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きんたまが捻れて共テを受けられなかった話

掲載日:2026/05/08

 高校三年生の冬、同級生たちが血眼になって赤本を開き、瞳孔をバキバキに開きながら単語帳をめくっている中、私は己の才能という幻影を信じ、瞳を閉じてグースカと爆睡をかましているマヌケ受験生だった。



 当然のことながら、模試の判定は常にE。しかし私はこれを、エクセレントのEだのエレファントのEだのと言ってガハハと笑い飛ばしていた。



 この頃の私の自己肯定感は須弥山よりでかく、「本番のプレッシャー強いタイプだから」「マークシート方式なら25%は必ず取れる。そこに直感をプラスすれば125%」という、もはや新興宗教ですらドン引きのポジティブシンキングを振り回していた。



私は自らが生み出した狂気の教義で精神の安定を保ち、むしろ、カリカリと焦りながら勉強している周囲を見て「あんなに必死になって、心に余裕がないな。受験はもっとこう、メンタルスポーツなのに」と、謎の上から目線すら持ち合わせる天上天下唯我独尊の勘違い野郎として君臨していた。



 しかし、お釈迦様はそんな舐め腐った怠惰な人間を見逃さない。 世俗と煩悩にまみれたマヌケに強烈な竹篦返しが下ったのは、共通テスト本番を目前に控えた1月の初旬だった。



 その日の朝、布団の中で目覚めた私は、顔面、とくに顎への違和感に気付いた。まるで顔の下半分に、見えない重りがぶら下がっているような奇妙な感覚。口を開けようとすると耳の付け根あたりにピリッとした鈍痛が走る。寝ぼけ眼をこすりながら洗面所に向かい、鏡を覗き込んだ瞬間、私は自分の顔を見て息を呑んだ。



 なんと顎のラインが消滅していたのだ。何度目を擦っても変わらない。洗面所の鏡に映っていたのは、両頬に肉まんを忍ばせて密輸を試みるも、あえなく税関で発見され呆然としているような、間抜けで輪郭の崩壊した不審な男だった。



 そういえば、身体全体も肉まんのように熱い。慌てて体温計を脇に挟むと、無慈悲にも38.9という数字が点滅しているではないか。



 熱のせいなのか、両頬の肉まんのせいなのかは分からないが、とにかくフラフラと千鳥足になりながら、私は近所の小さな内科医院へ駆け込んだ。



 親切そうな白髪の老医は、診察室で私の顔を見るなり深くため息をつき、非常に哀れみを含んだ声で診断を下した。



 「流行性耳下腺炎。おたふく風邪だねぇ……この時期に大変だねぇ……」



  老医は私の目ではなく、パンパンの奇妙な頬を見つめながら、心底同情してくれた。パソコンをカタカタといじったあと、老医はまるで哀れな若者の未来を悼むかのように、胸の前で小さく合掌すらしてみせた。



 その時である。私の腐りきった脳髄はここで悪魔的な閃きを得た。



(……待てよ? )



 もはや頬の肉より小さいと思われる私の脳ミソはフル回転を始めた。



(これ診断書を出せば本試験は免除で、2週間後の追試験に回れるのでは……?)



 その事実に気づいた瞬間、私は歓喜した。目の前の老医も、まさか哀れな患者が心の中で激しいサンバをキメているとは夢にも思うまい。



 本試験までの残り日数はごくわずかだった。しかし、この追加された2週間という時間さえあれば、これまでの怠惰な日々を完全に清算できる。



ここから怒涛の追い上げを見せることで、判定もアンニュイのEからアメージングのAへと一気に引き上げることすら、いとも容易く可能になるはずだ。



現役生は試験当日の朝まで伸びるという。ならば今の私には、当日の朝がさらに14日分もプレゼントされたのと同じである。私はまた新興宗教的ポジティブシンキングを振り回した。



