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ただ、愛されたかった。

作者: ありま氷炎
掲載日:2026/05/17

 ただ愛されたいだけだった。

 彼に。

 だけど彼が好きなのは、私の姉だった。


 薬を盛って、私は彼を寝取った。

 正気に返って、彼は私を拒絶したけど、もう遅い。


 姉はショックを受けた。

 両親は私を詰ったが、彼の両親はちょっと違った。

 私が彼の子を孕んでいる可能性があるとかで、彼の婚約者が私にすり替わった。


 姉は気持ちを切り替えるために、母の両親のいる隣国へ留学した。

 そこで彼女は王子に見染められ、そのまま結婚。


 私は、結局子を成してなかったけど、私が仕掛けたとはいえ、彼は姉を裏切った形になったので、そのまま私と結婚。

 だけど、家は彼の弟が継いだ。


 私と彼は家を追い出され、暮らすことになった。

 私も彼も貴族として暮らしていただけで、生活力がなかった。

 生活が困窮するのは早く、彼は私を娼館に売った。

 人さらいのようなものだった。

 悲鳴を上げても誰も助けくれなかった。


 娼館は酷い場所だった。

 客も酷かったけど、いわゆる同僚である娼婦たちも私に冷たかった。

 姉の婚約者を寝取った話は広がっていたこともあるし、私が貴族であったことも彼女たちは気に入らなかったみたいだ。


 心が壊れていき、体もとうとう壊れてしまった。


 寝たきりの暮らし、食べ物をなくなり、いよいよ死ぬかなと思い始めた時、訪ねてきた人がいた。

 それは姉だった。


「ソニア!」


 嫌われていると思っていた。

 再会したら、きっとざまあみろって言うはずだと思っていた。

 だけど、姉は泣きながら私を抱きしめた。


「なんで、こんなことに。私はあなたがこんな風になることを望んでなかった」


 姉に拾われ、私は娼館から救いだされた。

 お医者さんにもう治らない病気で、先は短いと言われた。

 自業自得だと思う。

 私は笑う。


「なぜ、笑う?」


 医者は訪ねる。


「だって、おかしいでしょ?」


 医者は顔を顰めた。


 私は嫌われ者。

 誰にも好かれない。

 だから死んで当然。


「食べろ」


 医者はそんな私に食事を進める。


「いらない。どうせ死ぬんでしょ?」

「少しでも生きたくないのか?」

「うん。もう死にたい。楽に死にたい」

「……死ぬ前にやりたいことはないのか?」

「ない。あ、」


 誰かに愛されたい。

 そんな馬鹿な望みを言いそうになって口を閉じた。


「なんだ?」

「なんでもないわ」


 それから毎日医者は同じ質問をする。

 その後に無理やり私の口に甘い何かをスプーンで食べさせる。

 とても甘くて、それだけは咀嚼してしまう。


「美味しいか?」


 うん、と言いたいけど何か悔しくて言えない。

 

「ソニア。死ぬ前に何かしたいことは本当にないのか?」

「……ある。っていうかしてほしいことがある」

「俺にできそうなことか?」

「愛してほしい」


 そう答えると医者は黙った。 

 そしていなくなった。


「ソニア、これをやる」

「花束?」

「愛するってことは俺にはわからん。だけど愛する人には花束を贈るものだと聞いたから」

「ありがとう」


 彼は私を愛していない。

 だけど、努力しようとしてくれたことが嬉しくて涙がでた。


「ソニア」

「ありがとう。ううん。十分」


 私が勝手に愛して、姉から奪った彼は私に花束なんてくれなかった。

 当たり前。

 彼は私を愛していなかったから。

 店の客も誰一人花束なんてくれなかった。

 それは当然。

 お客だから。


 彼は花束をくれた。

 私の「愛してほしい」という願いをかなえようとして。


「あの、お姉様を呼んでもらってもいい?時間がある時でいいから」

「いいぞ」


 翌日には、姉は訪ねてきた。


「お姉様。本当にごめんなさい。私があなたの人生を変えてしまった」

「ソニア。謝らなくていいの。今、私幸せだから」


 姉は微笑む。

 愛されている人は違う。

 ドス黒い感情がジワリとしみだしてくる。

 だけど、ふと私に視線を向ける、彼を見たら、その感情が引っ込んだ。

 彼は優しい目をして私を見ていた。

 

 それから、私は食事をとるようにした。

 彼が来たら、できるだけ話をしようとした。

 彼の話を聞こうとした。


「……もう」


 二か月後、私はベッドから起き上がれなくなった。

 寝る時間が多くなって、現実と夢の区別がつかなくなった。


「ソニア」


 彼が優しく私の名を呼び、手を握る。

 夢、きっと夢。


「ソニア。愛してる」


 そんな彼の声が聞こえた気がしたけど、きっと夢に違いない。


「……ジーノ」


 彼の名を呼ぶ。


「あ、りがとう」

 

 彼が私を愛してくれている、そんな幻想を持たせてくれた彼には感謝しかない。


「ソニア。目を開けろ」


 耳もとではっきり声がして、目を一生懸命開けた。

 彼は直ぐ傍にいた。


「ソニア。君は愛されていた。この俺に」

「う、そ」

「本当だ。最初は本当に嫌な女だと思ったけど、君と話しているうちに気持ちが変わっていった」


 ぼんやりと見える彼はまっすぐ私を見ているみたい。

 表情までわからない。

 きっと、彼は私がもう死ぬと知ってるからそんなこと言ってくれている。


「あ、ありがとう」


 私は愛されたかった。

 彼はその願いを叶えてくれようとしている。


 ありがとう。

 私は色々な人に迷惑をかけてきた。

 愛されないのは当然。 

 だけど、彼は同情からか、私の願いを叶えようとしてくれてる。

 ありがとう。

 その気持ちだけで私は救われた気がした。


 気が遠くなり、彼の顔が見えなくなった。

 だけど、手を握ってくれている彼の温かさ、優しさは伝わってくる。


 ありがとう。ジーノ。


 愛されたかった。

 それだけで、私は行動を起こした。

 最後は惨めに死ぬだけだったのに、最後の最後で彼は私に優しさをくれた。

 それは愛、って言ってもいいかもしれない。


(完)

 


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