第2話 目黒和也の気持ち
◇和也◇
え?
手!
手!
手!
萌亜さんが、僕の手を握っている!
ううん、違う、勘違いしちゃだめだ。これは手を握るのでも手をつなぐのでもなく、単に医療行為のタッチングや貴族のエスコートみたいなもの。もしくは子供同士……いや、同性の友達同士のそれであり。
恋愛的意味合いがあるわけじゃないんだ。
だって、僕は萌亜さんの彼氏じゃなくて、偽装彼氏なんだから。
でも、萌亜さんが僕に対して恋愛感情がなくても、僕は……。もうずっと前から、男よけ用偽装彼氏を高校の卒業式で頼まれるずっと前から萌亜さんのことが好きで……。
いつか本当の彼氏になれたらいいなぁなんて夢見て、萌亜さんにふさわしい男になれるように頑張っている。
高校生の時には、綺麗でスタイルもよくてその上誰にでも分け隔てなく接してくれて……。
みんなから頼られて、クラスで浮きがちなオタクな僕にも気を遣ってくれて……。
そのおかげで研究班で一人になることも、遠足で一人になることも、掃除を押し付けられることも、ノートに書いていたイラストをいじられることもなく高校生活を送ることができた。
2年生の夏休みからずっと片思いしていたけれど、どうにもならない相手だというのは分かっていたし、どうにかなりたいとも思っていなかった。
高校を卒業したらそれっきりで、何年かに一度、同窓会で会うことがあるかどうかだと思っていたのに。
まさか、卒業式の日に、「彼氏がいるって言いたいんだけれど、かずっちの名前出してもいいかな?ほ、ほら、合コンとかメンドクサイの断りやすいじゃない?」と言われるなんて。
男除けのための偽装彼氏に任命されるなんて!
何で僕が?
分かってるよ。他の男子だと本当の彼女がいたり、彼女が出来たりするとややこしくなるからだよね。オタクな僕なら彼女はいないだろうし、この先も彼女ができるわけないと思っての指名だよね。
「も、もちろん、いいよ」
と答えると、萌亜さんの顏がぱぁっと明るく輝いた。
ああ、もうこの顏が見られただけで本望です。かわいすぎて今すぎ抱きしめたい!けど、抱きしめたらきっとぎゃーって叫ばれるし、「そんなつもりで偽装彼氏を頼んだんじゃない!」ってほっぺた叩かれるのが落ちに違いないと、耐えた。
でまぁそれから「彼氏と遊園地に行った」とか「彼氏とLINEしすぎて寝不足」とか「彼氏とボーリング勝負」とか言うためにと、まるで本当に付き合っているかのように、何度も会って偽装彼氏役を全うしているんだけれど……。
時々本当に困る。
こうして手をつないで……いや、手を引かれている時も、僕は心臓が破裂しそうだ。
このまま腕を引っ張って、腕の中に萌亜さんを閉じ込めたいなんて想像しちゃうし。
嫌われたらおしまいだ。
高校生だったどうにもならないとあきらめていた僕とは違うんだ。
萌亜さんにふさわしい人間になって、告白するつもりだ。そのためにた働きながらも勉強は続けてる。
その努力を自分でぶち壊すわけにはいかない。
さっきも危なかった……。
待ち合わせ場所に来た萌亜さんがかわいすぎて。
デニムのミニスカートに、ピンクのオーバーサイズの春ニットジップパーカー。
問題はジップを半分下ろした状態で着ている中の服だ。白いレースのついたキャミソールが見えている。
胸元が大きくあいている白いレースのキャミソールが、まるで下着みたいに見えて……。
ジッパーを下ろして、下着姿になる姿を想像して、わわわわわ!これ以上はだめだ!これ以上は!
萌亜さんは男性に「性の対象」として見られることを嫌っているんだから。
ギャルなんてみんなおつむもおまたも緩いんだろ、やらせろよと言われ、何度もいやな目にあったからだろう。
だから彼氏一筋なんでと言えるように僕に偽装彼氏を頼んだというのに。
その僕が、萌亜さんを性的な目で見ているなんて知られたら……、間違いなく嫌われる!
