第一章 神阪 蓮 ⑬
『OLRO』──Oevr Land Ruled Organazation──『Over Land』を統治する組織はおよそ三年前に設立された組織だ。事の発端は『この世界』のシステム、『死んだ人間は現実世界へと自動的に転送される』というシステムである。転送される先は、そのプレイヤーが最後にログインした場所。すなわち、いきなり街の真ん中に死体が現れる可能性もある。ネットカフェの一室、くつろいでいたら、いきなり見知らぬ人間の死体が隣に現れた。テスト中、椅子に座り静かに問題を解いていたら、いきなり膝の上に同級生の死体が現れた。部屋から出てこない息子の部屋を開けたら、無残な姿でベッドに横たわっていた。などなど。残された遺族ももちろんだが、警察や国、国際的な問題としても、理由の分からない殺人を許すわけにはいかない。ましてや、『Over Land』を模倣した殺人までも『現実世界』で起こっている。被害者の携帯電話に、『Over Land』のアイコンがあれば、そのように処理してしまうのも無理もない話ではあるが、そんなゲームを許すわけにはいかない。
事実、『現実世界』は『Over Land』を取り締まった。ログインの規制、携帯電話に『Over Land』のアイコンを持つ者は容赦なく逮捕した。もちろん反発もあったが、『現実世界』はそれを容認した。すると、国民、もとい民衆は、ほとんどが『Over Land』への移住を決めた。人間とはどうも自由を求める性質があるようだ。行く先が、どんな地獄であっても。結果、問題の解決にはならなかった。もちろん、制作会社を調べたが、公表されている場所には会社などなく。国際指名手配をしようにも、製作者の氏名すらも全てがデタラメであった。
そして、『現実世界』は苦渋の決断を下す。『Over Land』という世界の存在を認めた。その上で、誰か分からないような奴に『世界』を託すわけにはいかないと、『Over Landを統治する組織』を作り上げた。それが『OLRO』である。主な役割としては『Over Land』内での警察のようなものだ。犯罪者を取締り、裁く。しかし、どんな権限を持っていたとしても、彼ら『OLRO』は『この世界』では新参者である。無法地帯、ましてや『現実世界』にはない技術や知識がある。さらに、『自由な世界に《現実世界》が介入してきた』と思うものも少なくなかった。『OLRO』に抵抗、攻撃するもの、更に『人より優れた生物たち』の存在により、『OLRO』の仕事は遅々として進まなかった。
しかし、あることをきっかけに『OLRO』の支持者が増える。それは、『OLRO』が『町』を守る役割を担った事である。『町』は常に『賊』に狙われている。『この世界全体を統治する』よりも、よっぽど価値がある。更に、『現実世界』の物資を『この世界』に持ってくることができることで、銃火器、戦車などの重兵器、さらに燃料などの資源を豊富に用意できる。そんな組織が自分たちを守ってくれる事により、『町の住民』の求心力を得ることに成功。一定の地位を得るようになった。
しかし、そのことが『賊』たちの反発を大きくし、『賊』の活動は更に活発となった。そんな『賊』の活動に、常に後手を踏んでいるのが『OLRO』の現状である。
「拘束が済み次第、再度警戒態勢を敷く。住民の避難は無し。連夜の避難は反感を買うしな」
「大丈夫?」
そらが目を瞑りながら、心配そうな声で言う。住民が避難していないとちょっとしたことで大惨事になる。最悪、人質を取られたりすることもある。しかし、
「昨日の避難でみんな疲れてますからね。疲れは不信、不安を煽ります」
「そうじゃなくて、また無理するんでしょ?」
どうやら彼女が心配していたのは、俺たちのことのようだ。そのことを嬉しく思うが、こればかりは仕方がない。
「大丈夫ですよ。そらさんももう少しの辛抱です。店に戻ったらあすかと一緒に休んでください」
「そ、そんな事」
「できないよ」という台詞を、そらは飲み込むように言葉を区切り、「分かった」と俯いて言った。その言葉を受け取った俺は、そらの肩を支えて立ち上がらせ、部屋の外へと移動する。床に転がる男たちを踏まないように注意をしながら。
「薫」
「分かってるわよ。みんなに連絡して、町の各所に配備、今日は直人にも働いてもらうわよ」
そういうと、薫はすぐに携帯を取り出して、連絡を行なった。本当に仕事が早くて助かる。
「そらさん、店まで送ります」
「ううん、いいよ。ちゃんと帰れるから」
「しかし」
どこに『賊』」がいるか分からない状況の中、一人で帰すわけにはいかない。しかし、そらはあすかを強く抱きしめると、穏やかな笑顔で言った。
「あたしにも、この子を守らせて。武器を持つことはできないけど、この子を守りたい」
その言葉に、そらの意思を感じた。数時間前に感じた無力な自分を変えようとする意思を。その意思を、潰すことなんかできやしない。
「分かりました。でも、何かあったらすぐに連絡してください」
「うん、分かったよ」
そう言うと、そらはどこか嬉しそうに微笑み、町の中心、噴水広場の方へと歩いていった。
「そらさんを弱いと思ってんなら、大きな間違いよ」
