【揺花草子。】<その1006:ありふれた家族の物語。>
【揺花草子。】<その1006:ありふれた家族の物語。>
Bさん「トマス・アクィナスは嫁に食わすなって言うじゃん?」
Aさん「言わないよ。
なんで『神学大全』を著したスコラ学の代表的神学者を食う話になるんだよ。」
Bさん「アレってさ、
『他所から来た嫁には茄子なんて勿体なくて食べさせてやれません。
ケイコさん、あなたはまず煮物の味付けを覚える方が先なんじゃなくって?』
『至らぬ嫁ですみません、お義母さま・・・でも・・・』
『でもじゃありません。家を守るあなたがそんな体たらくでは
ジュンイチさんも安心して働けないでしょう。』
『母さん、あまりケイコを苛めないでやってくれ。
ケイコだって自分の仕事もあるのによくやってくれているよ。』
『ジュンイチさん、あなたは甘すぎます。
第一きちんと旦那様の収入があるのに嫁が外で働くなんて
みっともないったらありはしません。
私がお父さんと一緒になった頃は嫁は姑の言うことをよく聞き良く頷き
家の事に専心し炊事洗濯お掃除に子育て、全て全力でこなしたものです。
ケイコさん、あなたはこの家を守ると言う覚悟が足りないんじゃないですか?
あなたももう市川家の一員なのです。
市川家の嫁なら市川家の嫁らしく相応の自覚を持って頂かないと。』
『母さんっ! やめてくれよ!
もう母さんの時代とは違うんだよ!! いい加減にしてくれ!!』
『まあ! ジュンイチさん!! 母親に向かってなんて口の聞き方!
誰の影響かしらね、ケイコさん!』
『そっ・・・そんな・・・お義母さまっ・・・! 私は・・・!』
『だからあの時きちんと辻さんのところのお嬢さんに
お伝えしておけば良かったのです。
あちらのお嬢さんだって満更でもなかったわけですし・・・。
先日お会いになった時にも厭に親しげだったではないですか。』
『ちょっ・・・か・母さん! 何を言っているんだ!!
今はユウコのことは関係ないだろう!』
『(えっ・・・ユウコって・・・聞いてない)』
『第一あれは自治会の会合だと言っただろう? 誤解を招くようなことは・・・』
『あら、誤解とは。なにか後ろ暗い事でもあるのかしら?』
『っ・・・!』
『まぁ、もしかしたら今からでも遅くないかも知れませんしね。おほほ・・・。
市川家と辻家であれば世間的にも釣り合いが取れると言うものです。』
『い、今さら何を馬鹿なことを・・・!』
『(「今さら」って・・・。
──はぁ・・・なんだか疲れた・・・。もう私限界かも・・・。)』
『ケ・ケイコ・・・』
『・・・夕食の支度をします。』
『ケイコ・・・』
って言うさ、嫁姑問題的なアレではないんだってね。」
Aさん「長いよ。驚くべき長さの茶番劇だったよ。
ジュンイチさんとケイコさんって誰だよ。
そして夫婦仲に隙間風が吹き始めてるよ。
ふたりの将来が不安だよ。
市川家の未来に暗雲が立ち込め始めてるよ。」
Bさん「この後2人の間には赤ちゃんができるんだよ。
でもお義母さんが里帰り出産を許さなくて、そこでまたひと悶着。
さらに名付けの件でひと悶着。
ついに離婚も視野に入れ始めるケイコだけれども、
そんな折お義母さんの持病が悪化、ケイコの出産と時を同じくして
お義母さんの病は峠を迎えてしまう。
『お義母さま・・・無事に産めました・・・』
『ケイコさん・・・ありがとう・・・
最後に私に孫の顔を見せに来てくれたのね・・・。』
『最後なんて言わないで下さい、お義母さま・・・!
まだまだ・・・教えて頂きたいことがたくさんあるのに・・・!』
『厳しいこともたくさん言ったけれども・・・それでもあなたのことは
実の娘のように大切に思っていたのよ・・・。
至らぬ姑で、ごめんなさいね・・・。』
『お義母さま・・・!!!!』
『主人に10年前に先立たれて・・・
私の生きがいはジュンイチさんだけになってしまった。
そんなジュンイチさんとあなたと、そして産まれたばかりのあなたたちの娘が、
新しい家族を作っていく。
それを見届けることができて、私はとても幸せよ・・・。』
『か・母さん・・・!!!』
『──ジュンイチさん。ケイコさん。ありがとう。
2人のおかげで、私は私の人生の最期に、お祖母ちゃんになることができたわ・・・。
こんなに嬉しいことはありません・・・。
──ああ、少し疲れました。
ごめんなさいね、少し寝かせてもらうわね。
・・・お休みなさい・・・。』
『お・・・お義母さまっ・・・!!!!』
『母さんっ・・・!!!!』
こうしてお義母さんは亡くなった。
ジュンイチとケイコ夫妻は母への感謝を残すため、
産まれたばかりの娘にお母さんの名前から1文字もらって名付けをしたそうです。」
Aさん「はぁ・・・そうですか・・・。
(なにこの無駄に作り込まれた展開・・・)」
Bさん「そんなわけで秋茄子ですよ。」
Aさん「これまでのメロドラマガン無視!!???」
Bさん「今のおハナシの中で、お義母さんは秋茄子をケイコさんに食べさせなかったじゃない?」
Aさん「う、うん、そうだったねぇ。
ドアタマにそれ出て来たっきりだったからすっかり消えちゃってたけど。」
Bさん「実は茄子ってさ、水分が多いから体を冷やすって言われてるんだよね。
妊娠中の女性はあまり食べちゃいけない、なんて意見も。
あと茄子には種子がないから、子宝に恵まれないってイミで敬遠されるとも言うね。」
Aさん「まぁ俗説ではあるけどね・・・。」
Bさん「でもさ、お義母さんが秋茄子を食べさせなかったおかげで
結果的にケイコさんは元気な赤ちゃんを産めたのかも知れないじゃん?」
Aさん「うーん・・・そうなる・・・かなぁ・・・。」
Bさん「つまり最初からお義母さんはケイコさんのことを案じていたってこと。
ケイコさんは人の親になって初めて、お義母さんが自分に
秋茄子を食べさせなかった理由を知るんだ。
意地悪だと思ってた。嫁いびりだと思ってた。
──でも本当は、大切な嫁に、元気な赤ちゃんを産んで欲しかったから。
お義母さんの願いは、ただそれだけだったんだ。
非科学的な俗説かも知れないけれども、それが、お義母さんにとっての、
願掛けだったんだよ。」
Aさん「えぇー・・・。」
Bさん「だからケイコさんは自分の娘にも秋茄子は食べさせまいと誓うことになる。
お義母さんが残してくれた想いを、そうやって、繋いでいくんだ。
そしてケイコさんの娘もまた、秋茄子を食べさせてくれない母親に
反感と嫌悪を抱くことになる。
でも彼女も、ふとした偶然によって、その意味を知るようになる。
母さんが繋いだ想いを、受け取る日が。」
Aさん「は。はぁ・・・。そうなんだ・・・?」
Bさん「そのへんの話は来年の秋までとっておこう。」
Aさん「まさかの続編!!???」
来年になったら絶対忘れる。
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