せっかく釣り合うように勉強中なのに、自分の一瞬の愚かな行いですべて台無しにするなんてだめだと、慌てて萌亜さんから視線をそらした。
制服が好きなの?とあらぬ誤解を受けてしまったけれど……。
なんとか危機は回避できたというのに。
手をつなぐなんて、いや、引っ張られているだけだけど。
「あ、ほら、たぶんあそこだよ!」
信号で立ち止まっると、萌亜さんが僕の顔を覗き込んんだ。
「ん?どうしたの?なんか変な顏してるけど……。あ、もしかしてかずっちもんじゃ苦手だった?ごめん、勝手に決めちゃって!」
萌亜さんの表情がくるくると変わる。かわいい。どんな顔をしてもかわいいなぁ。
「ううん。もんじゃ、食べたことないから食べてみたかったんだ」
「ほんと?よかった~。私も実は食べたことがなくって」
えへっと笑う萌亜さんもかわいい。おっと、いけないまた視線が胸元に。
店内に案内されると、店は個室に区切られていた。
「個室っ!かずっちと二人っきりだ!」
萌亜さんの言葉にびくりと心臓が飛び上がる。
「どうしよう」
かなり動揺しているように見える。
個室で二人きりになったら、悪さするように見えるのかな?紳士的にふるまっていたつもりなのに……。
「周りの人が焼いているのを見ながら真似しようと思ってたけど、かずっちも私ももんじゃ焼いたことないのにどうしよう……」
あ、そっちの心配?
僕は、ポケットからスマホを取り出して、ポチポチと高速検索。
「動画見ながらなら大丈夫だと思うよ」
「そっか!さすがかずっち!」
スマホの画面を向かい側に座る萌亜さんに向けると、画面を見ようと前のめりになった。
「危ないっ!」
萌亜さんの長い髪が肩から落ちて鉄板にかかりそうになった。とっさに萌亜さんを押して向こう側に軽く手で押した。
「あっ」
萌亜さんが椅子の背に体を預け、胸を押さえて真っ赤になっている。
え?まさか……!
さーっと青くなる。
胸を、僕は押してしまった?のか?
軟らかかった。でも、必死過ぎてそれしか覚えていない。
「ご、ごめん、わ、わざとじゃなくて、髪が鉄板で焼けちゃうと思って、その、綺麗な髪が……あの……」
どうしよう、嫌われる、軽蔑される、胸を触っちゃうなんて……!
「くふっ」
萌亜さんが噴出した。
「あははは、これ、ラッキースケベって言うんでしょ?」
え?た、確かにラッキースケベだけど、ラッキーなんて気持ちはゼロだよ。嫌われる恐怖心しかないっ!
「奈々ぴょが漫画見ながらラッキースケベなんてあるわけないじゃん、現実にさぁ、わざとだよ、絶対わざと!って怒ってたんだけど」
「わ、わざとじゃないよ、本当に……」
どうしよう、信じてもらえなかったら。隙あらばラッキースケベを狙う下種野郎だと思われたら……。
萌亜さんがにこっと笑った。
「うん。しってるよ。かずっちはそんな人じゃないって。だから、本当にラッキースケベって起きるんだなぁと思ったら面白くて」
萌亜さんが鞄からシュシュを取り出して髪を後ろで軽く結んだ。
それから結んだ髪の毛の先を持って顏の前でぴらぴらさせた。
「守ってくれてありがと」
怒ってない?
萌亜さんは、それからちょっと頬を染めた。
「それから、綺麗な髪って言ってくれて、ありがと」
ずぎゅん。
心臓ひとつき。ちょっと照れた顏でお礼を言うの反則。かわいすぎ。
これ以上僕を好きにさせて、どうするつもりですか!




