副会長と僕と窃盗事件 7
ルイス・キャロル原作『不思議の国のアリス』の主人公、アリスはご存知の通りウサギを追いかけて穴に落ち、ワンダーランドへたどり着く。
元々はルイス・キャロルの娘アリスに聞かせた話だとか彼は少女趣味だったとかは今は関係ない話だろう。
追いかけるという行為は一緒なのにどうして僕はアリスより待遇が悪いのだろう。
挙動不審な少年を追いかけたら裏路地に来てしまい不良っぽい人に襟を掴まれてまさにデンジャラスワールドへと突入はしているが。
ファンタジーというには些か物足りないが、命の危険を感じるには十分すぎる。
どうしてこうなった。
「…お金なら持ってないよ?」
ため息まじりに不良の手の中に収まる僕の財布を横目で見ながらあらかじめ忠告しておいた。
彼は慣れた手つきで片手を使い財布を開け、確かに何もないことを確認すると
「チッ、この貧乏が。死ね」
うわぁすげー理不尽だ。
「それで、何か用かな。お友達になりたくて近寄ったわけじゃなさそうだし」
というかカツアゲから始まる友情とか週刊少年ジャンプでもないだろう。
むしろ読んでみたい。
僕のその言葉に不良くんは露骨に眉をしかめて痰を吐いた。タバコ吸ってるな、こいつ。
「誰がお前みたいな奴と友達になるかこのボッチ」友達が少ないことは弁解が不必要なほどにその通りだけど正面切って言われると心に深刻な傷を残すね!
「僕は狭く深く付き合う主義でね。……で、話は戻るけど」
「俺に馴れ馴れしく口利いてンじゃねぇよ!」
最後まで聞いてくれずに左頬に拳を食らわせてきた。
流れ的に右頬も差し出さないといけないんだろうけど、僕はそんなに殴られたがる性格じゃない。
「クズといわれたのは初めてかもな……」
全く関係ない話だけど、葛餅はおいしい。
きなこと黒蜜をたっぷりとかけるのかおいしく食べるコツ。
「それより早く話を終わらせようよ。僕も夕飯の準備しないといけないんだ」
「な……」何故か絶句していたけどなんだろう。
僕が夕飯作ることがそんなにショッキングだったのか。
「っらぁ!」
留めなのかなんなのか、また左頬を殴られた。
なんだなんだ、右頬がやけに優遇いいな。相手が右利きだからだろうが。
「殴りまくってもモンスターじゃあるまいし金貨なんか出てこないよ?」
「うるせぇ!うるせぇよ!なんでだ!なんでお前――」
不良君が良く分からないことを怒鳴り、更に殴り付けようとした時。
「路地裏で天下武道会なんて流行りませんよ?」
本当にタイミング良く、声がした。
しかしその声は絶対零度を思わせるほどに冷たい。
不良君と共にそちらに目を向けると、一人の少女が視線の先に佇んでいる。
おかっぱに近い長さの、真っ黒な髪。左右には紅色の細いリボンの髪飾り。
幼い顔つきに合わぬ冷ややかな光を灯した左目。
右目を隠すガーゼと包帯で出来た真っ白な眼帯。
「…君は」
マゼンタちゃんだった。
シアンちゃんの友達。
刑事のアスマルトさんの妹。
達観しきったような思考の小学生だ。
「これはこれは、お久しぶりですねお兄さん」
ペコリと礼をする。
あえていつもの『カルネのお兄さん』と言わなかったのは気遣いだろうか。名前を知られると困るだろうという意味での。
次に顔をあげたときには完全に彼女の瞳からハイライトが消えていた。いかん、口攻めが来るぞ。
「それで、何をしているのでしょうか。何も知らないわたしから見るとどうもあなたがそちらのお兄さんを苛めているようにしか見えないのですが。例えばそのお兄さんが先にあなたを怒らせたとしても、あなたが先に手を出してしまったわけですが。え?なんで分かるか?ヘタレなお兄さんがあなたみたいな怖い顔のつくりをした人を殴るわけないですから。何故ならヘタレですし。まあそんなヘタレさんでもわたしの大事で大切な友人の知り合いですからね、助けなくてはいけません。言いたいことも言ったのでさっさとその人を解放してくれませんか?」
驚くべきところは、まるで暗唱文でも唱えるように一切のつっかかりなくスムーズに言い切ったことだ。
あとさりげなく僕を貶してはいるがいつもの彼女だ。言葉の刃が心にブスブスくるぜ。
「……なんだよお前は」
「破壊神コンビが一人、マドンナです」
さらりと偽名を言った。
「は、破壊神コンビだと!?」
サッと不良君の顔色が変わった。
どんだけ知名度あるんだよ。
「別に信じても信じなくても構いませんよ」
ただ、とマゼンタちゃんは続ける。
「――『破壊神コンビを無断で名乗るものには制裁が下る』というのはご存知なら話は早いですが」
「っ――チッ、電波女に根暗男か、お似合いだな!死ね!」
そういって僕を突飛ばしマゼンタちゃんのいる裏路地の逆の方向へと消えた。
「……ありがとう」
「いえ。たまたま寄っただけでしたし、イライラしてましたから丁度いいストレス発散でした」
ちなみにこの子は小学生だ。
「ところで、破壊神コンビってそんなヤバイの?」
「さぁ?今みたいにボコボコにされてる人を助けているうちに忌避されるようになりましたね」
「…やりすぎないようにね」
さて、と立ち上がる。
あの少年も不良君も、僕と同じ高校の制服を着ていた。
となると窃盗の犯人となんらかの関係がある、かもしれない。
少年には明日会い次第話を聞いてみよう。学校に来ていたらの話だが。
「そういえば、シアンちゃんは?」
「今日は別行動なんです。だからあの人が襲いかかってこなくて本当に良かった、わたしは貧弱ですから」
「……。まず自分の身を第一に考えようね?まだ小学生なんだし」
「カルネのお兄さんには言われたくありません」
苦笑いされた。