第六章 ユーマ・シフォン ⑩
View:ユーマ・シフォン
Time:二年前
ユーはフランス、パリ郊外に生まれ、比較的裕福な暮らしをしていた。どのくらい裕福かというと、人が食べるための『食料』が枯渇しているのに、ペットを二匹買う余裕があるほどであった。飼っていたペットは白と黒の子ウサギ。とても愛らしく、白のウサギは『ジュスィー』、黒のウサギには『テュエ』と名付け、ユーは二匹と共に成長していった。
ユーが七歳の頃には、二匹は大きくなり、眠る時の姿勢は丸々としていて、とても愛らしかった。写真や動画をたくさん撮り、ユーは常に二匹のウサギと共に過ごしていた。
しかし、七歳の冬の日。ユーにとって大事件が起きた。とても可愛がっていた二匹のウサギが突然、脱走したのである。「お母さん!お父さん!ジュスィーとテュエがぁ!!」と両親に元へと泣きながら走ったのを覚えている。
その日の昼には、両親と一緒に外へと二匹を探しに出た。ペットを飼うなどという贅沢をする家庭は少なく、捜索の助けを得ることはできなかった。それでも、ユーは一生懸命にジュスィーとテュエを探し続けた。
結局のところ、ジュスィーとテュエは逃げたのではなかった。
その日の夕食には、ホワイトシチューが並んだ。
知っていた。
近所のスーパーにウサギ肉が並んでいることは……。
知らなかった。
ジュスィーとテュエが、『家族』ではなかったということは……。
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十歳になると、ユーはパリの『ある施設』に入り浸るようになった。『その施設』では、今や食用とまでなってしまった犬や猫、鳥やウサギを保護している。このような施設は世界中の至る所に存在し、連携を取り合って、『動物たち』を『世界』から守ろうとしている。しかし、『現実世界』では「『食料』を独占している」と批判、中傷が多い。
「とうとう、『この子』だけになってしまったか」
白衣を着た男性が受話器を置いて、口こぼした。男性がさっきまで電話で何かのやり取りをしていたのを、ユーは横目で見ながら、ゲージの中でボールを追いかける犬と遊んでいた。柴犬と呼ばれる種で、いつもユーの目を見つめては、ユーの仕草、動作を見てボールを取ったり、ぬいぐるみを持ってきたりと、とても賢い子だ。男性はゆっくりとユーの元に歩み寄ってくると、ゲージにもたれて「ユマちゃん、いつも遊んでくれてありがとうね」と優しい声で言った。
「うん、この子可愛くて賢いね」
ゲージの際に歩み寄ってきた柴犬の頭を撫でる。目を細めて、ユーの手にじゃれついてくる姿が愛くるしい。
「これからも遊んであげてね、この子はもう『世界で一人』になってしまったんだよ」
「『世界で一人』?」
その頃のユーにはその意味がよくわかっていなかった。なぜならば、この施設には他にも多くの犬がいたから。犬という種族としては、まだまだ『世界』にはたくさんいると思っていたから。
「一人ぼっちなの?」
「そうだよ、だから、可愛がってあげてね」
男性は、ユーが柴犬にしたのと同じように、ユーの頭を撫でた。どこか心が温かくなったのを覚えている。
「うん!ユーが『この子』のお姉さんになるっ!」
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しかし、『その子』との別れも突然にして訪れた。ユーが入り浸っていた『施設』に、数人の強盗が入り込んだのである。強盗の犯人はナイフ、鉄パイプを持ち、施設内を暴れ回った。『動物』が『保護』されているゲージを壊しては、『動物』を袋に入れていった。
ユーは犯人の元へ駆けつけようとしたが、「危ないから、ここにいなさい!!」と抱きかかえられて、倉庫に閉じ込められた。倉庫の外からは『動物たち』の悲痛な声が響き、窓からは次々と『動物たち』が袋に入れられていくのが見えた。そして、とうとう『その子』の番が訪れた。
キャンキャン、と高い声で泣き、四肢を振るって抵抗する。手に噛み付いては、壁に投げつけられてしまった。泣き声もあげられなくなり、ただただ震えるのみとなった『その子』を、犯人たちは一切の躊躇いもなく袋に投げ入れた。
「やめてよ……、『その子』はもう……、一人ぼっちなんだよ……」
その光景を、ユーはただただ見ていることしかできなかった。ただただ、涙をながして「やめてよ、やめてよ」と言うことしかできなかった。
騒動が収まっても、警察や『世界』が動くことはなかった。それどころか、飢えていた人々の所へ『食料』が届いたという報道が見られるようになった。
『人間』って、一体なんなのだろうか。
『世界』って、一体なんなのだろうか。
『人間』が生きる為だけに存在する『世界』なのだとしたら、
そんな『世界』なんて……、
『人間』なんて……、
「滅んじゃえばいいんだ……」
ユーは、そんな『世界』に、『人間』に嫌気が差し、『Over Land』へログインした。