 帰宅後、ベッドの中で氷枕に頭を乗せながらひとりほくそ笑んだ。



 「ふふっ、みんな寒い中ご苦労なこった。私はこの暖かい布団の中から、高みで見物させてもらうよ」



 私の腫れ上がった不格好な顔には、勝利を確信した将軍のような、底知れぬ余裕すら漂っていた。



 しかし、ウイルスというのは、数億年の進化の歴史を持つ恐るべきものである。単細胞な私の浅ましい計算や思い上がりなど全てお見通しだったのだろう。



 顔面で暴れ回っていたおたふくウイルスたちは、あろうことか、私の体内を急激に南下し始めたのである。



そして彼らが侵略の標的に選んだのは、よりにもよって、私の身体の中で最もデリケートであり、男の尊厳そのものである器官だった──



 発症から数日後。熱もピークを過ぎ、顔の腫れも少し引き始めたことで「なんだ、おたふく風邪なんてこんなもんか」と完全に油断し、ベッドで寝転がりながら漫画を読んでいた時のことである。



下半身に、これまで経験したことのない奇妙な違和感を覚えた。なにかこう、股間に重力が発生しているのだ。



恐る恐るパンツを下ろして確認するとそこには、普段のちょこんとつつましくも、凛々しく鎮座しているはずの愛らしい玉の姿はなかった。



 そこにあったのは、まるでニュートンのリンゴの如き立派な赤黒く熟れきった巨大な玉であった。そう、ムンプス精巣炎の降臨である。



 ムンプス精巣炎、おたふく風邪のムンプスウイルスが血流に乗ってきんたまに炎症を起こすという、男子特有の地獄の合併症。



 そう説明するのは、泌尿科の医者。彼は私の目ではなく、立派に育ち上がったリンゴのようなきんたまをじっと見つめながら、心底同情し、そして絶対的な安静を命じた。



「いいかい、絶対に動かしちゃダメだ。とにかくじっとしていること」



 その日を境に我が家の空気は一変した。



 家族は、股間を腫れ上がらせガニ股で歩く受験生に対し、腫れ物に触れるように(まあ物理的に腫れ上がっているのだが)振る舞い、とにかく奇妙な気遣いを見せ始めたのだ。



 夕食の食卓には、どう考えても受験生向けではない、妙に精のつくウナギの蒲焼や、山盛りの山芋のすりおろしにニンニクのホイル焼き、果てはスッポンの生き血までが、無言で私の前に供された。



誰も股間のことには直接触れないが、股間への無言の激励がそこにはあった。



 しかし、そんな家族の優しさもスッポンも虚しく、痛みはジリジリと続き、日常生活は困難を極め、歩くときはスパイのように空気を揺らさず、座るときはパラシュート降下作戦のようにに狙いを定めることを求められた。



追試験に向けた2週間の猶予? 怒涛の追い上げによる奇跡の逆転合格? そんなものは完全に脳内から消し飛んだ。



今、私にとって太陽系の中心は、太陽ではない。この赤黒く腫れ上がった二つの球体である。



私はベッドの上で重力と布の摩擦という物理法則すべてを恨み、ニュートンやらガリレオ・ガリレイなんかも憎んだ。



 気づけば追試験の日は、もう明日にまで迫っていた。



人間の適応能力とは恐ろしいもので、この頃なると最大時には木星くらいの大きさだったそれは、天王星くらいにまで収束し、痛みも、ゴリラがギリギリと締め上げられている状態から、機嫌の良いチンパンジーにほんのりと握られている程度にまで和らいできた。



 地獄の底から、ようやく光が見え始めたのだ。明日はがに股ではなく、普通股で試験会場へ向かうことができるだろう。



 しかし、人間という生き物は、本当に弱く、そしてトコトン愚かなものである。少しでも苦しみから脱すると、一気に油断が生じる。



数日間にわたる極度の緊張状態、患部を守るためのストレス、安静により溜まった「それ」。全てが結びついてしまったのだ。



 「絶対に安静に」医者の顔が脳裏を赤信号のように明滅した。しかし、画面越しに広がる魅惑的な女体の映像を前にすれば、白衣のおっさんの顔など一瞬で宇宙の彼方へ消え去った。



