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Rebellion of Luraunt  作者: RY
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第2話


ハーティは、今は遺跡と化したハーティ城の城下に築かれた街だ。かつて島が統一される以前、小国家群が犇きあっていた時代の名残として、城下町は城壁に囲まれている。

グリタリア家は街の住人の往来を厳しく取り締まり、各地に検問を設置している。当然のことながら一部の人間を除き、港町リューゲンの人間が、ハーティの城下町に入ることは出来ない。

荷の往来はグリタリア家の息の掛かった大陸の商人が運ぶ。必然としてガレント島の大商人はそのほとんどが大陸人に限定される。


「どうやって入る?」

僕が尋ねるとヴァズが応えた。

「下水路を行くしかないな」

「嘘でしょ!?私は嫌よ!」

すかさずカルメが牽制した。

「なら、どうする?門番をやり込めて城門を開けて貰うか?女のお前に適任だな」

「…ふざけた事を言わないでちょうだい」

「代案が無いなら文句を言うな」

ヴァズがそう言うと、姉さんは口を噤んでしまった。


僕達は城門から城壁沿いに東に回り、下水口を目指した。

程無くして、目当てのものを見つける。

錆び、朽ち果てた鉄格子を外し侵入する。


かつてのハーティ城とその城下町の発展を追う様に増築された下水道は、その様を複雑怪奇に変え、迷宮の様だった。

「こりゃ酷いな…」

ヴァズが呟く。臭いもさることながら、薄暗く空気も淀んでいる。

「これはきっと沸くよ、ヴァズ」

僕は懸念を口にする。そもそも日の光の届かない地下は魔窟になりやすい。

人気の無さと、暗闇は負の思念の好むところだ。

下水道の所々には、かつて牢獄だったであろう場所や、何に使われていたのか想像することさえ憚られる様な部屋や場所が幾つもあった。

恐らく魔物が潜んでいるだろうことは明らか、更には犯罪者の隠れ家にもなっている恐れもある。


――カタカタ…


案の定と言うべきか、白骨死体に何者かの思念が篭る事で発生する魔、曰く骸骨兵士が薄暗い中を彷徨っている。

「や…やだ…」

姉さんが僕のローブの裾を急に掴む。僕は突然後ろに引っ張られたものだから、盛大に踏み外した。


――カタ…


「やべぇ、気付かれた!」

ヴァズが叫ぶ。

見れば骸骨兵の虚ろに光る両の目が此方を捉えていた。

徐に向きを変え、カタカタと縋るような動きで此方に走ってくる様は確かに怖い。

「ひぃぃぃぃぃ!」

姉さんが僕のローブを更に強く掴み、自分の所に引き寄せようとする。

「ちょ、ちょっと姉さんさん!苦しい!動けない!!」

完全に首が絞められる構図。

「に、に、に、逃げ…」

姉さんは完全に恐慌状態だ。僕は引き寄せようとする力にあえて反発せず、姉さんの下に身を寄せると、姉さんの身体を持ち上げた。

「ひゃぁぁあ」

驚く姉さんを無視して、ヴァズを見る。

「着いて来い、ロラン!」

すぐさまヴァズの後を追って走り出した。


――カタカタカタ


「騒ぎ過ぎたな…。奴等、起き出したぜ」

一体沸けば、百体は居る。それが魔物だ。下水道は今や魔物が彷徨うダンジョンと化していた。

骸骨兵、人食い鼠グールマウス、人魂ファントム…。姉さんは先ほど失神した。

接近戦の得意なヴァズであるが、打撃斬撃の通りにくい敵、ファントムなどには有効策を持ち得ない。

そこで僕の出番という訳だ。確かに身体能力や接近戦ではヴァズには敵わない。しかし、僕には魔法を扱う術がある。

神父だった父は姉さんには回復・補助魔法を、そして僕には攻撃魔法を教えてくれたのだ。

