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第五話

目が覚めると、見知らぬ天井――ではなく、見慣れた黒猫の顔があった。


「…………」

「あ、起きた。オーイ、生きてるかニャ?」

「ここ、どこ」

「ご主人の館だニャ。オマエ、ご主人に運ばれて帰って来てまるまる一日も寝てたんだニャ」


 おれは飛び起きる。


「エ、エリクサーは!? どうなった!? マリエルは……」

「落ち着くニャ! コホン。まずはご主人がお呼びニャ。ご主人の所へ行くニャ」


 落ち着いてなんかいられない――が、事がどうなったのかは魔女が知っているのだろう。とりあえず黒猫の言う通り魔女の部屋へ向かう。


「ご主人、狼を連れて来たニャ」

「入りな」


 いつも通りのぶっきらぼうな声。扉を開けると、いつも通り本を読んでいる魔女の姿があった。


「意外と目覚めは早かったな。やっぱりエリクサーの効果か」

「エリクサー? どういう意味だ」


 そういえば、不思議なほど体が軽い。それに熊との戦いで負ったはずの怪我も綺麗に消えている。


「ま、まさか、エリクサーをおれに使ったのか!?」

「そうだよ」

「なんてことを! あれはマリエルのための……」

「うるさい。少し黙りな。――ったく、つくづく似合わないことはするもんじゃないな。おまえの努力のお陰で、エリクサーは作れたよ。だが、それはおまえに使った。あのお嬢さんの頼みでね」

「マリエルの……?」

「そうさ。自分のために傷付いたおまえを見て、自分は死んでもいいからどうしてもおまえを助けて欲しいとワタシに頼んだ。一つしかないエリクサーをおまえに使ってくれってね」


 そんな。おれはマリエルを助けるためだけに……

 そもそもなぜあの場にマリエルがいたような話になってるんだ。


「ワタシが連れて行ったのさ」


 おれの疑問を見透かした魔女はしれっと言い放つ。


「なっ!? マリエルの体調知ってるくせになんてこと――」

「マリエルマリエルうるせえな。そんなに会いたいなら、ほれ」


 魔女はぶっきらぼうにベッドの方を指差す。

 そこに寝ていたのは――


「マ、マリエル!? なんでここに!!」

「ワタシが連れて来た。今はすっかり眠ってるよ」


 慌ててベッドに駆け寄る。確かに、マリエルは眠っていた。すやすやと穏やかな寝息が聞こえる。


「無事だったのか……良かった……」

「安心するのはまだ早いよ。今は薬を飲ませて体調を落ち着かせてはいるが、その子の体は何一つ良くなってない。エリクサーを使わなかったからね」


 そうだ。マリエルのためのエリクサーは、おれに使われてしまった。たった一つのエリクサーを……


「……魔女。おれ、また取りに行くよ。今日の夜になったら」

「懲りない奴だな。それでまたぼろぼろになって倒れて、ワタシが迎えに行かなきゃならないのかよ」

「迎えに来てくれなんて言ってないぞ!」

「黙りな、ヘタレ狼。ワタシがいなきゃおまえもこのお嬢もここにはいないってことを忘れるなよ」


 うっ。言い返せない。


「まったく、これだから人間ってやつは嫌いだよ。愛する者のためなら何を犠牲にしてでもいい~なんてほざくんだから。さむいったらありゃしない。一番大事なのは自分だろうが。善人ぶってんじゃねーよ」


 ぶつぶつ言いながら、魔女は小さな小箱を取り出す。その中にはこれまた小さな瓶が入っていた。


「やるよ」

「なんだ、これ?」

「エリクサー」


 …………


「だから、エリクサーだって」

「――はあっ!? エリクサーは一つしか作れなかったんじゃないのかよ!?」

「おまえが採った材料は一つ分あるかないかくらいだったさ。これは元からあったやつ」

「も、もももも、もも、元からって……作り置きがないから、おれはあんな目にあってまで材料を――」

「あれはウソ。材料を採りに行かせれば、絶対途中であきらめると思ったんだもん。おまえヘタレだから」


 言葉が出ない。

 だったら昨晩のことはなんだったのか。必死に走って必死に戦って。本当に死にそうになって。

 あれはなんだったんだ。

 全部、この鬼畜魔女のせいなのか。


「こ、この――鬼! 悪魔! 魔王!」

「だから魔女だっつってんだろ。ま、少しは見直してやるよ。なあ、アレク?」


 アレクサンダーは大きく頷いた。わざとらしい。


「確かにニャ。惚れたオンナのためとあらば、結構何でもできるものなんだニャ。ヘタレオオカミの割には頑張ったような気がしないでもないニャ」


 こ、こいつら……

 もう相手するのもいやだ。


「ほら、早くこいつを飲ませてやりな」

「の、飲ませるってどうやって……」

「バカ。決まってんだろ」


 魔女とアレクサンダーは顔を見合わせてくすくす笑った。


「口移し」

「…………」

「あ、赤くなった」

「ふ、ふざけるな! 無理に決まってんだろ! 大体狼の姿じゃく、く、く……ちうつしなんてできるわけないだろうが!」

「はぁ? 狼? 自分の顔をよく見てみな」


 と言って、呆れ顔の魔女は壁に立て掛けてある姿見を指差す。

 鏡の前に立つと――そこにいたのは、いつもの狼ではなく、一人の人間の少年だった。


「人間になってる……!?」


 三晩が過ぎて、魔女の魔法はもう解けたはずだ。なのにどうしてまた人間になってる?


「ワタシは真実の愛を得られれば呪いを解いてやるなんて、陳腐な台詞は言わないよ。だが頑張りは評価するいい魔女だからね」

「ま、まさか……呪いを解いてくれたのか!?」

「バカ。あれぐらいで貴重な労働力を解放するわけねーだろ。三日間の期限を延ばしてやっただけさ。昼にあくせく働けば、夜に自由時間をやらんでもない」

「……今までは自由時間なんてなかったのに……」

「あ? なんか言ったか?」

「何でもないです!」

「まあとにかく、ワタシのために働き続けるなら少しはおまえの希望も考慮してやるってことさ。ワタシの機嫌を損ねないように気を付けるんだね」


 まさか、魔女がこんなことをしてくれるとは。おれの事情なんて構いもしない悪魔みたいな魔女だと思っていたのに。……いや、実際そうなんだが。


「……ありがとう」


 素直に礼を言うと、魔女は実に微妙な顔をした。


「おまえにお礼なんか言われると気持ち悪いな」


 こいつ、きらいだ。


 でも、いい。これからもマリエルに会える。それだけで充分すぎるほど充分だ。

 魔女が差し出したエリクサーを受け取る。中に入っている液体は、淡く光る蒼だった。


「…………」

「ほら、早く」

「さっさとするニャ」


 うるせえ……

 こいつらに見られているっていうのは癪だが、仕方ない。

 栓を抜くと花のような香りが広がった。口に含むと、心地良い冷たさと甘さを感じる。


 眠っているマリエルは、美しかった。


 まるで、夢を見ているみたいだ。魔女がこっそりおれに魔法をかけていて、おれの望む幻でも見させられているんじゃないかと思うくらい。


 でも、これは確かに現実だ。


 初めて触れるマリエルの唇は、あたたかかった。

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