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Over Land  作者: 射手
第六章  ユーマ・シフォン
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第六章  ユーマ・シフォン 11

View:神阪 蓮

Time:二年前



 アルジールと二人並んでログハウスに戻ると、店の前で薫が待っていた。太陽は海に沈もうとしており、空はオレンジ色に染まっている。海も空の色を映し、波の動きに合わせて、黄金の光を放っていた。


「おかえり」


 ぼう、と海を眺めたまま、薫は俺たちを迎えた。「ただいま」と言葉を返し、ログハウスの壁にもたれて彼女に並びかける。


「何かあったのか?」


 物言いたげに待っていた彼女の言葉を促す。アルジールも彼女の逆隣に並び、西日に目を細めて海を見つめる。網膜が焼け付くほどの強烈な光が俺たちを襲っていた。


「傷の手当てをしたの」


 ぽつり、と彼女は口にする。視線は動かさずに、ぽつぽつ、と言葉を紡ぐ。


「そしたら、背中だけじゃなくて、全身傷だらけだった」


 彼女はぐっ、と唇を噛み締め、「それも、引っかき傷だけじゃなくて、噛み付かれた痕も、火傷の痕まであって……っ」一旦、言葉を詰まらせ、彼女は俺に向き直る。


「あの子は『本気』で『フェンリル』のこと守ってたんだ……、あたしたちが『この町』を守るのよりも、よっぽど『本気』で!」


 彼女の目には、オレンジの陽光が揺らいでいた。それでも、まっすぐに俺を見つめる。


「あたしたちは『あの子』の大切なものを『奪った』んだ。例え、どんな危険があったとしても、意見を違えていたとしても、『殺す』べきじゃなかったのかもしれない……」


 『町の安全』の為に、『あの子の大切なもの』を奪った。それはまるで、アルジールから聞いた『ナインクロス』の話とよく似ていた。『ナインクロス』の為に、『町の人間の命』を奪う。いや、それだけではない。俺たちは『死神』にレンドの人たちが殺されて、『あの子』ほど傷ついただろうか。傷だらけになって、涙を流して、『守れなかった事』を悔やんだだろうか。俺たちは、あの子のように本気で『町』を守っていたのだろうか。


「それが……言いたかっただけ……」


 そう言って、薫はログハウスの扉に手をかける。定期的に押し寄せてくる波の音に隠れて、きぃ、という木の軋む音と、からん、という鐘の音が耳に届いた。


 彼女を傍目で見送り、しばらく、呆然と海を眺めた。


 どうすればよかったのだろうか。確かに『フェンリル』は人を襲う『モンスター』だ。多くの『人』が『あいつら』の餌食となり、命を落としている。その事実は変わらない。しかし、だからと言って、盲目的に『排除』するのはどうなのだろうか。それこそ『現実世界』が『Over Land』に対してやってきたことなのではないだろうか。『Over Land』に魅力を感じて、『この世界』にやってきたというのに、やっていることは『現実世界』と同じだった。それは、『世界』が変わろうとも『人間』のやる事は変わらない、ということに他ならない証明のように感じた。


 嫌な論争が自身の中で解決を迎えると、ずっと隣にいたアルジールが悲しそうな顔で俺を見上げているのに気がついた。「蓮兄ぃ」と、か細い声で呼ばれ、表情を引き締める。


「中、入ろうか」


 俺はいつものようにアルジールの頭を撫でて、『証明』を胸にログハウスの中へと戻った。太陽は頭まで海に浸かっていた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



View:ユーマ・シフォン

Time:二年前


 目が醒めると、知らない天井が広がっていた。薄明かりが天井からぶら下がり、控えめに、周囲の物に輪郭を与えている。視界に映る窓にはカーテンがかけられ、陽光は見て取れない。時間こそ不明だが、夜のようだ。たしか、『大狼』を殺されたのは昼過ぎだったはず。だとすれば、半日くらい寝てたんだなぁ、とどこか他人事のように計算した。

 体は徐々に痛みを思い出し、背中と肩がズキズキ、と声をあげる。脳内で口に出した『大狼』という単語に、胸が狭くなる。狭くなった胸は小さく痙攣し、空気を細かく吐き出す。目からは涙が溢れ、喉からは空気と共に、嗚咽が溢れた。


「ぅ……、うぇぇ……っ」


 悔しかった。また、ユーは繰り返した。『あの子』を守るどころか、気を失っていた。助けようと手を伸ばすことも、『あの子』の最期を見届けることもできなかった。

 ユーは、やっぱり、どう取り繕っても『人間』だった。繰り返すことしか芸のない『人間』だった。


 今度こそ、守りたかったのに……。


 嗚咽を垂れ流し、歯噛んでいると、木製の床が軋む音が聞こえた。きぃぃ、と一つ一つがこちらに向かってくる。涙を吹いて、耳を塞いで、目を閉じた。


 ぎきぃ、という音ともに現れたのは、髪の短い女だった。さっきは銃を持って、『大狼』を襲った女。目が合う前に、再び目を閉じると「あれ?」という声が耳に届いた。


「起きたと思ったんだけどな……」


 かたん、とユーの横に『何か』を置くと、女は傍に椅子を引いて座り込む。まるで、ユーが起きていることに気付いているかのように、ユーの顔を見ているのが分かった。それでも、女は何も言わずに、じっ、と動かなかった。