今まではお披露目する機会が無かった分、僕は強く魔力を集め始めた。


「闇の底に在って、尚我等を照らす、其は汝、炎の精霊なり。其の力を我に示し、道を開き給え。


――ファイア・エレメント!」


轟と俄に炎の塊が出現し、浮かぶ半透明体ファントムを包む。

耳を劈く悲鳴が木霊し、ファントムは消滅した。

しかしファントムの絶命の叫びは仲間を呼ぶ。

「そろそろ目的地付近だ。上に出る梯子を探せ!」

ヴァズが叫ぶ。

僕は頷くと炎の魔法で辺りを照らした。

「見て!其処よ!」

何時の間にか気を取り戻した姉さんが、指を差す。

「走れ!!」

ヴァズの声に僕は姉さんを立ち上がらせ、供に走る。

姉さんが梯子を上り、僕が続く。最後にヴァズが薄暗い路地裏に飛び出した。

下を覗くと、奴等の虚ろな瞳と視線が合う。

地上に出て行くのが嫌なのだろう。此処までくれば…。

「まだ安心は出来ないぞ」

そんな僕の心理を見透かす様にヴァズが言う。

「此処はハーティの街の中だ。グリタリアの手の者が何処に居てもおかしくない。すぐに鹿ノ蹄亭に向かおう」

日はまだ昇りきらず、周囲は夜から朝になろうかという時間。

人通りは少なく、物音もしない。

空気は冷たく、三人の足音だけが乾いた石畳の通路に響いた。



鹿ノ蹄亭の裏口を叩くと、恰幅のいい女性が出迎えてくれた。

僕等の表情、風貌を見てすぐに察する。

「さぁ早く入りな」

案内されるままに厨房に入り、戸棚の中にある隠し戸を開く。途中、好奇心に瞳を輝かせた子供達と目が合った。興味津々といった具合に僕達を見ている。

「二階に戻りなさい!」

女性が言うと二人の子供達は階段を駆け上がっていった。

隠し戸の先にあった地下へ続く階段を下り、すぐに一つの部屋に辿り着いた。

「アンタ、リューゲンから人が来たわよ」

その声に白髪を混じらせた中年の男が顔を上げる。テーブルに広げていた地図を眺めていた他の面子も同様に顔を上げた。

「リューゲンから来ただと・・・?」

男は訝しげな表情で僕等を見た。その手には鋼鉄の剣を握っている。

「まずは合言葉を言って貰おうか。“その手に握り締めたものはなんだ?”」

僕等は顔を見合わせた。合言葉など知らない。グレンさんからも聞かされてないし、荷馬車で運んでくれた男も合言葉については何も言及してなかった。

「…アンタが握ってるのは鋼鉄の剣だな」

ハハ、とヴァズが固い笑いを上げながら言う。

「…」

男が無言で凄むと、慌ててヴァズが再び口を開いた。

「ま、待ってくれよ!俺達はグレンの旦那に頼まれてリューゲンから来た!このメモも渡せと言われてる!」

慌ててヴァズがメモを差し出す。そのメモを用心深く受け取り、一読する。

すると男は、鋼鉄の剣を後ろに立つ男に渡して、頭をぽりぽりとかいた。

「こーいうのがあるならもっと早く出せよな。おい心配ない、グレンさんとモーガンの差し金だ」

男が言うと、険しい顔付きをしていた面々がホッと肩をなでおろした。

「俺の名はジョウストン。この宿の主人にして、ハーティの戦線代表だ。よろしくな」

一通り名乗ると、ジョウストンと名乗った男は僕等に朝食をご馳走してくれた。メリザと紹介された妻と供に宿屋を生業にしているらしい。

当然だが供にギノア人だ。角は切断されている。姉さんの切断を免れた角を酷く羨ましがった。

朝食を終え、一息つくと本題に入る。


「武器の事だよな」

ジョウストンが切り出すと、僕等は頷いた。

「グリタリア家は本国に援軍要請を申請した。近くグリタリア家とギノア人の戦いは表舞台に上がる。青銅の剣じゃとても戦えない」

ヴァズが答える。

「当然だな。…………まあ、だが、武器はあるにはある」

少しの沈黙を経て、ジョウストンは口を開いた。

