副会長と僕と窃盗事件 9
浮遊感は長くはなかった。
まだ飛び残していた余りの階段にダイブする。
優しく受け止めてくれることもなく、重力の厳しさを身体全体で知る羽目となる。
「ぐへあ!」
なんとも間抜けな悲鳴が僕の喉奥から飛び出た。
踊り場に転がり落ちて、うつぶせの状態で止まった。
床が冷たい。
転がったからか目がクラクラする。
「う、うわぁああー!」
階段上から叫び声。そして駆け足で逃げ去るおと。
まさか僕が死んだとでも思ったのだろうか。
舐めないでほしいものだ。これしきのことで死ぬわけ…ありそうだな。
起き上がろうとして、右腕と左足首に違和感を感じた。捻ったかヒビが入ったか折れたか。
命があるだけ結果オーライ、か。できれば階段から突き落とされたくもなかったけど。
「……」
ヒタリと別の足音。
誰だろう。
「……死んだか?」
昨日の不良君の声。
確認のためだけに発された言葉。
ひた、ひた。
慎重そうに近寄ってくる。
「いいや、まだだよ」
「ひっ」
十分に彼がそばに寄ったところで、不意打ち的に口を開いてみた。
なかなか期待通りに驚かせられた事実に満足する。
あー、立ち上がることが億劫だな。それでも無理矢理に身体を鞭打って上体を起こす。
「君が主犯…でいいのかな。あいにく、今回そこまで推理していないんだ」
横道に逸れすぎたんだよね。
無駄骨というかなんつうか。
「オ…オレはお前のこと落としてなんかないぞ!」
「うん、君は落としていない。でも落とさせたのは誰だい?」
「オレは何も知らねーよ」
「そう。なら、それでいいよ」
確信はあるが、いかんせん証拠はない。
想像だけで犯人当てなんて今時探偵小説ですら流行らない。
あの僕を突き落とした少年が罪の意識に耐えきれず、誰かに自首しにいったら彼の人生も終了だろうし。
生徒会副会長が尋問してるなら同じく。
「……そうだ。財布、返してくれない?」
「あ?財布?」
「そ。僕、気づかなかったんだけど君結局返してくれてないよね」
あの財布は小銭入れとして使用していたから買い物にはあまり困らなかった。
「…んだ?クレジットカードでもあったのか?」
「家族写真だよ。返してくれ、あれ大切なんだ」
「はぁ?あんなもん財布ごと捨てたよ」
「………すてた?」
捨てた?
目の前が真っ白になる。
「嘘だろ?」
「マジだよ、マージ」
嘲るような声が上から降ってくる。
僕が狼狽していて面白いに違いない。でも、いまはそれどころじゃない。
「教えろよ…どこに捨てた」
「誰がそんなもん…っ!」
立ち上がる。
不良君の胸にしがみつくようにして制服をつかむ。
「おま…足が変な方向に…」
「君が…君が、窃盗犯だとか、人を使って僕をころそうとしたとかは今はどうでもいい」
「は、離せ……」
「あれはみんなで撮った最後の写真なんだよ!今すぐ吐け!」
強く揺さぶる。
何か言っている。
頭がこんがらがる。
思考がバラけていく。
階段のように考えを積み上げられない。
「カルネ君!?」
鋭い声。階段の下に視線をやると、ムトンさんが立っていた。
「今、数人が職員室に自首してきてその人が主犯だって言ってたって…」
「…そう」
「なにを…しているのよ。そんな顔して」
「家族写真を捨てたんだって」
「家族写真?」
「大切なものなんだ…大切なものなのに今まで忘れていたなんて馬鹿馬鹿しいけど」
やっとあれに依存しなくて済むようになっていたし、最近は考えることが多すぎて記憶の隅に押しやっていた。
「付き合ってられっかこんな茶番劇!ちぃっ、あいつら裏切りやがったな!」
思いきり悪役の台詞を吐いて逃げようとした。
その時に生活指導担当の先生が騒ぎに気づいたのかやってきて、不良君に気づいて取っ捕まえる。探していたようだ。
「おい、なんだ、なにされた」
「後で話します…保健室行きたいので」
「……そうか。ほら、こい!お前に用事だ!」
「ちくしょう、離せ!離せよ!」
しょっぴいていった。
ムトンさんが慌てて階段を登り僕を抱きとめる。
「足、折れてるじゃないの!」
「ん、ああそう?」
「痛くないの!?」
「さあ…?」
僕が首を傾げると、なぜだかムトンさんは酷く泣きそうな顔をした。
すいません、ちょっとぐだりました。