「……どうして」


 耐えられなくなり、口を開く。喉はさっきまでと同じく震えていた。


「殺したの……」


 そう言うしかなかった。その言葉しか、今のユーには存在しない。


「町を守るためよ」

「『あの子』にはそんな力は残ってなかった」

「『モンスター』には高度な治癒能力がある。『現実世界』のものと比べ物にならないほどのね。回復すれば、『システム』に従って行動したでしょうね」


 女の声が、耳に突き刺さる。


「『モンスター』の『システム』はシンプルよ。自分を中心としたある一定の区域に入った人間を襲う。意味もなく、ね」

「『あの子』は……『そんな子』じゃない」

「ずっと一緒にいたんでしょ?信じたくなる気持ちも分かるけど、一切の例外なく『モンスター』は人を襲う」

「違う……『あの子』は……」


 信じたかった。

 もし、『あの子』が回復したら、ユーと一緒にいてくれることを。

 信じれば応えてくれるって信じたかった。


「『フェンリル』が回復し、暴れた場合、あたしたちは『町』を守り抜くことはできなかったと思う。『ボス級モンスター』の討伐は通常数十人体勢でやるものよ。この町には、戦える人間はあたしを含めて、たったの四人だけ、勝ち目はない」

「違う……『あの子は』……」


 どうして……みんな……


「『モンスター』は倒すしかない。生かす方法なんてないの、生かせばまた襲ってくる」

「どうして……」

「そういう『システム』だから」

「違うっ!!どうして『モンスター』なんて呼ぶのっ!?あの子はっ!『大狼』だよっ!!なんで……『モンスター』って……。『あの子』は『モンスター(化け物)』なんかじゃない……。ユーたちと一緒……だよ」


 女の顔が滲んだ。

 『モンスター』だなんて呼ばれる『あの子』が可哀想だ。あんなに綺麗な体をしているのに、あんなに可愛い目をしているのに、あんなに温かな血が流れているのに。

 どうして誰も『あの子』のことを同じ『動物』だと考えないのだろう。体には血が流れてるし、痛みも感じる、恐怖も悲しみも怒りも。人と変わらない。何一つ変わらない。なのに……。


「人間が……滅びればいいんだ……」

「………」

「そうすれば、『現実世界』だって綺麗になるし、動物だって自然に生きていられる」


 女はそこに立ったまま、目を閉じた。ユーの話を聞いてくれているのだろうか。だとしたら、少しは考えてくれるのだろうか。


「……ブレないな」

「え?」

「なんでもない、とりあえず、ご飯にしよっか」


 話題が急遽変更され、体が起こされると、ユーの目の前に木製のプレートが置かれた。お粥と梅、そしてスープが並んでいた。久しぶりの『人間』の食べ物だった。


「……いらない」

「は?」


 ユーは手を隠し、反抗の姿勢を示す。

 すると、しのごの言わずにユーの頭に女の手刀が落ちてきた。


「いっっ」

「確かに、あんたの考え方は立派よ。反対意見をどれだけ並べても姿勢を崩さずに自分の考えを貫くなんて、簡単じゃない。ましてや『この世界』で『その考え』は特に、ね」


 女は「でもね」と続けると、「人間腹は減るし、食べなきゃ立派な意見も下を向くの。あたしはあんたをカッコいいと思ったし、すごいとも思う。なかなか出来る事じゃない。貫きなさいよ、『それ』」と、女はユーの頭に手を置いた。


「んで、『そう』するんなら、体力は必要不可欠!食べなさい、手伝ってあげるから」

「………」

「なによ?」


 呆然と彼女の顔を見ていたのを咎められて、恥ずかしくてお粥に目を落とす。初めてだった。こんな風に認めてもらえたのは。


「あんたの『それ』は『この世界』では敵が多いからね。覚悟しなさいよ」

「……うん」


 大粒の温かな涙が、お粥に落ちた。彼女は「さすがのお粥も、その『しょっぱいの」は混ぜても美味しくならないよ」と涙を拭ってくれた。


「それからね、さっきの」

「へ?」


 お粥を素直に口に運ぶと、彼女は優しげに、そして、困ったように微笑みながら言う。


「人間が滅びればいい、って言うのは止めな」

「………」

「あんたも『人間』、あたしも『人間』。『フェンリル』や『グリフィン』を動物として助けるんだったら、『人間』も『動物』でしょ?」


 噛むのを忘れて、彼女を見つめる。


「ちょっと頭が良くて、ずる賢くて、面倒臭いけど『人間』も助けてやんなよ?——お?今いいこと言った?」

「言っふぁ——ふぁ?」


 口にお粥が入ってるのを忘れて喋ったため、こぼしてしまった。それを「何やってんのよ……」と呆れながら彼女は拭き取ってくれた。


「体、治ったら一緒に畑を元に戻すよ。いい?」

「うん」


 後日、薫っちの計らいで、ユーは町の人たちに謝罪をし、ユーも『レンド』の一員となった。

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