黒猫+僕+探偵=事件 5
「で、なんだ?なにが起こった?」
シュヴァインは振り向いて倒れ伏しているお兄さん達を眺める。
十人ほど相手にしておきながら息は全く切れていない。
体育の持久走で死にかける僕よりはるかに体力があるんだろうな。
「えっとね」
簡単に説明する。
ふんふんと納得したようにシュヴァインは頷いた。
「なるほど、つまりお前はロリコンなんだな」
「…何を聞いてたんだよお前!」
そんなこと一言たりとも言っていない。
シアンちゃんが呆れたようにため息をついた。
彼女はシュヴァインと初対面の時、さんざんこいつのペースに振り回されていたようだ。
ようだ、というのは僕はその時気絶していたから。死にかけていたともいう。
「しかし……その猫が狙われてるのか」
「うん、このヤマトがね」
「どうすればいいんだ?」
シアンちゃんが困ったように首を傾げる。
つられてツインテールが小さく揺れた。
女の子らしい仕草で可愛い。
「まずそのナイフをしまえ」
「あ、忘れてた」
「…忘れるものなの?」
それは怖いな。
「埒があかねーし、ちょっと詳しく聞くか」
「え?」
スタスタとお兄さん達の所に歩いていくシュヴァイン。
僕、シアンちゃん、ヤマトでなんだなんだと見守る。
彼は屈んで、丁度顔を上げかけたリーダーさんの顔を掴みもう一度地面とごっつんこさせた。
痛そう。
「……」そのまま無言で腰に手をやり、すらりと細身のナイフを取り出した。
そう、こいつもナイフをもっているのだ。
一本のみのシアンちゃんと違い、おそらくは何十本も。
シアンちゃんとシュヴァインで銃刀法違反コンビと名付けてもいい気がする。
しかし半年前、その違反コンビに助けられたのだから強くは言えない。
「で、だ。お嬢ちゃんへの悪口をまず謝ろうか」
「な…なんでそんなこと」
ナイフが閃いて、リーダーさんの顔のすぐ横に突き刺さった。
いっさいがっさい容赦ない。
「ま、私情なんだけどな。俺は人を見た目で判断する奴が嫌いなんだ」
「……そうなのか?」
「……そうでもないよ」
「そこ黙ってろ」
聞こえてたか。
「人の外見に触れるのはあまりよろしくないんだが、知らないか?」
「知らないし興味も―――」
「そうか、残念だ」
シュヴァインは地面に突き刺さったナイフを抜いた。
「お嬢ちゃんがいるから過激なことはできないが……ちょっと、外見変えてみるか?」
恐ろしい悪魔の言葉だった。
「皮膚を少しずつ剥ぐとか、鼻とか耳削ぐとか。安心しろよ、死にはしない」
その間僕はシアンちゃんの耳をしっかりガードしていた。
教育に悪いだろうが馬鹿。
昼からこんなことするような非常識なやつじゃないからただの脅しだろう。
なんかシアンちゃんが照れていた。
「嘘だろオイ…そんなことしたことあんのかよ」
「本当だ。あと悪いが、今あげたこと――」
シュヴァインはふと表情に陰りをみせた。
「―――何度か経験、あるからな」
どちらなのかは、知らない。
それは詮索しないほうがいいのだろう。
「やられたくないならお嬢ちゃんに今すぐ謝って、あと誰に頼まれたのか言え」
「ひぃっ…す、すいませんでしたー!」
土下座のような形で叫んだ。
一時的にシアンちゃんの耳を解放する。
「あ、ああ……」
ものすごくドン引きしていた。無理もない。
「次のステージに移ろうか。指図したのは誰だ?」
「しらねえ!」
「ふーん」
「待て!これには長い話があって!」
「長い話嫌いなんだよ。要点だけまとめろ」
サドっぷりがすごい。
…御愁傷様だ。同情はしないが。
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パトロールしていた警察にお兄さん達を任せて、公園から移動している途中。
「奇妙な話だな。普通、見も聞きもしないやつの言うことなんて聞くか?」
もっともな、小学生らしい意見だった。
「大金がちらつかれていればああいうゴロツキは簡単に動くんだよ」
シュヴァインが手をヒラヒラさせながら続ける。
「しかも、『抵抗すればなにしてもいい』って言ってたそうだからな」
ボコボコにできるし礼金は入るしで、ストレス解消と小遣い稼ぎにはもってこいだ。
「失敗しても身バレしないように、他の人を使ったんだね…」
「地位のある人間か、表沙汰になると困る人間だろう」
指図した人はなんとなく予想がついている。
あの時、インターホンに出た人。
やっぱり僕の顔を見られたんだと思う。
その『黒猫を抱えている男(僕)』を探しだしてヤマトを奪い取らなくてはいけなかった理由。
ヤマトは狙われている。
かなり強引な方法で手にいれなくてはいけないぐらいに。
何回目かの、疑問。
なんでだ。
「俺は先輩と仕事いかなくちゃいけないから離脱だ」
「あ、うん」
「いいか、危険な目にあったらさっさと逃げろよ」
釘を刺された。
シュヴァインを見送って、無謀にもまたマンションに行こうとなる。
また刺客を送ってくるのだろうか。そしたら…もう事務所に帰ろう。僕はともかく、シアンちゃんが危ない。
パトカーとすれ違った。
パトカーとすれ違った。
パトカーとすれ違った。
「……あれ?」
一度にずいぶんパトカー走るな。
「にく、あのパトカー…」
ナァーと同意するようにヤマトが鳴いた。
パトカーの向かう先にはさっきのマンション。
嫌な予感しかしなかった。