07-賢者-
私のお爺様は魔法使いだった。
貴族の子がなる役職は自ずと“貴族”だ。幼少期から貴族としての教育を受けて、環境も整っている。
だというのに。なぜ、お爺様は魔法使いだったのか。
それはお爺様が元冒険者だったから。
出先で賊に襲われたお婆様を救ったお爺様。そして、そこから二人の関係は始まった。
ただ。貴族の娘であったお婆様が自由に恋愛など出来るわけがない。
親に認められていない他貴族との婚姻でさえ断られる可能性が高いのだ。庶民の、冒険者との婚姻なんて認められるはずがなかった。
認められないのは役職による影響が強い。
役職が貴族であれば、貴族の仕事を遂行するのに有用なスキルを獲得できるのだから。
身分的には貴族になっても、役職が貴族ではないなら職務を十全にこなせるかが怪しい。
国営に携わる貴族として、その責任が。庶民との婚姻を否定していた。
だというのに二人が結ばれたのは偶然の重なりのおかげだった。
お婆様が三女だったこと。
長女と次女は嫁いだ後で、お婆様の相手として年齢的に適した相手がいなかったこと。
長男の子供も育ち、後継ぎに不安もない。
そして、次男は貴族の身分を捨てて庶民の女性と駆け落ちしたこと。
ダメ押しにお爺様の能力が総じて高かったこと。
スキルの補助を受けず、役職が貴族の人よりも職務を早く、丁寧にこなせる実力があった。
――だからこそ二人は結ばれた。
そんな中、トラブルが発生した。流行り病が流行したのだ。
その影響で長男と後継ぎが亡くなり、長女と次女を我が家に引き戻すこともできない。
エスカレーター的にお爺様が当主になった。なるしかなかった。
これがお爺様が魔法使いでありながら、貴族として我が家にいた理由。
それは私の人生を、運命を大きく変えた。
私は小心者だった。
言葉の裏に隠された意味を理解出来てしまうから。貴族同士の腹の探り合いが、騙し合いが怖くて。
もし私が軽率な行動をした結果、家にどれだけの迷惑がかかるか知っているから。
私はどこにも行けない。自由に発言することもできない子供として成長していた。
そんな私を見捨てることなく、両親は声をかけ続けてくれていた。
「あなたは長女なのだから。」「あなたが率先して行動しなさい。」と。
その言葉は納得できるし、理解もしてる。
それでも、私は動けない。責任と責任の板挟みにあって、動けない。
精神的にも疲れていた冬の日、私は体調を崩した。
私が寝込んでいる部屋の暖炉の薪は既に燃え尽き、残った温もりがあるだけ。
寒い。毛布を被ってもその寒さは私を侵食し続ける。
死ぬのかもしれない。
漠然と、そんな言葉が頭によぎった。だけど不安は、恐怖は感じなかった。
私は貴族に向いてない。だというのに頑張った方だ。
この時、私はまだ8歳だったけど。そんな達観した結論に至る程度には精神的に限界だった。
その時、部屋にノックの音が響いた。
治癒魔法使いの人か。はたまた使用人か。「どうぞ」と声をかければ予想外な人物が部屋に入ってきた。
そう。私のお爺様。
それまでお爺様と話す機会なんて数える程度しかなかった。私の中でお爺様の印象は厳格な貴族の前当主で、気軽に話す相手ではなかった。
だからこそ私は驚いた。
「話がしたいのだが、今の体調はどうだ。優れないようなら別の機会にするが。」
「だ、大丈夫です。」
体調は悪くて、今も寒気が止まないけど。驚きと興味の方が勝って、私はそう返した。
「私が口を出すつもりはなかったのだ。だが、見ていられなくてな。
…マーリン。キミはキミが思うように好きに行動していい。」
頭が上手く回らない今の私では、その言葉の意味をよく理解しきれない。
お爺様も私が長女として上手く立ち回れていないことを諭しにきたんだろうか。
「……申し訳ございません。」