家族が食べさせてくれたウナギやスッポンの過剰なエネルギーが、ここに来て大暴走を始めたのである。



 私は、己の肉体と向き合う行為、生命の神秘と向き合う行為へと及んだのである。しかし、この時の私のストロークが少々……いや、かなり過激すぎたようだった。





 鬱憤を晴らすかのような私の過酷かつ情熱的なエイトビートの律動。昂る肉体。燃える心。内部の精巣フロアは縦ノリ状態へと突入した。狂喜乱舞、有頂天外、サンバビバサンバの我がきんたま。その時である。









「──?!!!!!!????」








 世界が反転した。

 いや、反転したのは世界ではない。私のきんたまだ。






  あろうことか、私のきんたまは、その激しいストロークの勢いに乗って自らアクロバティックなツイストをキメてしまったのである。きんたまがグルンッと捻じれたのだ。医学用語で言うところの精巣捻転の発生である。



 痛みの次元が違った。ムンプス精巣炎の鈍痛が耳元で飛ぶ蚊の羽音だとするなら、今の痛みは耳元で鳴らされる100個の黒板をひっかく音である。



あまりに絶望的な激痛。私は助けを求めて大声を叫ぼうとしたが、あまりの痛みに口から出たのは「カハッ、ヒュー……プッ……」という、それこそ本当に蚊の鳴くような弱々しい音だけだった。



 私は股間を両手で固く庇いながら白目を剥き、身体は海老反りになった。口からはカニのように白い泡を吹かんばかりの痛み。もはや自分が哺乳類なのか甲殻類なのか、その区別すらあやふやになるほどの阿鼻叫喚の地獄だった。



 共通テスト? 追試験? 大学進学? キャンパスライフ? そんな人間の概念は吹き飛んだ。今すぐこの捻じれを解かねば、私の未来の可能性は、社会的な意味だけでなく、生物学的な意味も含めて完全に途絶えてしまう。DNAのバトンがここで途切れるのだ。



 ドタバタと床をのたうち回る異変に気付き、一階から母親が部屋に飛び込んできた。



ズボンを下ろしたまま、見事な海老反りになっている息子の尋常ではない様子を見るなり、母親は悲鳴を上げた。



警察に110番通報されかねない不審な状況であったが、女の勘というやつだろう。「これは命に関わる」と察知し、即座に119番通報をしてくれた。



「どうしたの?!一体なにが?!」と叫ぶ母親に対し、私は最後の生命力を振り絞って、プルプルと震える指で股間を指差した。



 ピーポー、ピーポー。冬の夜の澄み切った冷たい空気になんとも呑気なサイレンが響き渡った。



 慌ただしく駆けつけた救急隊員によってストレッチャーに乗せられ、毛布にくるまれて救急車に運び込まれる際、騒ぎを聞きつけて家から出てきた近所の人々が、私を囲むように見ていた。



 「あらあら、受験生なのに無理しちゃって……」「可哀想に……」「気の毒ねぇ……」

周囲の反応は温かくも同情が満ちていた。



彼らは私が、深夜まで猛勉強をして過労で倒れた健気な受験生だと思っているのだろう。

違う、違うのだ。私は全く勉強などしていない。



ただ己の才能を過信して眠りこけ、ウイルスの南下を許し、最終的に己の欲望に負けて自らの器官を捻じ切った、天上天下唯我独尊、正真正銘のマヌケヤロウなのだ。



誰か彼らの誤解を解いてやってくれ。いや、やっぱり一生解かないでくれ。この恥は墓場まで持っていかせてくれ。



 救急車で病院へと運ばれる最中、激痛の波が一周回って麻痺してきたのか、私は随分と奇妙な静寂の中にいた。天井の蛍光灯を見つめながら、思考を巡らせる───




 (もしこのまま片方を失ったとして、その後の人生のバランスはどうなるのだろうか)

