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短編

作者: 双六

二年前に体を壊して退職するまでは、中学で教壇に立っていた父。

気が短く、頭が固く、自分の非を頑として認めようとしない。


そんな人間なので、辞めるとなったときにそれを惜しむ生徒がいなかったというのにも頷ける。

生徒からしたら万歳三唱、拍手喝采、狂喜乱舞だったことだろう。


私もそんな父が好きになれず、またそんな私を父が好いてくれるはずもなく、

高校の卒業式を終えたその足で新幹線に乗ったと言ってもいいぐらい、すぐに家を出て上京した。



先日、実家に婚約者を連れて行った。

会わせたくはなかったが、ただの通過儀礼だと割り切って父に会わせた。

すでに私のお腹に子供がいる事を告げると、向こうはそれはもう烈火のごとく怒り狂った。

もちろん、私も怒り狂った。


「あんたに私の子は抱かせない!」


着いてから十分足らずでそう吐き捨てると、

おろおろする相方の手を引いて私は実家を出た。


東京に帰ってきてからもイライラが治まらなかった。

そこに携帯が鳴る。実家からだ。

父が電話してくる事はないので素直に出る。

母の声を聞くなり、私は溜まっていた鬱憤をまき散らした。

私が一通りわめき切ったところで、母がぼんやりと喋り始めた。


「お月さまはどこにあるのって聞かれたらね。皆、空に決まってるって答えるでしょ?」


なんの脈絡もなかったので、母は私の話をちゃんと聞いていたのかと疑った。


「でも、今日のお月さまはどんな形をしていると聞かれたらね、すぐにわからないじゃない?

だからそこで初めて空を見上げるのよ。それで、そこで初めてお月さまを見るの」


私が意味がわからず電話口でポカンとしていると、しばらく置いてから母がクツクツと笑いだした。

いきなりごめんねと前置きしてから、父があの後本屋に出かけた話を私にした。

父は読書が趣味なので、ただの買い物だろうと思った。


ただ、本屋から帰ってくるなり本の入った紙袋をテーブルに投げ置き、


「俺はあれだから、お前が読んで教えてやれ」


と、相変わらずの横柄な態度で母に言ったそうな。


しばらくして家事を済ませた母が居間で本を紙袋から出していると、

そこに慌てた父が駆け込んできて、これは違うと一冊の絵本だけ持って行ってしまったのだという。


本は三冊。


『パクパク離乳食』『初めまして。おじいちゃんおばあちゃん』

そして絵本は『ごめんなさい。いえるかな?』というタイトルだったらしい。



私は電話を切ったあと、ベランダに出た。

空を見上げる。

満月より少し欠けた、でもキレイな月だった。

想像していたよりもキレイだったので少し驚いた。


最後に月をちゃんと見たのはいつだっただろうなと思った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] おもろい! [気になる点] ないぜ [一言] 俺の作品。 題名、マーラシアよろしく
[一言] 怒涛の感動父ラッシュ! もう何なんだぁー!(ToT) グスっ、涙が出過ぎて、画面が見にくいッ…! すみませんね、何度もお邪魔して。 ただ一つ決めました。 今日、父さんにさりげなく「あ…
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