近未来漫才
ここはとある小規模な演芸会場。現在ステージには、二人の男が満面の営業スマイルをたたえながら上がってきていた。
一人は、田安春明。ありふれたグレーのスーツを着ている彼は、これといった特徴を持たない地味な感じの男だ。
もう一人の男は、東城渓人。こちらは田安と異なり、こじゃれたファッションをパリッと着こなして華やかな雰囲気を身にまとっている。一見すると、そこらにいる色男と何ら変わらない彼であるが、決定的に周囲と一線を画している点があった。それは、彼の頭から、銀色のアンテナ状の物体がちょこんと飛び出ているのである。
東城の正体は、自分の意思を持つ精巧なロボット。つまり、アンドロイドなのであった。
人間とアンドロイドが共生することが少しずつ当たり前になり始めたご時世において、二人は世界初の人間とアンドロイドの異色の組み合わせの漫才コンビとして活動しているのである。コンビを結成して数年。知名度は皆無であったが、こうして細々と活動を続けているのだった。
そして今宵、噂に興味を持って集まった人々を前に、異色コンビ『機人変人』のステージが幕を開けた。
田安「どうもー! 『機人変人』でーす!」
東城「よろしくお願いしまーす!」
田安「いや、僕らね。一見普通のお笑いコンビに見えますよね? でも、明らかに他のお笑いコンビとは違う部分があるんですよ。それは」
東城「ネタが死ぬほどスベる!」
田安「そうそう。僕達がネタを始めれば、暑い夏も恐くないくらい寒……って、違うだろ! しょっぱなから自虐ネタぶち込むことねえだろうよ」
東城「なるほど。しょっぱなが駄目ということは、最後の方ならいいってこと?」
田安「まあ、ケースバイケースかなあ。で、他のコンビと違うところというのはですね」
東城「会場でウケた試しがない!」
田安「そうそう。僕達がネタを始めると、会場に虫がはばたく音が聞こえるほどの静寂が……って。自虐ネタはやめろって言っただろうが」
東城「いや、ケースバイケースって言ったから、今ならいいかなあと」
田安「でも、今は明らかにしかるべきタイミングじゃないだろうよ。ほら、会場すっかり盛り下がってるじゃねえか」
東城「おお、俺の言ったことが本当になったね。じゃあ、今言ったのは事実だから、自虐ネタには入らないと」
田安「事実でも、事実でなくても、自虐ネタは自虐ネタなの! その件については、それで終了。わかったな?」
東城「はいはい、わかったよ」
田安「で、僕達が他のコンビと違うところというのは……」
東城「このように、田安君が異常に僕のおしゃべりにケチをつけてくるところですね。以上、『機人変人』でしたー」
田安「勝手に終わるな!」
東城「え、だってそれについての話は終わりだって」
田安「それは漫才終了って意味で言ったんじゃねえんだよ。それに、これはケチつけてんじゃなくて、ツッコミだから。お前、もう何年も漫才やってるんだからいい加減理解できるだろ」
東城「えー。でも俺、こう見えて結構若いしー」
田安「そうそうそう。僕達が他のコンビと違うのは、この東城君に秘密があるからなんです。実は、彼……」
東城「ええっ! どうして俺がアイドルの握手会以来に手を洗っていないという秘密があることを知っているんだよ!」
田安「そんな秘密知らねえよ! てか、何気にめっちゃ汚ねえじゃねえか!」
東城「いや、大丈夫だって。手は洗ってないけど、アルコール消毒は死ぬほど行いましたから」
田安「それ、手を洗ったことに入ると思うんだけど……まあいいや。で、こいつの正体は、パッと見だとそこらにいる男と変わらないんですけど、実は」
東城「誰もが振り向く、美男子です」
田安「……自虐の次は、自惚れか? キャラが定まらない奴だな」
東城「俺がこういうキャラなのは、田安君がこんなネタを書いたからです」
田安「ぶっちゃけてんじゃねえよ! しかも、ネタは俺達二人で書いてるだろうが」