「それも、鋼鉄の剣だ。奴等のと比べても遜色はない。十分渡り合える」

「なら何故、リューゲンに送らないんだ?鋼鉄の剣があれば兵站輸送部隊を強襲するのも、もっと被害が抑えられた筈だ」

ヴァズが口調を強める。

「分からないか?ここ最近、グリタリア家の検問は異常だ。夜間の外出は禁止され、見つかれば牢に連れて行かれる。当然ギノア人の集会は昼夜問わず厳罪とされる。普段の生活上でも、審問官の目に不審と映れば、それで罪になる。グリタリア家は叛乱分子を炙り出そうと必死だ。捕らわれた者は拷問され、全てを吐露するまで開放されない。もう何人も同胞が処刑された」

ジョウストンは語る。

「確かに武器はある。しかし、その武器を動かす事が出来ないんだ。お前達が此処まで来れたのも奇跡のようなもんだ。」

ジョウストンの言い様に、ヴァズが悔しそうに口を閉ざす。

「何か、方法はないんですか?」

代わりに僕が口を開いた。

「方法はある。が、どれも無謀にして非効率に過ぎる。例えばお前達が通ってきた下水道。その道は監視が甘く、また抜け道が多々ある。しかし魔物が巣食っているし、道が狭いため武器を一度に大量には運べない。それに下水道を出ても、検問の問題がある。今までのように正式な許可の下りた荷物の中に少しずつ紛れ込ませて運ぶ手段は使えない。かといって道以外を抜けるのは余りに危険だ。こんなやり方では、ハーティを出た百の内、リューゲンに着くのは十程度だ」

その場にいる全員が視線を落とし、頭を悩ませた。姉さんだけは「戦争なんかする必要ないわ」と嘯いている。

「そういう訳だ、悪いがグレンには武器を運ぶ手立ては無いと伝えてくれ」

ジョウストンのその一言が、その場の解散の合図になった。

もう朝もいい時間である。皆、普段はグリタリア家の監視支配の下に動く被支配層だ。

怪しまれない為にも普段の仕事に戻らなければならない。

僕達はしばらく此処で滞在を経て、頃合を見計らいリューゲンに戻ることになった。すぐに街を出ようする事は審問官の不審を買う危険があるという。

「まあ暫くはうちで働いて貰おうか」

「働く~?」

ヴァズが閑散とした地下室で、ジョウストンさんに尋ねる。

「当たり前だ。ただ飯食わせる程裕福じゃねえもんでな。まあ今日のところは勘弁してやる」

ジョウストンさんが言うとカルメが歓びの声を上げた。

「良かった!これで少しは休めるわね、ロラン」

「僕は疲れてなんていないさ」

即座に反論する。

「ふふ、そうね」

姉さんは余裕を滲ませる笑みで応えた。

「リューゲンから此処まで三日で来たのならかなりの強行軍だったろう。腹も膨れて眠くなってきたんじゃないか?二階の客室は使えないが、屋根裏に隠し部屋がある。そこを使うといい」

ジョウストンとメリザの二人の娘、マナとカナに案内されて僕達は屋根裏に移動した。想像以上に整然とされており、快適そうな部屋だった。

横になるとヴァズはすぐに鼾をかき始め、僕の見張り番の時も起きていた姉さんもすぐ寝入ってしまった。


――気に食わない


姉さんの、僕に対する全能感。万能感。そういった余裕のある仕草。

僕の事を理解していると言わんばかりの挙動。

僕はホントに疲れてなんていないのに。まるで子供扱い。姉さんのそういった態度のせいで、僕は何時も舐められ、見縊られる。僕と正反対であるヴァズの後を追い駆けたくなるのも、姉さんに対する一種の反発の様なものだ。姉さんがヴァズの事をよく思ってないからこそ、僕はヴァズに親近感を深めていくのだ。

姉さんの保護欲や母性を満たす為に僕は居るわけじゃない。

そんな事を考えながらも、気付いた時には僕も深い眠りに落ちていた。


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