薫が背後から語りかける。拘束し終えた賊たちは家の外壁に一列に並べられていた。
「弱いと思ったことなんかねぇよ」
「そ?んで、あたしらはどうすんの?」
横に並んで肩を組んでくる薫。そんな男っぽい行動もこいつらしい。
「あいつらを地下に放り込む。その後は、徹夜で警備だ」
「あーあ、また徹夜か。肌荒れっぱなし」
そんな事を言って、頬に手をやる薫。そんな女っぽい仕草はこいつらしくない。
「今変なこと考えたでしょ?」
「俺は肌が荒れるくらい頑張ってる女が好きだ。妙に綺麗な女より信用できる」
即答したことが奏功したのか、薫は「そんなもんかね」と、やや照れたように後ろを振り返った。そこには傷だらけの男たちが仲良く並んで眠りについている。それを見て、残された仕事にため息を吐く。寝ている男は重い。
「ねぇ、まさか、あたしら二人でやるってーんじゃないだろうね?」
「人手が足りねぇからな、仕方ねぇ」
「仕方ねぇで済ますな!十人やで、十人!」
興奮する薫。無理もない、誰一人、自力で歩けないくらいまで痛みつけてしまった。つまり、担ぐしか方法がない。
「十二人だ」
「どっちでも一緒!ねぇ、一晩くらい置いててもいいんじゃないの?」
「いや、怪我の度合いから見ても、一刻を争う」
「あんたが腕なんか切り落とすから」
半ば投げやりに言う薫。その台詞と口調に、俺も少しカチンときた。
「お前もバンバカ撃ってんだろが!鉛玉食い込んでる時点で、お前の方が重症だ!」
「いやいや!腕切り落とす方が重症でしょ!」
「俺はすぐ引っ付くように斬ってんだ!」
「うるさい!あんたが十人運びなさい!」
「んだと!お前も運べよ!歩けねぇのはお前が脚ばっか撃つからだろが!」
「制圧する基本でしょ!まずは機動力を奪う!んでもって武器を奪う!戦意削いだとこで顔面キックで終わり!」
「タチ悪すぎだろが!」
「あんたの方がよ!」
「ああ!?」
「そこまで!」
どちらも収まりが効かなくなってしまった所、女の声が遮った。怒鳴るような声ではあったが、澄み切っていてよく通る。そのおかげで、俺も薫も止まった。
「まったく、重傷者を前にして痴話喧嘩なんかして、恥ずかしいと思わないのか」
そこには、腰に手を当てたつばさが立っていた。普段、真面目にふざけている彼女だが、ここ一番というところではしっかり締めることのできる人だ。ついでに彼女が年上なんだということも再認識できる瞬間でもある。
「あぁ、悪い。すぐに運ぶ」
「そうね」
そう言って、俺と薫はそれぞれ一人ずつ担ぐ。薫は体が細く比較的体重の軽い男を選んでいたが、難なく担いでいた。
「さぁ、まずは医院だ。行くぞ」
そう言うと、つばさは先頭を切って歩き始めた。その肩には男が四人。右肩に二人、左肩に二人、合わせて四人。長身細身のつばさからは想像もできない映像だった。
「さ、さすがつばさだな」
「そ、そうね」
「何を言っている。これくらい鍛錬の成果だ」
ふふん、とさも当然の如く歩くつばさ。足取りこそ重そうだが、休むことなく歩き続ける。
「え?つばさ、『スキル』使ってないの?」
「このくらい問題ない」
「嘘だろ」
大の男の体重が一人五十キロなんてことはないだろうが、単純計算二百キロ。人は肩に担ぐことで、ある程度の重量物ならば運ぶことができる能力は誰にでも備わっているものだが、これはそれを遥かに超越している。『人外の力』が加わっていなければできない芸当だと思っていたが、つばさは軽々とそれをやってのけている。
「ほ、本当に『スキル』使ってないの?」
「当たり前だ。これも鍛錬の一つだ」
薫がしつこく聞く。ちなみに、『スキル』とは、『人外の力』である。様々なゲームや漫画でもあるように、『この世界』では、すべての人が一つだけ『人外の力』を得ることができる。例えば、空を飛んだり、片手でロケットランチャーをぶっ放せるくらいの筋力がついたり、二つ以上の物質を合わせて薬や毒、弾丸や武器などを作ったり、様々なことができるようになる。
俺や薫も『スキル』を一つ習得しているが、それはまた追々。そして、『スキル』には使用制限がある。きっちりと回数が決まっている訳ではないが、『スキル』を一度使うと、『精神力』が減る。『精神力』とか曖昧な表現ではあるが、そうとしか説明がつかない。例えの話だが、テスト勉強やデスクワークをしていて、全く身に入らないくらい疲れた経験はないだろうか。疲れてはいるんだが、肉体は元気な状態。やろうと思えば、走ることも跳ぶこともできる。しかし、勉強とか仕事とか頭を使う作業はこれ以上できない、という状況。頭がふらふらする、ボーッとして動きたくなくなる、そんな症状がそれだ。すなわち、『スキル』を使いすぎると、そういう状態になる。そして、更に使いすぎると、意識を失い、次の日には二日酔いのような症状が現れる。
「つばさって、凄いよね」
「何を言っている、私から言わせてば『スキル』を使わずして、十二人もの敵を無力化できるお前たちの方が凄いぞ」
はっはっは、と豪快に笑いながら、男四人を肩に担いで歩くつばさ。どう見ても凄いのはつばさだ。そんなことを思いながら、俺たちは医院へと男たちを運んでいった。