 (歩く時に無意識に左に寄っていってしまったりしないだろうか)

 (プールに入った時、浮力が変わって斜めに傾いてしまうのではないか。バタフライなんて打てないぞ)

 (いや、もしかしたら左翼思想や共産主義に目覚めるかもしれない)




 ──しかし、そんな私の脳内とは裏腹に、医療現場の事態は一刻を争っていた。



精巣捻転は、発症から数時間以内に手術で捻じれを解き、血流を再開させないと、組織が完全に壊死してしまうという、シビアな時間とのタイムアタックの病なのだ。



 まさにそのタイムリミットの真っ只中であったため、夜間救急病院に到着するや否や、問診もそこそこに、私は即座に緊急手術室へと直行させられた。



 冷たい手術台の感触と、麻酔科医の「眠くなりますよ」という声を最後に、私の意識は完全に途絶えた。



 目が覚めたら、すべては終わっていた。



 無事に捻じれは解消され、私の二つの球体は元の慎ましくも凛々しい姿になっていた。



 しかし、その代償として、私の大学受験の第一関門である共通テストは、本試験・追試験ともに完全なる不戦敗という形で幕を閉じた。



目が覚めたその日は、すでに追試験の開始時刻をとうに過ぎていた。



〇 

 病室の白い天井を見上げながら、私は不思議と清々しい気分だった。



 そうだ。私はテストの点数が悪くて落ちたわけではない。



おたふく風邪、ムンプス精巣炎、精巣捻転という悪魔のイタズラにより、受験が不可能だったのだ。これほどまでに完璧で、誰からも責められることのない言い訳が、この世に存在するだろうか。



否、断じてない。私は学力で敗北したのではない。神の気まぐれな運命に弄ばれた、悲劇のヒーローなのだ。



私はまたしても、独自のポジティブシンキングで精神を強引にコーティングした。



 後日、きんたまを捻じることもなく、無事にテストを終えた友人たちから

「時間がギリギリだった」「マークがズレた」

といった悲痛な愚痴を聞かされる機会があった。



 私は彼らの話を、悟りを開いた仏陀のような穏やかな微笑みで聞いていた。



 「なるほど。それは大変だったね。辛かったね」


 口ではそう優しく同情の言葉をかけながらも、私の心の中では、全く別の声がメガホンで叫んでいた。



 (時間ギリギリ?私なんかきんたま壊死へのカウントダウンしてたぜ!)


 (マークのズレ?私もきんたまがズレてたよ!)といった具合である。




 とはいえ、現代の学歴社会において、共通テストをそもそも受けられなかったというのは、中々のディスアドバンテージである。



結局、私は国立大学など受けられるはずもなく、その後に受けた私立大学の中で、なんとか引っかかった大学へと進学することになった。



 もちろん、悔やむ日がなかったと言えば嘘になる。「もっと早く勉強しておけばヨカッタ……」と枕を濡らし、また性懲りも無く情熱的なストロークをかき鳴らしてはヒヤリとする日もあった。



 しかし、人生という長く険しい道のりにおいて、時には諦めと開き直りが必要な局面がある。



 人間がどんなに完璧なスケジュールを立て、どんなに優秀な参考書を買い揃え、緻密な将来設計を描いたとしても、目に見えないウイルス一つで計画は呆気なく破綻するという不条理極まりない事態が起こり得るのが、この世界なのだ。



 私はあの冬、学力偏差値を上げることは1ミリもできなかったが、代わりに予測不能な絶望に対する耐性偏差値をカンストさせることに成功した。



 今でも冬の冷たい風を頬に感じると思い出す。



あの時の、股間に走った宇宙創成のビッグバンのような衝撃と、救急車のサイレンの音、そして母の絶望的な顔を。



そして、今日も私の下半身で平穏に機能してくれている臓器たちに、深い感謝と畏敬の念を抱くのである。



 彼らが機嫌良く、ただそこに存在してくれているだけで、今日も世界は美しい。

ポジティブシンキングでなく、純粋にそう思う。

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