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Re:start  作者: 葉月
停留の一回目
1/6

プロローグ

※注意書き。

 短編。一人称。シリアス展開。ジャンル不明。

1


 ――おはようございます。昨日をやり直しますか?


 意識がまどろみに揺れる。

 薄明るい朝靄に身を落としていた俺の耳朶へと触れたのは、涼しげな聞き慣れた言葉。

「う、ん。ふぁ……あぁ、朝か」

 聞き慣れすぎたからか、その言葉の内容も頭には響かない。

 その代わりに、それは習慣とでも言うべきなのか、届いた言葉は脳内で変換され、「朝だ、起きろ」と勝手の良い伝言ゲームよろしく、短く端的に起床を促してくれた。

 眠りから覚醒して、開いた目に映るのはデジタルタイプの置時計とその上へいつの間にか置かれていた自分の右手。

 オーソドックスな直方体に台座の付いた、いかにも一般的といった造形の置時計ではあるけれど、その表面を桜色に塗られ、可愛らしい美少女が描かれた(なり)は標準という言葉からひどく逸脱している。

 それはもう、見せれば同年代の女子のほとんどが引きつった笑みを浮かべて、心の距離を天と地に分かつくらいに。その後は心の中で月からスッポンを見下ろすかのように見下げた視線を浴びせてくれるだろう。

 ……想像するのも怖ろしい、そこまでの被虐趣味とは生涯無縁を貫きたい。ぼやけた頭でひたすら隠し通す決意を改めて固めた。

 ちなみにその置時計は数年前に発売された恋愛シュミレーションゲーム、俗に言うギャルゲーに分類される物の関連グッズとして作られたものだ。

 選択肢によって分岐するアドベンチャー形式のゲームなんだけれど、嫌がらせとしか思えないBADENDの多さと、時間制限付き選択肢、会話における話題選択のシビアさからセーブ地点からのやり直しが念頭に置かれて作られたという、当時プレイした人達の間で小さな話題になった作品だった。

 暖かい笑みを浮かべ可憐な姿で置時計に描かれているのはそのゲームのメインヒロインであるキャラクター、椿木(つばき)莉瀬(りせ)。なんでも、彼女がそのセーブ地点からのやり直しを問いかけるキャラクターだということで作られたグッズだとか……っと、これは蛇足だな。

 貰い物で、彼女曰くクレーンゲームのプライズらしい。なんの気なしに使い続けているけれど。

「今更変えようにも、これ以外だとちゃんと起きられないしな」

 これが使い慣れてしまったがゆえの弊害ってやつだろうか。

 持ち運びが楽なだけ枕よりはマシだと思っておこう、執着心が強いのは自覚しているし、安易に捨てるのはもったいないオバケに呪い殺される。

 そんな物騒なことをつらつら心中で言い連ねているうちにも、手足は自然と日常的なルーチンワークをこなしていく。

 両の手を組み、体を伸ばして首を鳴らす。淡い青色のカーテンを開け、窓から差す朝日に目を細める。机の上に準備された学生の仕事道具とたたまれた仕事着を一瞥。顔を洗い、朝食を準備するために二階の自室の扉を開けて、一階の洗面所へと歩き始める。

