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Rebellion of Luraunt  作者: RY
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第4話


「何が起きたんだ!?」

怖がるマナとカナを引き寄せながら僕は辺りを見回す。突如鳴り響いた警鐘の音色。僕達同様に、通りに居る人々は困惑と不安を露に顔を見合わせている。

やがて、僕の身体を悪寒が走り抜けた。その悪寒は、グリタリア家私兵団の兵站輸送部隊襲撃時の感覚と重なった。

すぐに街の各所から火の手が上がった。

日は沈み、代わりに戦乱の火が灯る。

俄かに街は騒がしくなった。通りの向こうから逃げてくる人々、その内の一人を捕まえ話を聞く。

「一体何事なんだ?」

「放してくれ!グリタリア家の兵士達が街に火を放ったんだ!」

「まさか!」

男は僕の手を振り解くと、街の南門へと駆けて行く。

「どうして、開戦はまだ先の話じゃあ…」

姉さんが不安げに言う。

「分からない。何か不測の事態が起きたんだ…。すぐに鹿ノ蹄亭に戻ろう。皆が心配だ」

先ほどまでの街並みからは想像もつかない程に、城下町は混乱に満ちている。街は幾つものグリタリア家の兵団に破壊されている。

何処からともなく聴こえてくる、規則正しい軍靴の音。人々は訳も分からず逃げ惑い、狂乱の中で死んでいった。僕達は裏路地に身を隠し、グリタリア家の兵団が通り過ぎるのを横目で追った。


「大変…」

姉さんが顔を苦悶に歪める。通りを覗くと、逃げ遅れた三人の姿があった。

恐らく家族なのであろう。夫妻は娘の手を引いて、逃げ惑う。

三人は追われていた。たった今しがた正規の兵団が通り過ぎたばかりだ。彼等を追っているのは、正規の規律に捉われない雇われ者か。見れば白銀の甲冑を纏っては居ない。

そういう輩は時にして、低俗且つ卑劣な行為に及ぶ。

夫が背後から斬り付けられ、地に伏す。それを見て駆け寄った妻が、兵士に捕えられると徐に服を剥がれた。それを見た娘が悲鳴をあげた。

僕は咄嗟にカナとマナを路地裏の奥に引き込んだ。

「姉さん、カナとマナを連れて鹿ノ蹄亭に行っててくれ」

今、この混乱に乗じてハーティを脱出するか、身を隠して唯この時をやり過ごすか。どちらが正しいかは分からない。しかし鹿ノ蹄亭ならば、地下室に身を隠すことも、また地下水道から脱出を試みることも出来る。ジョウストンが判断してくれるだろう。

「何を言っているの!貴方も来るのよ!」

「姉さん、同胞が陵辱されようとしているのを前に逃げ出すことは僕には出来ない!今此処で彼女を見殺しにすれば、僕は一生後悔する!そんな生き方はしたくない!」

僕は早口で捲し立てると、姉さんの制止を振り切り、通りに躍り出た。

心臓が早鐘の様に打つ。僕は勢いをそのままに、女に覆いかぶさる傭兵の項に青銅の剣を突き刺した。

鮮血を噴出し、倒れ伏した傭兵の腰から鋼鉄の剣を抜く。ついでに、背に装備されていた同じく鉄の盾も戴いた。

突然の出来事に動揺していた敵兵も、すぐに抜刀、臨戦態勢に入る。前に三人後ろに二人、逃げ場はない。

「よくもやってくれたな、小僧」

「簡単には殺さないぞ…」

「後悔させてやる」

各々に口を開く敵。彼我の戦力差は圧倒的だ、とても敵わない。

しかし、僕は矜持を守った。同胞の為に命を掛け、戦士として勇気を失わなかった。

此処で死んでも悔いは、ない。


気付けば僕は石畳の上に倒れていた。全身に切り傷がある。弄ばれている。

男達の下卑た笑いが耳に微かに響く。

血を失い過ぎて、意識もはっきりしない。

娘を抱き、脅える母娘の姿が視界の隅にあった。

逃げろ、逃げてくれ。僕は必死に呼び掛けるも、口からは息が漏れるだけ。



――こっちよ、急いで!!

何処か遠い所で姉さんの声が聞こえる。


――無事か、ロラン!?

