08-慈雨-
勇者アーサーと賢者マーリンと話しをして、一か月が経過した。
それは魔族領に向かう上での治癒役が確定していないからだった。
賢者も治癒魔法を使うことは出来る。
だが、賢者の本領は攻撃魔法での戦闘。できるからといって火力を低下させるのはリスクということで治癒魔法使いを探していたそうだ。
今日私はギルド長に呼び出され、治癒魔法使いが決定したと伝えられた。
「正直な話。適役なんて数える程度しかいなかったんだがな。」
「そうなんでしょうね。治癒魔法使いを決めるのに1か月、おそらくもっと前から準備していたでしょうからそれ以上の期間を要しているのですから。」
治癒魔法使いなんていくらでもいる。
町医者が代々続けば、そのうち役職が昇格して治癒魔法使いになるのだから。希少性はあれど珍しい役職じゃない。
だというのにこれだけの時間がかかったのなら治癒魔法という前提に加えて条件があったのだろう。
考えられるのは普段から診療所勤めの治癒魔法使いが旅に耐えるだけの体力がないこと。
あとは担当している患者の都合あたりだろうか。
「条件は3つで、1つは旅の経験があり、同行できるだけの体力があること。次に治癒魔法の技能が怪我の回復、病の回復、異常状態の回復など多岐に渡ること。最後に十分な魔力を有していることだ。
俺が知ってる中だと2人しかいねぇよ。こんな条件に当てはまる治癒魔法使いは」
「そうですか。」
「あんま興味なさそうだな。まぁいいか。その2人のうちの片方のスケジュールがようやく空いたってことでな。…出発が確定したぞ。」
興味がないなんて当然だ。
だってその条件、私自身が達成できているのだから。その者がいるうちは頼ればいい。だけど、いなくなっても私には何ら影響はない。
「出発はいつに?」
「テミスが王都に到着したら、だ。他は全員王都にいるからな。」
ようやくだよ、全く。
この1か月、いつ連絡がきてもいいように長期の依頼は自粛するように言われてた。
そのせいで手ごたえのある魔獣に会いにいくこともできなくて退屈だったのだから。
「すぐに向かいます。」
「おう、信じてるぜ。最強の冒険者さん。」
「残念、最強の冒険者は私じゃありませんよ。」
ギルド長は優勝したのが誰だか知っているというのに。
きっと、もうこの町に帰ってくることはない。
大した思い出もないけど。嫌いじゃなかったよ。
私は王都へと向かった。
王都の様相は変わらず、勇者の出立を見送ることも、祭りが開かれていることもない。
だって魔族領へ仕掛けることは公表されていないのだから。そもそも勇者と賢者の存在すら。
密偵がいる可能性を考え、奇襲を成功させるために秘匿されている。
私としても助かる。弱い敵と正面きって戦うなんて時間の無駄すぎるから。力の差を理解して、絶望して。そうして私に向けられる恐怖の視線は心地いいけど。
奇襲なら相手を厳選できるし、驚きの表情に焦りの表情、その後に恐怖の表情まで楽しめる。お得だね。
その妄想に昂っていたら集合場所へとたどり着いた。
そこには勇者であるアーサーに賢者のマーリン。加えておじさんと呼ぶには少しだけ若い男。
彼がきっと治癒魔法使いなんだろう。
「初めまして、テミスさん…ですね?俺はゲイルといいます。治癒魔法使いです。」
「初めまして。自己紹介は、いらなそうですね。」
そして私に声をかけてくる鬱陶しい勇者と賢者を適当にいなしつつ、旅が始まった。