東城「あ、そうだったね。すっかり忘れてたわ」
田安「嘘つけよ。で、この東城君の正体というのがですね。実は、製造されてから十年にもならないアンドロイドなんですよ」
客席「ええーっ」
田安「いや、普通信じられないですよね。でもほら、ここ見て下さい。東城君の頭のここに、銀色の」
東城「あんっ♡ 痛くしないでね……」
田安「ちょっと触っただけで、気色悪い声出すな!」
東城「だって、ここを触られると俺」
田安「え、あ……悪かったな」
東城「……特に何とも思わないんだもん」
田安「だったら別に触ってもいいだろうが! てっきり、触ったらお前の機能に支障が出たりするのかと思ったじゃねえか」
東城「いやー俺、アンドロイドの中でもめっちゃ高性能の方だし、こんなむきだしの部分が弱点なわけないじゃん」
田安「ま、まあ。確かに」
東城「ちなみに、俺の弱点は右足のすねのちょっと下の部分です」
田安「弱点言っちまっていいのかよ!」
東城「さらに、弱点をつかれると、何かめっちゃ笑います」
田安「弱点つかれたらそうなるの? たいしたことないじゃねえか」
東城「何せ、アンドロイド界のエリートですから」
田安「お前の世界のエリートの基準、さっぱりわかんねえわ」
東城「大丈夫。俺にもさっぱりわかんないから」
田安「だろうな」
東城「ま、自己紹介はこれくらいにしておいて。そろそろ漫才始めようか」
田安「待て。お前についての話はしたが、俺については一切話してないぞ」
東城「え? じゃあ逆に聞くけど、田安君はお客さんに何か話したいこととかあるわけ? 何の特徴もなく、特に個性もない田安君が?」
田安「……ネタやるか」
東城「うん」
田安「俺さ、最近。テレビショッピングに凝ってるんだよな」
東城「ふーん。そんなことより、しりとりしない?」
田安「いやー。たかがテレビショッピングと言っても、見てたら結構面白いもんですよ」
東城「よー……ヨット」
田安「とにかく、商品の紹介の仕方が素晴らしい。買い手の意欲を絶妙に駆り立てる話し方がたまらない」
東城「い……いもようかん! あー負けたっ。田安君強いな」
田安「俺の話に少しは興味を持てよ!」
東城「だって、田安君のトーク力が微妙なんだもん」
田安「何気に失礼なことを言ってくれるな。で、俺はテレビショッピングの司会者ってのを一回やってみたいんだ。俺はメインの販売員の役をやるから、お前は」
東城「それを嫌そうな顔をしながら渋々お茶の間に届ける、一カメの役をやればいいんだね」
田安「違うよ! お前には、俺のアシスタントの」
東城「あー……かったりぃ。早くこんなクソ通販終われやー」
田安「勝手に役になりきるな!」
東城「特に、メインの販売員がこれじゃあ駄目でしょ。 こんな地味なの映したって、花も何もねえしぃ」
田安「さりげなく俺の悪口ねじ込んでんじゃねえよ! ほら、さっさとアシスタントのアンドロイド役でもやってくれ」
東城「はいはい」
田安「……はい! 今日も始まりました『タヤスショッピング』! 司会はわたくし、田安春明が生放送でお送りいたします」
東城「何度名前を名乗っても、お茶の間の皆様に一向に顔を覚えていただける気配のない田安がお送りいたします」
田安「余計な情報はいらねえんだよ! コホン。ではまず、最初の商品はこちら!」
東城「僕の前に映っているものが商品であって、僕が商品というわけではありませんからね」
田安「わかってるよ! で、今回おすすめしたい商品というのはですね、彼の前にありますこのノートパソコンです。こちら、見たところは何の変哲もないノートパソコンでございますが、実は、他社のパソコンと比較して、記憶容量が何と二倍! 二倍なんですよ!」
東城「ま、僕に組み込まれている人工頭脳に比べましたら、クソみたいなもんなんですけどねー」
田安「……。で、その他にもまだまだおすすめポイントがございましてね。何と、このパソコンの処理速度は、他社の製品と比較して三倍となっております!」