 その行動はすべて無意識的に流れるように行われて、ふと脈絡なく「まるで回る歯車みたいだ」と大きな歯車を想起したことも、たいして不思議なことでもないだろう。

 何度も何度も、同じ場所を同じように回り続ける。そういえば、あのゲームも歯車がテーマで、名前もそれにちなんだものだったっけ。

「ああ、そうだ」

 そこで、開け放った扉越しに自室を振り返った。

 いつものルーチンワークの中で一つ、最初にすることが抜けていたことを思い出し、静かに声を上げる。

 使い始めた時に浮かれて続けていたことだけど、今はやらないと据わりが悪いのだから習慣っていうのは本当に面倒くさい。


 まあ、ともあれ、


「おはよう。今日も答えは『いいえ』だ」


2


 校内某所、時刻は8時になる20分前。

 わざわざ8時を基準にしているのは、8時から学校における最初のイベント、SHRが行われるから。

 そして某所とか言ったけれど、実際には自分の所属する教室、地元でもそこそこ名の知れた進学校で通っている高校、その2年C組にあたる教室以外のなにものでもない。

 そんなところで、今一番の疑問であろう、なぜ俺がこんなまわりくどい無駄なことを考えているかというと……まあ、単に現実逃避というやつだ。

 いつものように自分の席につき、頬杖をついてぼーっと過ごす、無意味に怠惰な至福の時間を邪魔する目の前の馬鹿を無視しようと試みてはいるんだけれど、その馬鹿の鬱陶しさは俺の努力を軽く上回っているらしい。知ってはいたけどさ、嫌というほどに。

「くっくっく、驚きすぎて声も出ないようだね」

 あまりの清々しさに幼い頃に通っていた朝のラジオ体操を思い出した。

 目の前にいる希望の朝、もとい春が来たらしい悪友は黙っていれば目を引くほど整った顔立ちをしているにもかかわらず、やりすぎな得意顔を臆面もなく、まさに得意気といわんばかりに見せつけて、周りのクラスメイトとの心の溝を掘り進めることに余念がない。

