黒猫+僕+探偵=事件 7
「他殺だ」
予想はしていた。
他殺だと、誰かに殺されたと。
「そうなんですか」
僕は僕で簡素で驚きもなくストンと事実を受け止めた。
死んだ人に同情するとか嘆くとか、僕はそんなことを出来ない。
いっそ彼女に代わり僕が死ねば良かったのに。
こんな、人の死にこれっぽっちも感情を動かせない奴なんか世の中に不必要だろう。
だったら猫を心配して依頼したあの人のほうがまだ人間味があったはずだ。
「カルネ」
アスマルトさんがいささか厳しい目をしていた。
「大丈夫か?」
「え?僕は全然オッケーですよ」
「…まあ、ならいいが。あと全然の使い方違う」
おや。全然の使用を間違えたか。
「とりあえず、ここから帰れ。安全なところに」
「うん」
「はい、分かりました」
「カルネ、お前一人じゃないんだからな。危険なことはとにかく避けろ」
「……はい」
信用ないなあ、もう。
「―――にく」
事務所へ向かう途中。
沈黙を破るようにシアンちゃんが切り出す。
「人って、あっけなく死んじゃうもんなのか?」
「ん…まあね」
相手は小学生。
まだ道徳とかで死について話をされているのかは分からないけど、ここはマイルドに言葉選びをしなければ。
案外あっさり、人間は、生物は死ぬ。
例えば、首を絞められれば死ぬ。
例えば、高いところから落ちれば死ぬ。
例えば、刺さりどころが悪ければ死ぬ。
例えば、頭を撃たれれば死ぬ。
例えば、毒を飲めば死ぬ。
「生き物はみんな脆いよ。脆くて、弱い。だからあっけなく死ぬ」
手持ちぶさたでなんとなくシアンちゃんの頭を撫でる。
ふわふわでつるつる。ほっそい髪の毛だな。
「そういうもんか」
「そういうもんだよ」
うーん、なんて言えばいいんだろうな、こういうとき。
気の効いた言葉はどれだけ探しても見つからない。語句の少なさに愕然とした。
これからはちゃんと国語の授業受けよう。今は古文だけど。
「そうか」
「うん、多分」
ナアーとヤマトが相づちを打つように鳴いた。
無言のままテクテクと歩く。歩く。歩く。
気まずいな。「にくは、さ」
「うん?」
「今まで何人、身近な人が亡くなった?」
ふと食パンが浮かんだ。
「………なんで、そんなことを」
「慣れていたから?」
シアンちゃん自身もよく分からないというように疑問符をつけた。
慣れて…ああ、さっきアスマルトさんから他殺だ言われたときのことを言っているのだろうか。
「そりゃ、ねえ。僕は君より長く生きているから」
「違うんだ。こう、病死とかじゃなくて……」
言おうか言うまいか渋っている。
怒らないから先を言ってと促すと、シアンちゃんは恐る恐る口を開いた。
「にくの身近な人が、殺されたとか」
どくんと心臓がはね上がった。
…侮れないな、小学生の洞察力。
いやでも他殺言われて驚かないからそう思われても仕方ないか。
半年前から思っていたけど、妙に賢くて鋭いな、この子。
理性が年齢と比例していないというのか。
「……あることは、あるよ」
どうしよ。話すか話さないか。
でも半年も僕といてくれてるんだから、言うべきか。
「あんまり人には話さないで欲しいんだけど」
「約束する」
ニヤァ。
「今までに三人、身近な人が死んだ」
「……」
「そのうち一人は…追い詰められて自殺だけど、殺されたようなものだし」
身近な人じゃないならもう一人いるけど、それはいいか。
あと殺されたじゃなくて殺したようなもの、だしな。
「…にくもなかなか難儀な人生送ってたんだな」
「難儀って」
シアンちゃん本当に小学生か?難しい言葉使いすぎだろ。
「じゃあ私もちょっとしたヒストリーを話そう」
ヒストリーて。
表情から見るに明るいヒストリーじゃなさそう。
「…!」
「!」
シャー。
反応それぞれに危機を感じる。
反射的に後ろを振り向く。
バイクに乗ったフルフェイスヘルメットの人間がいた。
「にく、あいつ怪しい」
「ダメだよ、見た目で判断しちゃシュヴァインに刺されるよ」
ああいうのが意外と善人で親切な人が多い――
「猫をよこせ」
――わけねーよな。
人は見た目が九割。
「…またそういう展開ですか」
「嫌だと言ったら?私たちを轢くのか?」
「そしたらこのヤマト君は無事じゃないですね」
THE・人質ならぬ猫質。
「猫本体は必要ではない」
「え……?」
それはどういう意味だ?
まさか首輪に何かあるとか。
「渡さないなら殺してでも奪い取るまでだ!」
うわっ考えてる暇じゃなかった!
ヤバイ!ヤバイヤバイヤバイ!
何がヤバイってヤバイからヤバイ!
「きゃあっ!?」
「行くよ!」
エンジンがかかりきる前にシアンちゃんWithヤマトをお姫様だっこして、逃げ出した。
全く洒落にならないリアル鬼ごっこ開幕。