副会長と僕と窃盗事件 2
「熱心なのね」
五時になり、図書室が閉館となったので追い出された後ムトンさんがそんなことを言った。
「何が?」
「勉強。まだテストまで二週間以上もあるけど?」
「奨学金暮らしのカルネッティだからね。それなりに成績は取らないといけないんだ」
「カルネッティて」
呆れたようにツッコまれた。事実なんだからしょうがない。
「評定平均3.0越えているなら、大丈夫なんじゃない?」
さすが特A。
奨学金とかの知識もちゃんと兼ね揃えているんだな。
それか特Aじゃなくても常識的に知っているものなのかな。
「まあそうなんだけどさ。それなりに優秀なら就職有利だろうし」
部活といい生徒会活動といい一切やっていないためにそういうところでカバーしなくてはいけないのだ。 これで成績もアレだとすごい無気力な奴だと思われてしまう。半年前に入院もしちゃったからその分の埋め合わせもしなくてはいけない。
「奨学金なら大学進学できるんじゃない?」
「進学は狙ってないや。あと後から返すの大変になっちゃうし」
「…そう。あなた変わったわね」
「いやだからさ、僕たちどこかで会ったっけ?」
外見が大きく変わっているから分からないのかな。
なにかヒントくれればいいのに。
「宿題。思い出すまで思い出しなさい」
んな無茶な。しかしながら抗議は一切受け付けないようだ。
流れで駐輪場までいっしょに歩いていく。
「じゃ、これからよろしくね」ムトンさんは軽やかにジョセフィーヌ(自転車、名前は今僕が決めた)に跨がる。
「まあ……よろしく」
これからも彼女とかかわり合いになることがあるのだろうか。
いやかかわり合いはあったみたいなんだけどな、僕。
とにかくも、そこでムトンさんと別れた。
学校帰りにスーパーへ寄る。
夕方のこの時間だ、そこそこに混んでいた。
タイムセールが始まったらしく、おばさん方が肉売り場で押し合いへし合いしている。
「押しくらまんじゅう大会でもしてるのかな、あれ」
はた目から見ればそんな感じ。
今日は魚の気分だったので戦場に特攻するようなことはしなかった。
爆砕確定だよ、あんなのに突っ込んだら。
「野菜買って…パンも買おうかな」
「あとデザートにはシュークリームかエクレアがいい」
「エクレアおいしいけど口の回りとか手がチョコだらけになるから嫌だ」
「幸福の裏には必ず犠牲が付き物だってやつだ、我慢しろ」
「………」
今更だ。
今更、気付いた。
自然に会話していたけど、本来なら僕は一人で来ているから終始無言のはずだ。
「でもさっき盛大に独り言呟いてただろ」
「うるせーよ、人の心理描写にちゃちゃいれんな」
斜め後ろを振り向く。
予想通り、そこにはシュヴァインが立っていた。
相変わらずのだるそうな雰囲気を醸し出している。
「…なんでお前が、こんなところに?」
「いちゃ悪いか」「別にそんなことは言ってないけどさ」
なんで奥さまたちに混じってこいつがいるのか。
時刻は五時半ちょい過ぎ。
サラリーマンならまだ上司の圧力にストレスを抱えていたり同僚の仕事のサボりっぷりにイラついたりしている頃だろう。
…サラリーマンへの偏見が半端ないな。
とにかく、探偵といえど確か事務所は六時まで勤務のはずだ。
今日は休みだったのだろうか。
僕が考えごとをしていることに気づいたのか、シュヴァインがぶっきらぼうに答えた。
「これから徹夜で浮気調査なんだよ」
少しばかりイライラしたように続ける。
「ラブホの出入り写真及び、浮気相手と行った場所、買ったものをすべて記録しろと」
「うわあ」
ご愁傷様としかいえない。
注文多すぎだろうが。どこまで決定的証拠を押さえたいんだ。
「だから簡単に食べられる夜食を買いに来たわけだ」
「そうなんだ…」
いやはや、社会人って大変だな。
そう考えると学生時代はかなり貴重だよな。机に座って授業受けてればいいんだし、居眠りだってできる。
本当はダメだけどね、居眠り。
スーパー内で話し込むのもなんなので会計を済ませて外に出る。
「肌寒いな。五月も近いというのに」
「梅雨が終われば暑い暑いいうことになるよ」
「また事務所のクーラー壊れたら俺はもうダメかもしれん」
普段弱音なんか吐かないシュヴァインがそんな弱音を吐くとは。
確かに去年のクーラー壊れた事務所は地獄だった。死ぬかと思った。
「扇風機も役立たずだったよね」
「だな。結局ライス先輩の財力で直して一件落着になったが」
そうだったのか。
ライスさん一体何者なんだろうな。
着ているスーツもなかなか上等なものだし。たたずまいも上品だし。
でも口はたまに悪いような。
「じゃあ、僕は帰るよ。頑張ってね」
「ああ」
ムトンさんの時よりもあっさりと別れる。
これが長年(二年弱だが)の付き合いの差というものなのかな。どうでもいいか。
さ、アパートに帰ろう。