第9話
リューゲンの港町。
城壁・城門を持たないと言っても、草原を歩いて進めば街に入れるという訳では無い。
街の主要な通りに繋がる入り口には、野党や魔物対策とした自警団の詰める番所がある。
更には、城壁では無いが、丸太が並べられた防壁があり、また野党の進入を拒む門は存在する。
リューゲンで育った僕等だ。
ルーガーを連れながら、正面遠くに陣取ったグリタリア家に悟られぬ様に、街の入り口に到着した。
物々しいバリケードで門は増築され、上からは矢を番えた者達が顔を出す。
詰問されるも、姉さんの角を見せるとすんなり入れて貰えた。
街の中は、思いの外荒らされて居ない。
グレンから街の北面を任されたという男、ゲオルグによれば、グリタリア家は街並みを脇目も振らずに駆け抜け、市庁舎を一瞬で制圧、グレンを人質に立て籠もったという。
その後、戦乱に乗じてグレンが救出されると、奴等は即座に街を脱出したと。
「懸念はあったが、やはりそうか」
ゲオルグが言う。
「はい。ハーティは完全にグリタリア家の占領下にあります」
僕達はハーティの実態を報告する。
「サルマンという男は無事か?」
「サルマン?」
「ああ。ハーティの城主の子孫で、ハーティの市長だ。あの街の解放戦線の長でもある」
僕達は顔を見合わせ、首を横に振った。
「存じ上げません。僕達は鹿ノ蹄亭に身を隠し、ジョウストン夫妻と共にハーティを出たのです」
「ジョウストン、アイツか。まあアイツも幹部の一人だ、今どこに居る?話したい」
僕は応えに詰まった。話していいものだろうか。ありのままを話せば、彼は逃げたと誤解されそうな気もする。
「彼とは…はぐれました。山の中は生い茂る木々で昼でも薄暗く、街道を使えない僕達は魔物の襲撃に合い…」
言葉を濁す。
「そうか。辛かったな…。ふむ、この状況だ。グレンさんに合うのは難しいだろう。お前達には私の下で動いて貰う。いいか?」
元より戦いに来たのだ。異論は無い。
「弓がある。防壁に足場が作ってある。そこで敵の迎撃に当たってくれ」
「分かりました」
僕は頷く。
「この先、四区画進むと一つ目の野営病院が設置されている。カルメはルーガーを連れて其処に行け」
ゲオルグの言葉に、当然姉さんは反発した。
「先の戦いでの負傷者も少なく無い。ヒーラーが圧倒的に不足しているのだ」
そう言うゲオルグに、尚も不満を募らせる姉さんに僕は言う。
「姉さん、僕の事なら大丈夫だよ。危なくなったら、すぐ逃げる。姉さんの病院に向かうから、其処で落ち合おう」
「嫌よ、私、怖いわ。兵站を奪うのとは訳が違うのよ?私はロランの側にいる」
決して譲らない姉さんの態度に、先に折れたのはゲオルグであった。ルーガーは、他の者が連れて行く事になった。
別れ際、ルーガーは口を開いた。
「ロラン、ヴァズ、リリア、カルメ、なんと礼を言ったらいいか…」
ルーガーは僕達四人を前に言いよどむ。
「どーってことねえよ、ギノアの男は仲間を見捨てない」
ヴァズが言う。
「お前のその素っ気無さは相変わらずだな。お前のその態度に、いつも救われたよ」
ルーガーが言う。
「なんだが、世話のかかる兄を持ったみたいで楽しかったわ」
リリアが微笑む。
「お前が妹なら、その兄はさぞ鼻が高いだろうな。リリア、道中嫌な顔をせずに包帯を替えてくれて、助かった」
「いいのよ、ルーガー。仲間でしょ?」
ルーガーは頷くと、次にカルメを見た。
「カルメ、お前の素直さは俺を逆に窮地から救ってくれた。下手な同情をされていたら、俺は立ち直れなかったかもしれん。礼を言う、カルメ。道中、ありがとう」
「あなたに礼を言われる筋合いはないわ。私はただ、ロランを助けただけだもの。でも、言われたからには応えとくわ。どういたしまして」
ルーガーは苦笑いを浮かべ、僕を見た。
「いい姉を持ったな、ロラン」
「勘弁してくれよ、ルーガー」
「それ、どういう意味かしら、ロラン」
「いや別に…」
「別に?別にって何よ、別にって」
「いい加減にしろってお前等は」
「仲いいのね、二人」
詰め寄る姉さんと僕の間に、ヴァズとリリアが入る。
姉さんは例の如く、ヴァズに噛み付き、リリアはそんな三人を少し羨ましそうに見つめた。
ルーガーは、穏やかな笑みを浮かばせて、そんな僕達を見ていた。
「じゃあな、俺は行くとする。また会おうぜ」
ルーガーは言うと振り向き、歩き始めた。最も、ルーガーの体は弱り切っていて、付き添いのヒーラーが彼の身体を支えていた。
「またなー!」
ヴァズが言うと、ルーガーは振り向かずに手を上げた。
改めて姉さんが全員に補助魔法を掛け直し、僕等は防壁に登った。
防壁から向こうを覗く。一万という敵軍は圧倒的な数に見える。
その全てが白銀を身に纏っている。考えるだけで、身が震えた。
この細い矢が、白銀を貫けるとは思えない。運良く甲冑の隙間に刺さらなければ、足を止めるのは難しいだろう。
そんな時、隣に立ち並ぶリリアの様子がおかしい事に気付いた。
息が粗く、身体も小刻みに震えている。
「リリア?どうしたんだ?様子がおかしい!」
「大丈夫…。ちょっと戦場の空気に当てられただけよ」
そうは言いながら、彼女の表情は苦しみに歪んでいる。
「ね、姉さん!リリアの様子がおかしいんだ。診て上げてくれ」
僕は、同じ様に横に並び立つ姉さんに頼み込む。姉さんは弓の弦を弄りながら、素っ気なく応える。
「大量の補助魔法に身体が驚いているんだわ。補助魔法を初めて掛けられる人や、慣れていても複数の魔法付帯状態に一時的に体調を崩す事もあるわ」
それを聞いて、僕はリリアに提案する。
「リリア、後ろに下がった方が良い。そんな状態で此処に居たら危険だよ」
僕の言葉に、姉さんが反論する。
「平気よ。すぐ治るわ。自然治癒の補助も掛けてあるから。直ぐに普段以上のポテンシャルになるわ」
姉さんがそう強調する中、僕はリリアの顔を覗き込む。
「大丈夫かい?辛いなら、僕が病院まで運ぶよ」
「ありがとう、ロラン。でも大丈夫よ。気分も良くなってきたし、力も漲ってくるもの」
そう微笑む。確かにリリアは、補助魔法を掛けられるのは初めてだと言う。姉さんの機嫌が急降下するのを肌で感じながら、リリアの身を案じていると、男の声が響いた。
「動いたぞ!」
見れば確かに敵陣に動きがある。
やがて敵陣に突如として沸いた影に、ヴァズが苦々しく呟いた。
「おいおい、嘘だろ…」