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第52話:世界の輪郭

備蓄庫の冷たい床に座り込み、泥のような味の固形食を胃に収めてから数時間が経過していた。

血肉へと変換された強烈なカロリーは、エリスの衰弱しきった細胞を強制的に叩き起こし、生体回路の再起動を劇的に早めていく。

「……よし。MP15。完全回復には程遠いけれど、ローカル端末のロックをこじ開けるくらいならお釣りが出るわ」

壁に手をついて立ち上がったエリスの足取りは、先ほどまでの小鹿のような震えが消え、彼女本来の芯の強さを取り戻していた。顔色もいくぶん赤みを帯び、瞳には知的なエリートハッカーとしての鋭い光が宿っている。

「行こう、レイ。この廃墟が完全に沈黙する前に、外の世界の『地図』を手に入れるわよ」

二人は再び、ステーションの中央コンソールルームへと歩を進めた。

レイが左手首のリストホルダーで周囲の安全を照らし出し、右手の【ただの木の棒】で崩れかけた天井からの落下物を警戒する。木肌に浮かぶ青白い電子文様は、まるで二人の門出を祝うかのように、規則正しい明滅を繰り返していた。

コンソールルームに到着すると、エリスは迷うことなくメインパネルの前に立った。

ひび割れたモニターと、埃まみれの物理キーボード。彼女は深く息を吸い込み、回復したばかりの微かな魔力を指先へと集中させる。

「システム外の遺物相手に、王都の優雅なコードは通用しない。……力技で物理回路を繋ぐわ」

カタッ、ターンッ!

激しい打鍵音とともに、エリスの指先から微弱な青白い放電が走り、キーボードの隙間を通ってコンソールの基盤へと直接流し込まれる。物理的なハッキング。長年の風化で断線していた内部の配線を、魔力のスパークで強制的にバイパスし、眠っていた旧時代の情報ストレージを叩き起こす荒業だ。

「っ……、やっぱり、ノイズが酷い! でも、地形データのキャッシュ、見つけたわ!」

モニターの画面が激しく明滅し、緑色の文字列が弾け飛ぶように展開される。

やがて、ノイズだらけの画面上に、無数の等高線とグリッドで構成された広大な「地図」のホログラムが、不完全ながらも空中に投影された。

王都の箱庭にいた頃、彼らが知る世界は美しく整備された円形のドーム内だけだった。

だが、今目の前に広がるのは、ひび割れ、無残に引き裂かれた荒野の広大なトポロジーだ。点在する中継ステーションの大半は「沈黙(オフライン)」を示す赤色に染まっており、この外の世界がいかに死に絶えているかを無言で物語っている。

「これが、私たちが放り出された現実……。王都のドームは……ここね。私たちがいるこのステーションから、遥か南東」

エリスが指し示した先には、巨大なノイズの塊のように表示された王都の座標があった。システムが強固すぎるゆえに、外側からは完全にブラックボックス化している。

レイは冷徹な眼差しで、投影されたマップ全体を【確率演算】の思考でスキャンしていく。

地形の起伏、廃墟の密集度、そして水源となり得る旧時代の地下水脈の痕跡。生き残るためのルートを瞬時に幾つも構築する中、ふと、彼の左手首がピリッと熱を持った。

リストホルダーに収められた【** ????? **】のカードと【白紙のエラーカード】。

それらが、マップ上の「ある一点」に呼応するように、微かな脈動を始めたのだ。

「……エリス。ここから北西、この空白のセクターは何だ」

レイが指差した先。そこは他のオフラインの廃墟とは異なり、マップのデータ自体がすっぽりと抜け落ちたような、不自然な「黒い空白」になっていた。

エリスは素早くキーを叩き、その座標の残存ログを極限までサルベージする。

「データが欠損してるんじゃないわ。……強固なプロテクト。王都とは違う、未知の暗号化フォーマットで座標情報そのものが隠蔽されてる。旧時代の呼称は……『第零アーカイブ』。何かの巨大な情報集積施設みたいね」

「第零アーカイブ……」

レイがその名を口にした瞬間、右手の【ただの木の棒】が呼応するように一段と強く青い光を放った。

エラーカードの脈動と、進化を待つ木の棒の反応。

システムに見捨てられたこの荒野において、そこが単なる廃墟ではないことを、レイの直感と異端の装備たちが告げていた。

「決まりね。王都の追手から逃れつつ、私たちが生き延びるための手がかりを探すなら、そこしかないわ」

エリスが不敵に笑い、最後のエンターキーを叩き込む。

抽出されたマップデータが彼女の脳内ストレージへとダウンロードされた直後、限界を迎えていたコンソールの基盤が完全にショートし、モニターは音を立てて沈黙した。

「……ああ。次の目的地は決まった」

レイは踵を返し、洞窟へ、そしてその先の果てしない荒野へと続く扉を見据えた。

食料と水、そして不完全ながらも「世界の地図」を手に入れた二人。もはや彼らは、ただシステムから弾き出されただけの迷子ではない。自らの足で外の世界を踏み荒らす、確かな意志を持ったサバイバーだった。

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