――倒れてるぞ!

――敵は五人だ、本隊が戻ってくる前に殺れ!


耳元で剣戟が響く。ヴァズが来てくれたのだろうか。

声が耳の中で残響し、意識は更に深みに落ちていく。


――ロラ……丈夫!?しっか…て!お願…、死な…で!私…一人にし…

――馬…野郎、…きろ!逃げ…

――嫌……、放して!……このまま……してお……い!

――本隊……戻って…!

――……まで戻る…!

――お願……、弟…見捨て…

――彼…私が背負……、立…

――逃げ……


――…………。


情けない。僕はまた助けられたのか。人を助けようとして、助けること叶わず、あまつさえ助けられるとは。これじゃあ、子ども扱いされて当然だ。戦士だって?笑われて当然だ。


「………」

薄らと目を開ける。

「!!」

すぐに姉さんと目が合った。姉さんの目は真っ赤に腫れていて、目の下には隈さえ伺える。

姉さんは唯一人残された、僕の大切な家族なのに。こんなに心配かけて、弟失格だ。

「ロラン…良かった」

姉さんの瞳から落ちた涙の雫が僕の頬を流れる。

「心配かけてごめん」

姉さんは泣きじゃくるばかりで、僕はそれ以上何かを言うことをやめた。暫くして、ずっと僕の看病をしていた姉さんは寝入ってしまった。

僕は全身に、無事な場所がないほどに痛めつけられていたらしい。血を大量に失い過ぎていたのと、傷口から入った入った菌のせいで三日の間も高熱に魘されていたらしい。

ひどく体力が低下していた僕は通常なら死んでいたであろう。しかしその三日の間、姉さんは僕にあらゆる治癒・回復魔法をかけ続けたのだ。その結果、僕は生き永らえた。

「よう、ロラン」

起き上がった僕にヴァズが声をかけた。

ヴァズによると、此処は鹿ノ蹄亭の地下室らしい。確かに見覚えがある。

グリタリア家によるハーティ襲撃から三日、この地下室に身を潜めている。

地下室には、ジョウストンとメリザの夫婦、マナとカナの他に幾人か見た顔が揃っている。

マナとカナは僕が起きたことを知ると、無邪気に喜んでくれた。

「あの…」

マナとカナを交互に抱き上げていると、後ろから声を掛けられた。振り向くと、グリタリア家の兵士に追われていた母娘の姿があった。そこに夫であろう男の影はない。

「ありがとうございました」

二人は深々と頭を下げた。

「やめて下さい。貴方達を救ったのは僕じゃない。彼等だ」

僕はそう言うと、ヴァズやジョウストン含め解放戦線のメンバーを見た。

「僕は無力で、ただ自分のちっぽけなプライドの為に、皆に迷惑をかけただけだ…」

結果的に助けに戻った彼等が僕の為に死ぬ可能性もあった。その中にはマナとカナの父親、ジョウストンの戦死を考えられる。考えただけでもぞっとする。

姉さんにも心配をかけた。僕は無力だ。僕は馬鹿だ。

「…そんなことないわ!」

娘の思いのほか強い口調に僕は驚いた。

「確かに、確かに結果だけ見れば貴方は倒れた。でも、貴方が助けに来てくれなければ、貴方を助けに解放戦線が来てくれる事もなかった。貴方の勇気がなければ、私達はあのままアイツ等に…陵辱されて死んでいたわ」

思い出すだけでもおぞましいと言う様に、自分の肩を抱きながら言う。

「貴方はとても勇敢だわ。戦う力が乏しくても、貴方は立派なギノアの戦士。恥じることなんてないわ。貴方は、少なくとも私にとって命の恩人。英雄よ。だから…助けてくれて、ありがとう」

戦う力が乏しい、其れは僕の胸を強く突いた。しかしそれ以上に彼女の言葉は温かい。其処には誤魔化しも嘘も偽りもない。

「はっきり言うんだね」

気持ちのいい子だ。物事をはっきりと言い切る。

「戦士に優しい言葉はいらないでしょ?」

彼女は微笑みながら言った。

「僕はロラン」

「私はリリア。母さんはエミリアよ」

仲良くなれそうだ。僕はそう思いながら、差し出された手を握り返した。



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