 相変わらずもったいない、もとい残念な奴だ。オバケに呪い殺されるぞ。

「仕方がない、もう一回言ってあげよう」

 誰も頼んでいないぞ、と注意したくなるけれど、ぐっとこらえた。

 コイツの暑苦しさはどう反応しても回避できるものじゃない、これまでの経験から考えても、言わせるだけ言わせるという手法が一番手っ取り早い。

「僕こと、不肖この胡桃沢(くるみざわ)凜太郎(りんたろう)に、昨日、ついに、念願の、彼女ができたんだよ!」

 言いきって、さらに得意気な顔を近づけてくる凜太郎。寄るな、暑苦しい。

 それに面倒だから何も言わなかっただけで、その驚天動地の事実はさっき聞いた時に理解している。

 確かにその残念さが目立ちすぎる凜太郎が誰かとお付き合いに発展するなんてことは大いに驚くべき出来事だけど、わざわざリアクションをとるほどじゃないのもまた確かだし。

 そもそも見目は悪くないどころか良い方のさらに上位に分類されるんだから、彼女の一人や二人できたところで俺が驚くわけがないだろうに。

「そんな悲しげな目で見ないでくれ。僕だって心の友である君を差し置いて大人の階段を上ることは心苦しいんだ」

 そんな視線を向けて無言の意思疎通でも図ろうと思った俺に、なにを勘違いしたかさらににやけた顔を近づけてきた凜太郎。

 そろそろ鬱陶しくなってきたので、とりあえず殴った。

 ゴン、と小気味良い音が響く。後頭部めがけての鉄拳、イメージしやすく言うなら拳骨(げんこつ)というやつだ。

「誰が心の友だ、誰が」

「いっ、ったぁ……! って、数ある中からそこ!? 彼女のことは無視できて友人ランクは無視できないって、どれだけ親友認定が嫌だったんだよ!」

 茶の混じったくせのある短髪を両手でおさえ、非難の目を向けてくる凜太郎。

 心外だ、むしろ気色の悪い得意顔をこれ以上クラスで晒さないよう行動してやったというのに。

「口で言えばいいだろっ! 恩着せがましく責任を転嫁するなよ!」

「誰がお前に恩を着せた。俺がお前を殴ったのはクラスメイトの為だ」

「君はほんとに僕の友達かっ!?」

「友人は友人でもお前は悪友だからな」

「間違いなく悪い意味の方だよねそれ!?」

 ぎゃあぎゃあと言い合う中、チャイムと共に担任教師が教室の扉を開ける。良いタイミングだ、というよりそれを見計らって凜太郎に返事をしたわけだけど。

 ぐぐっ、と言い足りなさそうにこっちを見る凜太郎へヒラヒラと手を振って着席を促す。

「まあ、頭の中が年中お花畑のお前にもやっと春が来たのは良かったんじゃないか。おめでとう」

「ああ、って一言多い上に長いよ! まあ、昼休みにでも紹介するさ、ここの生徒だしね」

「いや、それはいらん。心底御免こうむる。No thank you.」

 なぜ俺がそんな桃色青春模様な空間で孤立しなきゃいけないんだ。

 しかも凜太郎がそんな高度な拷問を思いつくとは思えない。つまるところ素で言っているらしい。本当に、コイツの天然バカは間が悪く発動するから性質が悪い。

「大丈夫。彼女には君のことも話してあるし、それになにより」

 いや、お前の彼女さんを思っての言葉じゃねえよ!

 いつの間に交渉を済ませやがったのか。ああ、凜太郎のこういうところが昔から嫌いだ。断ったらその彼女さんに気を遣わせてしまうだろう、たぶん。ああ、それは面倒くさい。

「僕の胃袋は君のお手製弁当がないと昼からの授業を乗り切れないように改造されてしまったしね」

 まるで俺が餌付けしたかのように(うそぶ)くな。昼食時におかずを強奪された記憶しかないぞ。

「おい、凜太郎」

 しかし、ここまで話が進んでしまった以上、俺がわめいたところで意味はないだろう。そして俺の知る限り、全人類中最も暑苦しく鬱陶しい凜太郎を昼休み中やり過ごすのは不可能、なら、

「うん、どうかした?」

「昼飯が欲しければ、昼休みまでにその彼女と別れてこい」

「うんうん……って、いや別れるわけないだろっ! ていうか、さっきの祝福の言葉は!?」

 試しに言ってみたが駄目だったか。

「訂正する。地獄に落ちろ」

「さっきの言葉が台無しだよ!」

 その後、昼までの間に巧言令色を駆使した肉体言語(せっとく)もむなしく、俺の人生にトラウマがまた一つ追加されたことは言うまでもない。


3


 今日一日の全課程を終え、視界一面に自由な選択肢が広がる放課後。

 部活動、同好会などのクラブ活動に勤しむ、友人と道草で食って食われて、交際相手との下校で青い春を満喫する、空調のきいた図書室で過ごす、もしかしたらボランティアに精を出す、なんて選択肢だってあるかもしれない。

 一方、そんなことを考えながら昇降口を出た俺はといえば、そのどれにも当てはまらない、アルバイトへ向かうというなんとも即物的な選択肢を選んでいた。

 この高校を選んだのも地元で、なおかつバイトを許可している進学校という好条件からだったけれど、一年の頃からお世話になっている酒屋でのバイトはキツイ代わりに賃金はほどほどに高く、店主を始め良い人ばかりで個人的にかなり助かっている。

 そういえば帰り際、さすがにその辺は弁えているのか、いつもならアルバイト開始の時間まで一緒に寄り道していた凜太郎も彼女と一緒に放課後デートをするということで別行動となった。

 もしこれで一緒に帰ろうなどと言った時は本日三発目の拳骨を喰らわせているところだ。

「とはいえ、その時は利き手じゃない左手になるから威力は半減だろうけどな」

 独りごちながら右手をぷらぷらと揺らす。

 午後一発目の授業である体育での負傷。ボールを取りそこねて人さし指と中指の関節を痛めた、とどのつまり突き指だ。

 競技はバスケットボール。

 大雑把に人数を分けてのチーム戦で、そもそも運動が得意じゃなく、なおかつ嫌いな俺としては仮病でも使ってまで参加を辞退したいんだけれど、以前ばれてからは使えなくなったため、参加せざるをえなかった。

 幸い、チームの人数が多くジャンケンの勝敗いかんによっては出なくてもよかったのだが、そういう時の勝負事にめっぽう弱い俺が難を逃れることができるわけもなく、無事出場という運びになり、結果無事では済まなかった。

