表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Re:start  作者: 葉月
迷走の二回目
4/6

リセット 2

2


 静寂の中、軽快かつ単調な時計の音が響く。

 それはまったくの無感情で、まるで自分までもが物言わぬ置時計になったような錯覚におちいる。

 カチ、コチ、とその音は耳からでなく、体の中から聞こえてくるみたいに。もしそうだったら、たぶん俺の振り子は止まっているんだろうけれど。そしてきっと俺の中には彼の小説にある文字盤のように心を砕くような部分はない。なんて、そもそもが働き疲れじゃないから趣旨が違うか、俺のサボタージュの理由はより幼くひねくれている。

 そんなくだらないことをボーっと考えながら、頬杖をついて虚空を眺めていた視線を机の上、ペンを持つ左手へと移した。

 そのままなんの気なしに手元でくるくるとペンを回し始め、手の上を舞っていたペンは一際鋭くスピンすると、

「どーん!」

 背中からの衝撃で手から放たれ、勢いよく壁にぶつかった。クラッシュ。

「しっ……んぞうに悪いっ! ノックくらいしろよ、姉貴!」

 もちろん、そんなことを冷静に目で追うほど感情を捨ててはいないし、おおいにビックリした俺は体勢を崩し、座っていた椅子から転げ落ちそうになった。

 とはいえ、それは後ろから抱きつく姉貴によって防がれるわけだけど。無駄に豊満な胸部が押し付けられている割に、酒臭さが先に気になるくらいには慣れてしまったのが悲しい。また大量に酒かっくらって帰りやがったな、コイツ。

「あれー、アンタ勉強してたんだ、珍しい。うあー、明日は雨かなー。私、雨嫌いなんだけど」

「雨だよ、そろそろ梅雨入りだからな。それと珍しいは余計だ」

 まるで雨が俺のせいのように言う姉貴に言い返して、置時計を見る。

 時刻は10時過ぎ、大手アパレルメーカーで働いている姉貴の普段の帰宅時刻よりは少し遅めだ。メールで同僚と飲み会だとか言っていたからいつものように気にかけていなかった。

 随分飲んでいるみたいだし、これはいつもみたいに二日酔いに苦しむパターンか、我が姉ながら学習しないな。

「それにー、私ちゃんとノックしたわよ。無視しといてその反応はないんじゃない?」

 不満を言いながら腕の拘束をほどいて、ばふっと俺のベッドにダイブする姉貴。

 おいやめろ、布団に匂いが移る。未成年なのに匂いに酔って二日酔いとか笑い話にもならない。

「……酔っ払い」

 はあ、と小さな溜め息をついた。

 ホントに、笑えない。意外と俺も気が滅入っているのかもしれないな。

 アルバイトを終えて、帰宅してから自室にこもって考えてはいるけど、まったくまとまらない、こんがらがって終わりが見えない。

 ましてノックの音にも気が付かないなんて。あと2時間弱、自分のことながらここまで意志が弱いとは思わなかった。

 ……いや、違うな。

 今まで逃げてきたんだ、ある意味わかりきっていたことじゃないか。

「それで、どうしたの?」

「ん、いや」

 ベッドにうつ伏せで寝ころんだ姉貴は俺の返答が気に入らなかったのか、肩で切りそろえられた薄く茶の混じった髪をガシガシとかいて、手近にあった枕を投擲してきた。

 ストライク。顔面グローブで受け止めた枕をどけて見た姉貴の目は険しく、「まだるっこい、さっさと吐けよ、バカ弟」とでも言わんばかりだった。

「まだるっこい、さっさと吐けよ、バカ弟」

 というか言った。一字一句間違うことなく。

「なんか悩みがあるんでしょ。聞いたげるからほら、お姉ちゃんに言ってみなさい」

 そう続けて言った声音にはかすかに、でも確かに心配の色が含まれていた。

 それは今まで何度も聞いたからこそわかる微妙なニュアンスだったけれど、こう言われて吐かされなかったことはない。

 ただ、今回だけは言うつもりはなかった。姉貴は信じてくれるだろう。突飛な話だけど、問題はそこじゃない、むしろ信じてくれるからこそ、言うべきじゃない。

「なあ、姉貴。俺の、学校での評判ってわかる? 主に女子の」

「……は?」

 だから、もう一つ聞いておこうと思っていたことを聞いてみた。

 ポカーンという擬音が聞こえてくるような、呆けた顔で俺を見ていた姉貴は、くっくく、とくぐもった声をもらしたかと思うと、次の瞬間には手足をバタつかせて笑い転げていた。

