表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Over Land  作者: 射手
第六章  ユーマ・シフォン
101/249

第六章  ユーマ・シフォン ⑩

View:ユーマ・シフォン

Time:二年前



 ユーはフランス、パリ郊外に生まれ、比較的裕福な暮らしをしていた。どのくらい裕福かというと、人が食べるための『食料』が枯渇しているのに、ペットを二匹買う余裕があるほどであった。飼っていたペットは白と黒の子ウサギ。とても愛らしく、白のウサギは『ジュスィー』、黒のウサギには『テュエ』と名付け、ユーは二匹と共に成長していった。


 ユーが七歳の頃には、二匹は大きくなり、眠る時の姿勢は丸々としていて、とても愛らしかった。写真や動画をたくさん撮り、ユーは常に二匹のウサギと共に過ごしていた。


 しかし、七歳の冬の日。ユーにとって大事件が起きた。とても可愛がっていた二匹のウサギが突然、脱走したのである。「お母さん!お父さん!ジュスィーとテュエがぁ!!」と両親に元へと泣きながら走ったのを覚えている。

 その日の昼には、両親と一緒に外へと二匹を探しに出た。ペットを飼うなどという贅沢をする家庭は少なく、捜索の助けを得ることはできなかった。それでも、ユーは一生懸命にジュスィーとテュエを探し続けた。


 結局のところ、ジュスィーとテュエは逃げたのではなかった。


 その日の夕食には、ホワイトシチューが並んだ。


 知っていた。


 近所のスーパーにウサギ肉が並んでいることは……。


 知らなかった。


 ジュスィーとテュエが、『家族』ではなかったということは……。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 十歳になると、ユーはパリの『ある施設』に入り浸るようになった。『その施設』では、今や食用とまでなってしまった犬や猫、鳥やウサギを保護している。このような施設は世界中の至る所に存在し、連携を取り合って、『動物たち』を『世界』から守ろうとしている。しかし、『現実世界』では「『食料』を独占している」と批判、中傷が多い。


「とうとう、『この子』だけになってしまったか」


 白衣を着た男性が受話器を置いて、口こぼした。男性がさっきまで電話で何かのやり取りをしていたのを、ユーは横目で見ながら、ゲージの中でボールを追いかける犬と遊んでいた。柴犬と呼ばれる種で、いつもユーの目を見つめては、ユーの仕草、動作を見てボールを取ったり、ぬいぐるみを持ってきたりと、とても賢い子だ。男性はゆっくりとユーの元に歩み寄ってくると、ゲージにもたれて「ユマちゃん、いつも遊んでくれてありがとうね」と優しい声で言った。


「うん、この子可愛くて賢いね」


 ゲージの際に歩み寄ってきた柴犬の頭を撫でる。目を細めて、ユーの手にじゃれついてくる姿が愛くるしい。


「これからも遊んであげてね、この子はもう『世界で一人』になってしまったんだよ」

「『世界で一人』?」


 その頃のユーにはその意味がよくわかっていなかった。なぜならば、この施設には他にも多くの犬がいたから。犬という種族としては、まだまだ『世界』にはたくさんいると思っていたから。


「一人ぼっちなの?」

「そうだよ、だから、可愛がってあげてね」


 男性は、ユーが柴犬にしたのと同じように、ユーの頭を撫でた。どこか心が温かくなったのを覚えている。


「うん!ユーが『この子』のお姉さんになるっ!」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 しかし、『その子』との別れも突然にして訪れた。ユーが入り浸っていた『施設』に、数人の強盗が入り込んだのである。強盗の犯人はナイフ、鉄パイプを持ち、施設内を暴れ回った。『動物』が『保護』されているゲージを壊しては、『動物』を袋に入れていった。

 ユーは犯人の元へ駆けつけようとしたが、「危ないから、ここにいなさい!!」と抱きかかえられて、倉庫に閉じ込められた。倉庫の外からは『動物たち』の悲痛な声が響き、窓からは次々と『動物たち』が袋に入れられていくのが見えた。そして、とうとう『その子』の番が訪れた。

 キャンキャン、と高い声で泣き、四肢を振るって抵抗する。手に噛み付いては、壁に投げつけられてしまった。泣き声もあげられなくなり、ただただ震えるのみとなった『その子』を、犯人たちは一切の躊躇いもなく袋に投げ入れた。


「やめてよ……、『その子』はもう……、一人ぼっちなんだよ……」


 その光景を、ユーはただただ見ていることしかできなかった。ただただ、涙をながして「やめてよ、やめてよ」と言うことしかできなかった。


 騒動が収まっても、警察や『世界』が動くことはなかった。それどころか、飢えていた人々の所へ『食料』が届いたという報道が見られるようになった。


 『人間』って、一体なんなのだろうか。


 『世界』って、一体なんなのだろうか。


 『人間』が生きる為だけに存在する『世界』なのだとしたら、


 そんな『世界』なんて……、


 『人間』なんて……、


「滅んじゃえばいいんだ……」


 ユーは、そんな『世界』に、『人間』に嫌気が差し、『Over Land』へログインした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