと。


 『路地裏』、もともと太陽の光が入りにくい場所だが、今日は雨。分厚い雲が光を通さない為、もはや闇だった。そんな中を僕は走った。水たまりを踏み抜き、跳ね返った雨水が裾を濡らそうと、走った。『路地裏』を抜けると、そこは住宅地。普段ならば人の一人や二人は歩いている人がいるはずなのだが、雨のため気配は感じない。


 そう、気配は感じないのだ。


 住宅地、開けた視界には、『黒装束』が五人立っていた。一人は僕の目の前で背を向けて立ち、二人の『黒装束』と話をしている。そして、一人は正面の住宅の屋根の上、もう一人は更に奥の住宅の屋根にいた。


 目の前に五人の『黒装束』がいる。しかし、気配は感じなかった。そこにいる。会話をしているはずなのに、気配がない。物音一つ聞こえない。聞こえるのは、僕から発せられる呼吸の音のみだった。


 すると、会話を終えたのだろうか。二人の『黒装束』は頷くと、一度だけ僕の方を見て、山の方へと走り去っていった。屋根の上にいた二人も走り去るが、音は何一つ聞こえなかった。そして、目の前に一人残った『黒装束』がこちらを向いた。


「アル」


 話しかけられる。フードの中には、見知った顔があった。


「ギル」


 彼の名を呼ぶ。すると、その顔が少しだけ微笑んだような気がした。しかし、それは優しさから来るものではない。蔑みだ。


「父親の仇と仲良く買い物か、そんなんでよく俺らの前に顔を出せたものだ」


 皮肉、軽蔑、憤怒、様々な感情を混ぜ合わせたような言葉が投げかけられた。それを僕は、ぐっと噛み堪える。


「ギルの方こそ、なんでここに?」

「それが分からないほど腑抜けちまったのか?それもそうか、フェルトさんの仇と仲良くするような奴だもんな、お前は」


 噛み締める。両手を強く握る。


「大きな絶望だよ、アルジール。死んだと思っていた『弟』が生きていたってのに、こんなに腹が立つなんてよ」


 語気を荒らげて、『黒装束』は言う。噛み締める。目の前が滲んでも、食いしばる。気を強く持つんだ。


「俺たちはフェルトさんの仇、レン・カミサカを討つ。邪魔をするのなら、もう『弟』でもなんでもねぇ。お前を殺す」

「そ、それが、ギルの答えなんだね」

「あぁ?」


 噛み締める。目の前は滲んでいた。息苦しい。それでも、僕は伝えなければならない。


「僕は──」

「もういい。喋るな」


 数メートルは離れていたはずの『黒装束』がいつの間にか、僕の懐に入っていた。すぐに離れようと動くが、間に合わない。『黒装束』の拳は、僕の鳩尾を貫いた。


「がっ、はっ」


 その衝撃で、僕は壁にまで吹き飛ばされた。背中を強く打ち、息が出来ない。更に、鳩尾を貫かれたために、体内の酸素は空になっていた。地獄の苦しみに、地面を転げまわる。


「邪魔をするな。いいな、せめて俺に『弟』を殺させるなよ」


 そう言うと、ぼやけた視界の中で、『黒装束』は姿を消した。立てるようになるまでの間、僕は昔のことを思い出していた。


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