ep2 カイン・フォルシオン2歳です
次に目が覚めたのは、ベッドの上だった。
どうも、こんにちは。
フォルシオン商会の三男に転生しました、カイン・フォルシオン2歳です。
自己紹介をしましたが、オレはまだ喋れません。
……ほんとだよ?
頭の中では普通に日本語で考えているのに、口から出るのは「あぁー」とか「まー、ねぇー」とか。
2語文っていうんだっけ?
ついでに、とても眠い。
完全に乳児のそれが出ている。
一応、生まれてすぐ――おそらく生後1時間くらい――からオレの自我はある。
その時にやらされた、魔法の適性検査――光れる石を触っただけだが。
その結果は、残念にも適正なし。
検査員らしき人物がこんなことを言った。
「この子、もしかしたら魂名つかないかも」
……………………
………………
…………魂名ってなに?
分からないので、周囲に耳を傾け情報収集していると、だいたい理解できてきた。
魂名とはどうやら、3歳で神ラーファから授かるもので、本当の名前になるらしい。
その名によってほぼその人生は決まるといわれている。
そして――その名があって初めて世界に認められる。
うん。ここ大事。
魂名がなかったらオレは世界に認められないってこと?
深呼吸深呼吸……。
こんなんで落ちつけるか!
どれだけ不安に思っても、動けない。
自分の脈拍の加速に伴って、不安のパラメーターは増加してゆく。
どうしようもない焦燥感に押しつぶされそうになった、その時。
――疲れた。
そう思った。いや、そう思ってしまったか。
その瞬間、オレは、乳児の本能にあっさり負けてしまった。
眠気が、すべてをさらい、今日が終わった。
明日、再びラーファと繋がるとは知らずに。
―――――――――――――
次の朝。
迎えた3度目の誕生日。
何故か起きたところは、馬車の中。
道は砂地。揺れる。そして聞こえる木の軋む音。
周辺にも人がいることから、これはきっと乗合馬車だろう。
うん?
ちょっと待て。
馬車に乗ってる?
今?
昨日ってベッドの上で寝たよな?
いや、そもそも3歳児を一人で馬車に送り込むか?
……誘拐?
いや、だとしたら縄で縛られるとかされるよな……。
何故か冴えている頭に驚きつつも、身を状況に任せるしかない。
馬車はガタガタ揺れて、周りには見知らぬ大人の気配。
心臓が、さっきからやけにうるさい。
……というか、誰だよオレをここに運んだの。
♦
それからしばらく。
娯楽もないこの世界で馬車に乗り続けるのは、不快の一言に尽きる。
そして、3歳児の身体が悲鳴を上げ始めたころ。
馬車が止まる。
扉が開き、眩しい外。
「ちびっこ、ほら降りな」
御者が言った。
……いや、降りなって言われても。
こっちはほやほやの3歳児なんだが?
足は短いし、体はふらつくし、段差は地味に高いし。
そもそも、なんでオレが一人で馬車に乗ってるんだよ。
御者は当然のように手を伸ばしてくる。
その大きな手が、やけに近く感じた。
降りた先。
そこには神殿が高く聳え立っている。
白い石で組まれた巨大な柱。
空に向かって伸びる尖塔。
身長の何倍もの大きさのある木製の扉。
(……でかっ)
思わず心の中で呟く。
いや、呟くしかできない。喋れないし。
その視線を下に向けると、そこにあるのは教壇。
窓から差し込む光によって、それは神々しく輝いていた。
白い石で組まれた台座は、まるで光そのものを受け止めるように作られたようで、オレの視界から見上げるそれは――
(……祭壇?)
そんな言葉が自然と浮かぶほどの存在感だった。
神殿の中から出る風は冷たく、静か。
そして、重厚感を纏っていた。
さっきまでの馬車の中のざわめきがまるで嘘のように、世界が急に黙った。
御者に抱えられ教壇の前に運ばれる。
そこには、白いひげを生やした神職らしき老人が一人。
(ちょ、ちょっと待て。これ絶対なんかの儀式だろ……!)
胸の奥がざわつく。
魂名の儀式――その単語が、嫌でも頭をよぎった。
「カイン、こちらに来なさい」
老人の発した言葉だ。
低く、よく通る声。
その響きに、オレの身体は勝手に反応してしまう。
言葉につられ、オレは自然と教団の前に立ってしまう。
(……いや、なんで歩いてんのオレ)
三歳児の足はふらつく。
段差は高いし、床は冷たいし、視界は低い。
それでも、まるで見えない糸で引かれるように、足が前へ出る。
神職の老人は、じっとオレを見下ろしていた。
白い髭、深い皺、そしてどこか“見透かすような”眼差し。
(やばい。絶対なんか始まるやつだ)
教壇の上には、淡く光る石板のようなものが置かれている。
窓から差し込む光が反射して、まるで呼吸しているみたいに見えた。
老人が口を開く。
「カイン・フォルシオン。魂名の儀に臨む準備はできておるな」
(できてない。全然できてない)
すらすら喋れないので否定もできない。
オレはただ、そこに立つしかなかった。
そして、無情にも儀式は開始されたのだった。