 ああ、わかってたさ。その反応は予想通りだけど、ベッドを蹴るのはやめてくれ。

「はー、へぇ、なに、アンタ女子にモテたいの? 可愛いとこあるじゃない、まさかアンタがそんなこと聞いてくるとはねー、くくっ」

「誰がんなこと言った。さっさと答えろバカ姉貴」

「あっはは、知ってるわけないでしょ。馬鹿じゃないの?」

 ……そりゃそうだ。ゲームみたいに把握してる方がおかしいわけだし、……試しに言ってみようと思うあたり、俺も馬鹿だな。莉瀬の存在に感化されすぎてる。

「顔赤いわよー、恥ずかしがるなら言わなきゃいいのに。それで? 誰が気になってるって? 変な女だったらお姉ちゃん許さないわよ」

「誰でもない。というか、いても言うわけないだろ」

「寂しいこと言わないで教えなさいよー、可愛くない。あーあ、昔はルリお姉ちゃんっていっつもくっついて甘えてきたのに」

「いつの話だ。それに俺は姉貴のことルリ姉って呼んでたはずだけど?」

「それが今はもう姉貴、だもんね。可愛げがないったら」

「……悪かったな、可愛げがなくて」

「ふふっ、そういうとこは可愛いんだけどねー」

 姉貴の意地の悪い笑顔から視線を外して、短く悪態をつく。

 それにすら愉快そうに笑い声を上げる姉貴を恨めしく思いながら、頬杖をついてダンマリをきめこんだ。


 いつも通りの、日常のやりとり。

 そう考えた時、自分の心が少しずつ落ち着き始めていることに気付いた。

 俺が今まで生活してきた中で根づいた“いつもの”会話。それはこの三年間でも欠かさず残された、外側じゃなく、心に刻まれている自分のこれまでの足跡で。自分でも忘れてしまうくらい、あまりに馴染みすぎたこと。

 だから、次に姉貴が投げかけてくる言葉も自然と予想できた。

「で、さ。その可愛い弟君は、なんか無理とかしてない?」

「……ああ、幸いにも過保護な姉上殿がいるんでな。だから酔っ払いはさっさと寝ろ、明日早いんだろ?」

 指で置時計をさす。

 時刻は11時前、姉貴は明日も早いと朝に言っていたし、それ以上にこのままからかわれるのは御免だ。

「はーい、……あ、そういえばアンタまだその時計使ってるんだ?」

「まあな、物持ちいいもんで」

 俺の指した桜色の置時計を軽く撫でた姉貴は知ってる、と少し笑って、

「そういえば、覚えてる? あの時、私が言ったこと」

 懐かしむように問いを投げた。

 その問いかけは漠然としていて普通ならわかるはずもなかったけど、置時計を見る姉貴の顔を見て俺の口は勝手に動いていた。

「覚えてるよ」

 忘れるわけがない。考えるまでもなく、体が覚えている。

 それくらいに、少しの間もなく答えた言葉は俺が悩んでいる時にも何度もちらついていた記憶だ。

「そっか。うん、ならよろしい」

 でもそれは姉貴に言われることでまた意味を変えて俺の中に響いた。未だにその言葉の真意は掴めていないけれど。

「じゃ、私は寝よっかなー。ああ、そうそう」

 伸びをしながら部屋を出ていく姉貴は、振り向かないまま何でもないことのように続けた。

「アンタが自分で解決できるようになったっていうのはお姉ちゃん的に嬉しいけどさ、たまには私にも頼ってあげなさいよ?」

「ああ、わかってる」

 不思議と心の中が筒抜けなことには驚かなかった。

 それもそうか。思えば、昔からそうだった。

「そ。じゃ、おやすみ」

「ん、おやすみ」

 足音が階下へ遠ざかっていく。

 ゆっくり息を吐いて伸びをすると、椅子を立ちベッドへ仰向けに倒れこんだ。ベッド脇の置時計に目を向ける。

「……単純だな、俺も」

 溜め息と共にぼそりと呟く。

 いろいろと難しく考えていたくせに、姉貴との馬鹿話で吹っ切れて、全部放り投げた後に自分の気持ちが残るなんて。

 本当に、馬鹿馬鹿しい。そう心の中で独りごちた俺の心はすっかり落ち着き、決断への選択肢が浮かび上がり、固まっていく。

 あとは、自分で選び取るだけ。

 もうすぐ、三度目の今日。おぼろげだった選択肢が今はもうはっきりと目の前にある。そして、その中から選び取るものは、迷っているようで、もう心の中で決まっているんだろう。

 あとは……、と手を伸ばして掴んだのは今となってはもう古いバージョンとなった携帯型ゲーム機。帰宅後、ホコリをかぶっていた押入れをひっくり返して探し出したものだ。裏側には今日が巻き戻っても制服のポケットに残っていたプリクラを一枚張り付けてある。その中でぎこちなく笑う俺の顔を見て、呆れた笑いがもれた。最近の俺は黒歴史を作り出すことに随分熱心だ。

 電源を入れる。スリープモードだったゲーム機のディスプレイには、とある恋愛シュミレーションゲームのセーブ画面が映っていた。

 基本的にセーブデータを複数作らないエコ、というよりただもったいないだけのプレイスタイルなため、5つほど並んだセーブデータは4つが空で使われているのは一番上のデータだけだ。

 俺はそのセーブデータの作成日時を見て思わずもう一度呆れ笑いをこぼした。

「まったく、どこまでできたヒロインだよ」

 作成日時のところには、三年前のあの日から二日前、朝の時刻が記されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