第8話
リューゲンが襲撃された。
その可能性を、考えなかった訳では無い。木々の中をひた歩く中、ハーティの城下町、その下水道路での出来事を思い出す。
ファントムに取り憑かれたブライアンの乱心、ルーガーの負傷、骸骨剣士、僕達は忍ぶ事も忘れ、駆け抜けた。
あの時、一番に警戒していたグリタリア家の私兵に遭遇しなかった事に、ただ幸運を喜ぶだけだった。
しかし、考えればそんな幸運は普通有り得ない。城下町の下に下水道が広がっている事は、当然周知の事実。通常ならば、監視の兵団が居て然るべき。
それが居なかった。
それだけじゃ無い。いくら夜明け前と言っても、城門から山への間、遮る物の無い草原を、発見される事なく走り抜ける事が果たして可能だろうか。
勿論、不可能では無い。だが、成功する可能性は限りなく低い。
だけど、現に、僕等はハーティを抜けた。
幸運もあっただろう。
しかし何より、敵の状態も尋常では無かった筈。つまりは、グリタリア家はハーティ攻略後、即座にハーティを発ったのだ。
僅かばかりの駐屯軍を残し、慌ただしい中で強行軍を進めた。
そんな雑踏に紛れた、僕等の脱走劇だったのかも知れない。
いや、そうだったのだ。
でなければ、今、リューゲンの街が戦火に飲まれている筈が無い。
街を覆う戦乱の狼煙。
戦いはまだ終っていない。
街中に漂う空気は、戦中の間だ。
激しい戦闘こそ起きていないが、いつ火が再燃しても可笑しくは無い。
海を背に建つリューゲンの港町、その正面遠くにグリタリア家の旗がある。数は一万程だろうか。
あの白い軍翳が動き出すのも時間の問題だ。
事実が事実として認識されるまで、しばしの時間が必要だった。
そんな中、ジョウストンの判断は早かった。
「此処から先は、各人の判断に任せる。戦うも良し、逃げるも良し。どちらも間違いではない。いよいよ、命の保証は無くなった」
ジョウストンのその言葉に、ヴァズが応える。
「今までは保証されていたっていうのか?それは笑える話だな」
ヴァズの軽口に、ジョウストンが口元を緩める。
「それもそうだったな」
「元より自分の命の使い方は俺が決める」
「そうか。お前には余計なお世話だったな」
ヴァズは戦うつもりだ。
「私も戦いたい。だが、私は家族を連れて、戦いが終わるのを待つ」
ジョウストンはメリザと目を合わせ、頷きあった。この戦争に負ければ、彼の子供達に明るい未来は無い。しかし、彼の手の及ばぬ場所で、彼女達が死ぬことになれば、元も子もない。明るい未来に賭けるか、一先ず未来を護るか。
どちらも間違いでは無い。彼はそう言った。
「ロラン、私達も」
しかし僕にはそうは思えなかった。片方は間違いである。
今戦わずして、一体何時戦おうというのか。
ハーティの、鹿ノ蹄亭で集めた武器は何の為だったのか。
今更家族の為と言って、それを口実に逃げるというのか。
最初から家族共々ギノア人に安寧はない。
今此処で逃げたところで、一体何になるというのか。
だから僕は姉さんのその提案に、首を振った。
「僕はヴァズと共に行く」
ジョウストンの選んだ道は、後悔の念が付き纏う茨の道だ。
姉さんは予め予想していたのか、眉を吊り上げ僕に詰め寄った。
「お願いよ、ロラン。これ以上、私を苦しめないで頂戴。お願いだから、私に付いて来て!」
「ごめん、姉さん。姉さんの気持ちはとても分かる。僕も、姉さんにだけは生き残って欲しい。絶対、死んで欲しくないから」
「なら…!」
「だけど、僕は戦う。僕はギノアの男、ギノアの戦士だから」
逃げるという選択は、その後の人生を苦しみぬく道だ。
姉さんは、私を苦しめないでと言う。ならばこそ、戦うべきなのだ。
僕の決意に満ちた瞳を見詰め、姉さんは口を閉じた。
ギノアなんて。戦いなんて。こんなのって嘘よ、嫌よ。
そんな事を呟きながら、涙をポロポロと流す。
やがて、次々に僕に補助魔法を掛けはじめた。暖かい光が僕を包む。
「私も付いていく。死ぬ時は一緒よ…」
姉さんは僕に抱き付き、何度も何度も魔法を重ね掛けした。
「ヴァズ…」
その後、カルメは泣き腫らした顔のままヴァズに声をかけた。
「今まで辛く当たってごめんなさい…お願い、ロランを守ってあげて…」
ヴァズは彼女に軽く笑い掛け、口を開いた。
「何年のつき合いだと思ってるんだ?俺がロランを見捨てる時は、俺が既にくたばっている時だけだ」
その言葉に姉さんは再び号泣し、ヴァズにも念入りに補助魔法をかけた。
「私も行くわ。父さんの仇を打つ」
リリアが前に出る。そして自身の母、エミリアを見た。
「母さん。私、隠れて、怯えて、逃げ回って…そんなのは嫌。そんな惨めな思いをするくらいなら、戦って散るわ」
決意の篭った、リリアらしい口調で言う。
「そうね、貴方は勇敢な子だものね。戦いなさい、リリア。戦って戦って、そして私の所に必ず帰って来るのよ」
「うん」
エミリアはリリアを優しく抱き締めると、その手を離した。
僕と姉さん、ヴァズにリリア。四人が揃う。
しかし、僕には一つ気になる事があった。
「ルーガー、君はどうする?」
僕はルーガーに話し掛ける。
ルーガーの傷は決して浅く無い。姉さんの言っていた事を思い出す。
傷口は閉じては開くを繰り返し、その度にルーガーの体力と精神力を削る。然るべき場所で、安静に治癒・治療しなければならない。
山に隠れる事と、街に戻る事と。
ルーガーにとって、どちらが正解かは分からない。
しかし彼もギノアの戦士。彼が戦いたいと願うならば、その傷を理由に止める理由はない。
僕が何よりも後悔を恐れる様に、それはルーガーも同じ筈だ。
「ルーガー。もし街に戻ると言うのなら、遠慮しないで言ってくれ」
僕の問い掛けに、姉さんを含む皆も頷く。
「一人山の中野垂れ死ぬのは嫌だ。俺も街に、戻る。頼む、連れて行ってくれ」
ルーガーは確かな声でそう応えた。
「分かった」
エミリア、ジョウストン家族と分かれ、僕とヴァズ、カルメ姉さんにリリア、そしてルーガーの五人はリューゲンに向けて走り出した。
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