「違う違う。責めているのではない。私はマーリンを高く評価しているのだ。
キミは8歳と思えないほどに聡明だ。故に、動けなくなっているのだと思うが。違うか?」
頭が混乱して、脳が熱を持ち始めるのを感じる。この熱は、混乱のせい?それとも体調が悪いから?分からない。
「私はこれまで多くの人を見てきた。長く生きてきたからな。
だからこそマーリンのように悩む人も見たとも。その悩みは、決して悪いことではない。」
「私は、怖いだけなんです。臆病な、だけなんです。」
「どうして行動することが怖いと思う?」
「私のしたことが間違っていたら。そう思うと、その責任が。私では取りきれない責任が怖いんです。」
体調も精神も弱っているからだろうか。
私の本音が、私の意思を無視して出てしまう。貴族として、弱さを見せるなんてダメなのに。
「私の見立ては間違えていなかったようだ。」
お爺様はそう言って、厳格な雰囲気を崩して。朗らかな表情で言った。
「有能と無能の違いはなんだと思う?」
「才能があるかないか、ですか?」
「そうだ。そしてこの才能は何を指すか。それは先を見据える能力だと、私は思う。
先を見据えて行動できる者。これが有能であり、何も考えずに行動する者が無能。
マーリンは既に先を見据える能力を持っている。あとは行動すればいいだけだ。」
お爺様は私を有能だと思っているのだろうか。それは…申し訳ないけれども、買い被りすぎだと思う。
「私はその行動への一歩が踏み出せないのです。」
「先を見据えることを止めなければ道を違える可能性はない。
躊躇う必要などないと、私が保証しよう。伝えたかったことはこれが全てだ。」
お爺様の言葉が。その言葉が私は欲しかったのだと、言われてようやく気が付いた。
背中に圧し掛かる責任という重圧の重さが和らいだようで。
その安心に、涙が零れだした。
「これまでよく頑張った。今は好きなだけ泣くといい。
……この部屋は少し冷えるな。これは、秘密だぞ。」
涙でぼやける視界の中で、いたずらっ子のような笑顔でお爺様が魔法を発動した。
オレンジに煌めく炎。その温かさは部屋を、私を包みこんだ。
冷え切った私の体温に再び温もりを与えるあたたかな光。
とても綺麗で。魅力的な、まさに魔法の火だった。
この日をきっかけに私はお爺様と話す機会が増えた。
私の方からお爺様に会いに行っていただけではあるが。
あの日見た魔法の虜に、私はなってしまったのだから。
魔法を見るついでにお爺様の過去を聞いたり、私の貴族としての振る舞いを相談したり。
お爺様が私の心の支えになるのに時間はかからなかった。
ただ、お爺様は私が9歳の時に病にかかってしまった。
高齢であり、抗う体力のないお爺様を病は蝕んでいった。
「お爺様。私はやはり、貴族に向いていないと思うのです。」
「ならば、どこを目指す。決めているのだろう?」
「私は魔法を研究したい。正直先は見えていませんが、私の心がそれをやりたいと叫んでいるのです。」
お爺様の寝室で、交わしたこの会話を今でも覚えている。きっと。今後も忘れることはないだろう。
「先が見えていないと理解できているなら、心配ないな。
少しでも先を見据えることができたなら。突き進め。その行動は間違いではないよ。」
数日後、お爺様は息を引き取った。
数か月後に選ばれた私の役職を知ることなく。
でも。いいんだ。私の思いをお爺様は聞いて、後押ししてくれた。
私はそれだけで行動できる。
賢者として。魔族を殲滅する功績をもって。私は魔法の研究者となる。
その道を見据えることができているのだから。
私がテミス姉様の弟子になりたいと思ったのは魔法の完成度の高さに惹かれただけじゃなかった。
テミス姉様が火魔法を使っていて、お爺様も火魔法だったから。お爺様と重なるそれに、私は懐かしさを感じたんだ。