「っと、それはそれとして、まだ随分と時間が余ってるな」

 指定の革靴を履き、腕時計を見ても、まだバイトの時間までは二時間ほど余裕がある。

 ここから店までは歩いても十分かかるかどうかというところだし、いつものように家に戻ったついでに雑用を済ませておくのもいいかもしれないな。いや、その前に指をまた冷やさないと。

 そんなことを考えながら校門に近づいたところで、妙な光景に首をかしげた。

「誰だ、あの子?」

 校門の端に立つ少女、校門を通る生徒たちはそれぞれ違いこそあるけれど、全員がその少女を物珍しげに凝視しながら通り過ぎていく。

 見たところ他校の生徒、だろうか。黒を基調としたシックな制服はここの女子用制服とはまったくデザインが違う。

「まあ、俺には関係ないか」

 おそらく、この高校にいる男子生徒でも待っているのだろう。

 友達、ということもないだろうし、他校の生徒との恋愛ってところか、青春だな、と若干凜太郎の恋愛事情に感化されている感想を抱きながら、他の生徒と同じように校門を素通りしようとして、


 物理的に行く手を阻まれた。


「あっ、やっと来てくれましたね」

 眼前にいる、件の女子生徒によって。


「は、えっ、なに、俺になにか」

 何か用? と続けようとした言葉は息をのんだことで強制的に中断させられた。

 突発的なドッキリ展開に間抜けな声をあげながら、知り合いかどうか記憶を探ろうと彼女を改めて見て、時が止まったかのように体の動きが静止へとがっちり固定される。

 知り合いだったわけじゃない。

 いや、どこかで見たことがあるような気はするけれど、それはささいなもので、気が回る余裕はなかった。

 名のある美術品に目を奪われる、そんな感覚だろうか、と脳の冷静な部分が分析する。

 なにより目を引くのはその輝く宝石のような黒い瞳、それにすらりと伸びた目鼻立ち、肩まで伸びた黒髪はさらさらと風に揺れて目を、心をさらう。きめ細かい肌は精緻な人形のようで、それでいて日の光を浴びて輝き、生き生きとした躍動感に溢れている。

 なるほど、校門で異様に人目を引いていたのも頷ける。むしろ当然だと思えるほどの美少女だった。非の打ちどころがない、綺麗すぎて浮世離れしているくらいに。

「あの、どうかしましたか?」

「えっ、あ、あー、っと……悪い、前にどこかで会ったか?」

 視線が定まらない。見惚れるなんて体験を現実にするとは思わなかった。

 縦横無尽に右往左往する視線は結果的に彼女の全身を視界におさめることになってしまう。

 ああ、これは確かに男子生徒の目を引くだろう。まるで現実的じゃない、モデル顔負けのスタイルに同年代とは思えないほどの発育の良さだ。「最近の高校生は何食ったらあんなに育つのかしら」とか姉貴が言っていたのも、今なら全力で賛同する。

 いや、それ以前に本当に同年代なのか? 制服で大人びた雰囲気に見えるし、なんかいろいろと俺に近しいとは思えない。頭が回らない、思考は今まで聞いたこともないくらいにうるさい鼓動にかき消されていく。

 つまり、まあ、端的に言って、完全に雰囲気に呑まれていた。

 「おそらく彼女は俺を雰囲気で殺すつもりなんだ」なんて冗談を本気で信じるくらいには。さすがに嘘だが、たぶん。

「あ……やっぱり、覚えてはいませんよね」

「悪い、いやゴメン、本当にすまない、どこかで会ったような気はするんだけど」

 良心の呵責が凶器となって胸をえぐった音が聞こえた気がした。

 しどろもどろになりながら教えてくれると助かる、むしろ教えてもらわなければ死にかねない、とばかりに無言で促してみたのだが、どうやら凜太郎の馬鹿とは違い、しっかり聞き届けてくれたらしい、曇った表情をすぐ笑顔に変えて答えてくれた。


「ずっと、好きでした。これから私とデートしてくれませんか?」


 世界から、音が消えた。

 前言撤回。どうやら彼女は本当に俺を殺すつもりらしい。

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