東城「ま、僕に組み込まれている人工頭脳なんかとくらべますと、まだまだ改善の余地が」
田安「さっきから何なんだ! 高性能のアンドロイドであるお前と、そんじゃそこらのノートパソコンをやたらと比較しやがって。そんなもん、歴然の差が出て当然じゃねえか。お前が高性能の頭脳を持ってるんだったら、それくらい簡単にわかるだろうが」
東城「ワタシ、ロボット。ムズカシイコト、ワカラナーイ」
田安「都合の悪い時だけ旧型になるな! ったく、このようなアホなアシスタントは放っておいて。次の商品に移りましょう。お次に紹介する商品は、こちら! この、サプリメントです」
東城「わあ、よく効きそうですね。この、毒々しい紫色がたまりませんね」
田安「もうちょっとまともな表現で紹介しろ! で、こちらのサプリメント。何に効くかといいますと、疲労回復、肩凝り腰痛。美肌効果に滋養強壮と様々な種類の効能があります。試してみた方々は、皆喜びの声を」
東城「僕には何の効果もなかったですけどねえ」
田安「アンドロイドに効果があるわけないだろ! そもそもお前、肩凝り腰痛とかとは一切無縁だろうが」
東城「よく、関節の油が切れて身体のキレが悪くなったりはしますけどねえ」
田安「それはしかるべき機関に行って、きちんとメンテナンスでも受けて下さい」
東城「イエス・サー」
田安「さて、今日の『タヤスショッピング』も、とうとう最後の商品紹介になってしまいました」
東城「いよっしゃあああ! パチパチパチパチ」
田安「そんなにこの番組が終わるのが嬉しいのかなあ?」
東城「そりゃあそうでしょ。ほら、あそこの一カメさんだって帰りたそうにしてますし」
田安「それはさっき、お前が演じてた奴だろうが! ああもう、これ以上話していてもキリがない。商品の紹介に移ります」
東城「その方がこっちも早く帰れるので、そうして下さい」
田安「……。さ、最後に紹介します商品はこちら! この丸い形がキュートなロボット掃除機です! こちらはですね、何と、電源を入れるだけで自動で床を掃除してくれるという優れものなのです」
東城「大変ありがちな商品ですねー」
田安「普通はそう思われるでしょう? しかし、当社で扱うロボット掃除機は一味も二味も違うわけですよ。まず、他社の製品と比較して、吸引力が五倍!」
東城「おおー」
田安「さらに、発達したセンサーにより、障害物を適格によけます。さらにさらに! 工夫を凝らした座礁対策機能をそなえており、その点の心配は一切ございません!」
東城「おおー」
田安「でもって極めつけはこちら! 今、こちらをお買い上げになられますと、抽選で一名様に……こちらのアンドロイドをお付けしちゃいます。お電話は、こちら!」
東城「おおー……って、ええ! ちょっとちょっと、それは反則ってもんでしょうよ。確かに、僕は愛社精神の欠片もない、ただ見てくれがいいだけの高性能アンドロイドですけれどもねえ」
田安「ははは。軽い冗談に決まっているでしょう。こちらの方針は、商品の良さをわたくしの弁舌で巧みにアピールすることにあるんですから。たまには、こういったリップサービスも挟まないと」
東城「あ、早速注文の電話がかかってきたようですよ」
田安「おお、生番組が終わる前に電話が来るとは。で、何の商品をお求めなのかな?」
東城「えっと。え?」
田安「え?」
田安・東城「掃除機は別にいらないから、あのアンドロイドを売ってくれないか?」
東城「……やっぱ駄目ですね、この番組。田安君、やっぱもうちょいトーク力磨こうか」
田安「ほっといてくれ! もういいよ」
東城「それではこれにてシャットダウン!」
田安・東城「どうも、ありがとうございましたー!」
本作には、まさかの続編があります。
もし拙作でクスリとしていただけたようであれば、
『近未来漫才2』ものぞいて見て下さい。