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Rebellion of Luraunt  作者: RY
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第17話



泉のほとりで、僕等は二人で座り込んだ。

朝靄に霞む神秘的な泉の縁で、僕はその光景に目を奪われていた。

どこまでも澄んだ空気、朝一番の太陽が泉に降り注ぐ。清澄の中、姉さんが囁く。


「嫌な事は何も考えなくていいのよ。だから葛藤もない。ただただ平穏に生涯を終えるの」

甘い撫で声が、僕の耳元で囁かれる。


――クスクス

重ねて姉さんとは違う、澄んだ女の人の笑い声が聴こえた。


「死ぬまで一緒にいましょう、ロラン。貴方は私が護ってあげるから」

僕の頭を優しく撫でる手がある。


――愚かなロラン

リリアの声でもない。此処には僕と姉さんしか居ない筈なのに。


「私が一生貴方の面倒を見るわ…嬉しい?」

姉さんが僕の頬を、手の甲でなぞる。


――そんな事、出来る訳ないのに?

愉しげに響く、透き通った声。


やがて、甘く蕩ける様に響いていた姉さんの声が、徐々に僕の頭から除かれていく。

ついに姉さんの声が聴こえなくなった。

靄の掛かっていた頭が、次第に明確になっていく。

代わりに、誰の声かも分からない、声が僕の頭に響く。


――いつか必ず綻びがくるよ。

此処は何処だ…?

――お前は、来たる破綻を先延ばししているだけ。

僕は一体…?

――お前が目を背けようとしているのは、僅かな亀裂。

戦いはどうなったんだ…?

――それを捨て置けば、お前という人間はやがて引き裂かれる。

ヴァズは、リリアは…?

――過去の選択に、その後悔の念に、重圧に幻覚に。

姉さんは無事なのか…?

――お前の未来が見えるよ。ああ、見える。

お前は誰なんだ…?

――お前は壊れるんだね。

確か…ジョウストンに…。

――お前の血縁が、お前を壊すんだ。

僕は…戦場を後にしたのか…?何故…。

――何も考えられず、ただ虚空を見つめる日々が続くよ。

どうして…訳が分からない!

――お前の未来が見えるよ。よく見える。


お前の手は穢れるのか。

お前は泣いているのか。


何故、どうして、お前はお前の護りたかった人をその手に掛ける。


何故、憎いのか、何故、悲しいのかさえ分からずに泣いている。


かつての仲間達の墓標の前で泣いている。


誰の墓標かも分からず、どうして此処に居るのかも分からず。


ただ悲しくて泣くのさ。


――クスクス


声は遠のき、やがて聴こえなくなった。


「ロ、ロラン!しっかりして!」


気付くと、姉さんが僕の肩を掴み揺すっていた。

「僕は…」

やけに頭の中がすっきりしていた。

「ロラン!?貴方はトランス状態だったのよ!ああ…きっと私が補助魔法を掛け過ぎたんだわ!許して頂戴、ロラン!ああ、ごめんなさい、ロラン」

目に涙を溜めて、姉さんが謝る。

幻覚や混乱、魅惑、そういったバットステータスが全て解けていた。

正常に戻った僕の脳内が、正しく自身の取った行動を分析し始める。

同時に僕の表情が絶望に歪んだ。


防壁上でのリリアの突然の体調不良、白い軍影、魔界の巨人、姉さんを路地裏に逃げ連れた事…。

そこまでは記憶がはっきりとしていた。

そこから靄が掛かった様に、あやふやな記憶になる。だが、自身のとった行動でもある、思い出せないという訳ではなかった。


ヴァズとリリア、同胞が命を賭けて戦う傍らで、僕は戦場を後にした。

ジョウストンに出会い、エミリアに娘の事を聞かれた。

僕は姉さんを見た。

姉さんは僕の表情を見て、声を上げた。

「ごめんなさい、ロランッ!でも、でも、こうするしか…。こうでもしなければ、貴方は…!」

僕の手を握ろうとする姉さんの手を、僕は弾いた。

姉さんの顔が、悲しみから驚きに変わった。

「ロラン…?」

縋る様な目が僕を貫く。

「寄るな!!」

僕は叫んでいた。

「…ッ!」

姉さんはその美貌を歪め、何かを堪える様な表情で固まった。

「ロ、ロラ…」

「触るな!!」

恐る恐る手を伸ばした姉さんを、僕は突き飛ばした。

短い悲鳴と共に、その女は後ろに倒れた。

「あ…ああ…あ」

嗚咽を漏らす様に僕を見上げるその女。

「僕はリューゲンに戻る。ついてくるな」

一時たりとも一緒に居たくなかった。

僕はそう言うと、一度も振り返らずにその場を後にした。



「あ…ああ…あ」

言葉を紡ごうにも、紡ぐ言葉が思いつかなかった。


貴方の為に。貴方を守る為に。仕方なく。こうするしかなかった。行かないで。置いてかないで。私の弟なのに。ただ一人の家族なのに。貴方の姉なのに。大事な人なのに。好きなのに。愛しているのに。ごめんなさい。許して。嘘。嘘よ。こんなのって嫌よ。幻覚だわ。夢なんだわ。上手くいっていたのに。何処で何を間違えたの。分からない。嫌だ。こんなの嘘だ。いやいやいや嫌よ嫌だ嫌嫌嫌。認めない。嘘だもの。こんなのってないわ。

永遠なのに。安全なのに。行ってしまった。置いて行かれた。捨てられた。裏切られた。

信じていたのに。愛していたのに。護ってあげていたのに。許せない。呪ってやる。復讐してやる。殺してやる。壊してやる。嘘。ごめんなさい。戻ってきて。私に顔を見せて。頭を撫でさせて。笑顔を見せて。もう一度チャンスが欲しい。今度こそ成功する。失敗しないから。貴方を護ってあげるから。私の弟なんだから。手放したくないのに。嘘よ。嫌よ。お願い。ロラン。ロラン、戻ってきて。許してよ。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…。


奇しくも。

その泉は、何百年も前に、弟を失った姉が嘆いて出来た泉だった。


――クスクス、助けてあげようか?



年内最後の更新だと思います。

皆様、よいお年を。

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