02-歪な種は白く咲く-
舗装されていない森を歩いていく。隣町まで行くために。
もちろん街道を進んでいった方が安全なのだけど。
それをするには問題がある。
――私は女で10歳なんだ。
まともな人間なら心配して私の素性を探りにくるだろう。それは、面倒だ。
もしも私が冒険者という身分を持っていたら、幼い少女が一人で歩いていたとしても納得してくれる。
なにせ冒険者になる人物は戦闘系の「役職」を持ち、自衛ができるから。
そして、まともじゃない人間なら攫うなり何かしてくるだろう。
――あぁ、やっぱり冒険者になるのがいいな。
今の私が自由に動けるようになるにはそれしかない。
それに代行者としての仕事をしなければ。神様への感謝も込めて。私自身の喜びのためにも。
魔族の数を減らし、人間の数を増やす。それが私の代行者としての役割。
今すぐに魔族の数を減らす行動を起こすことはできない。する必要がない。
だって神様は言っていたじゃない。
勇者、賢者に適応できる存在もようやく見つけた、と。
なら勇者も賢者もいずれ現れる。「ようやく見つけた」なのだから。まだ役職として現れてない可能性が高い。
役職が発覚してからも即座に魔族との戦いに送り込まれるわけもなく、戦力として認められるまでに3~5年はかかると思う。なら私が魔族狩りに動くのはそのタイミングでいい。
じゃあ今できる代行者としての役割は?
それはもう人の数を増やすこと。魔族による被害は多いかもしれないけど、それと同じくらいに被害があるのは魔獣による被害。
魔法を扱うことのできる獣。魔獣は総じて獰猛であり、たとえウサギの魔獣だとしても人を見つけると襲い掛かってくる。
その魔獣に襲われた人を治療することも代行者としての役割を果たしているって言えるんだろうけど…。
やっぱ、それは面白くないよね。
だからこそ魔獣を討伐することを生業とする冒険者がいい。
ランクが上がれば魔族の討伐を依頼されることもある。それに勇者と賢者が魔族討伐に向かう時に同行しても私がいることに違和感がない。
膝ほどもある草木をかき分けて進めば道は開けて、夕日が森の暗さに慣れた私の目に刺さった。
目を細めて見れば眼下に見える隣町。
隣町なら私を知る人はほぼいない。
それこそ髪でも切ってしまえば知り合いでも認識することは難しいだろう。
町に忍びこんで、貧民たちのたむろする裏路地へと入った。
町に入るための身分もお金もないんだから。馬車の荷台に入り込んでやり過ごせば、そんなものはいらない。
裏路地に来たのは純粋に都合がいいから。
冒険者になるためには戦えるスキルがあること。逆に言えば戦えるスキルさえあれば冒険者になることは出来る。それこそ、貧民でも。
実際、貧民から冒険者となった人は多い。
それは単純な話で、冒険者は常に危険と隣合わせの仕事。剣を使う人が右腕を失えば?その人が働く手段はなくなる。そんな人たちは貧民窟の一員となり、そこでお金もなにもないのに子供を作ったりする。
そうすると戦闘系の仕事をしていた両親から生まれた子供も戦闘系の役職になる。
そう。名前も何もない貧民街の子供が冒険者になるのはよくあることでしかない。
逆にちゃんとした子供が冒険者になろうとしたなら多少の違和感がある。役職は環境や性格によって選ばれるのだから。医師の子供がまともな教育を受けたなら医師以外になるはずがない。環境か性格のどちらかがおかしなことになっていない限り。
今着ているようなちゃんとした服を着て冒険者ギルドに行けば違和感を持たれるだろうから、ここにいる人の服が欲しい。
まぁ別にこれも難しいことはない。同じ年頃の女子に声をかけて「この服とあなたの服を交換してくれない?」といえば当然のようにYESの返答が得られる。
もちろん「洗脳」を使って変な気を起こさないようにはしたけど。
ゴミ臭い裏路地で一夜を明かせば、気分は最悪。
だけど、あぁ。すごく生きてるって感じがする。
医師になっていた私はこんな経験をすることもなかったんだろうから。二度目は嫌だけどね。
冒険者ギルドへ行くと、すぐに受付嬢が私の元にやってきた。
きっと私は臭い。だから入口で対応できるようにすぐにやってきたのだろう。
「冒険者志望ですね。扱えるスキルはなんですか?」
私から距離を保ちつつ問いかける受付嬢は、私が冒険者志望であることを疑わない。
予定通りなのは嬉しいね。
「火魔法です。」
「そう。それならよかったです。登録手続きの前に初めての仕事をお願いしても?
ゴミの焼却を手伝う仕事です。給金が出るので、そのお金で身なりを整えてきてください。」
「分かりました」と、現場の場所を聞いて足早に向かった。
私も臭いのは嫌だったから早く着替えたいし、お風呂も入りたい。大衆浴場になるだろうけど。
火魔法を他の人を真似して発動すれば、言われた仕事は終わり。
マッチで火をつけたような小規模な火をいくつも発動してゴミを燃やすのは面倒だった。けど、変に目立つのは嫌だから、ね。
もらえたお金はお小遣い程度なもので、新品の服なんて買えるわけもない。
古着屋のギリギリ服として認められるくらいの中古品で妥協するしかないほど。
だってお風呂入りたいし。お風呂を我慢すればもっといい服は買えたけど、それは誤差でしかない。ならお風呂を優先するよね。
仕事を終えて、服も着替えて、風呂ですっきりした格好で冒険者ギルドに再訪すれば
受付嬢の人が入口まで来ることもなく、正式にカウンターに着席することができた。
「今朝の子ですね。初仕事お疲れ様でした。冒険者の身分をギルドが認めた証明である冒険者証を作成するのですが、名前はありますか?」
ライラと答えそうになった喉をしめて言葉を閉じ込める。
「名前はありません。」
「名前は必須なので好きな名前を決めていただければ。それがこれからのあなたの名前になります」
ライラはもういない。私は……
「テミス。私はテミスと名乗ります。」
「いい名前だと思いますよ。……はい。名前の刻印が終わりましたので、これがテミスさんの冒険者証です。
身分を保証する役割もありますので常に携帯するように、なくさないようにしてください。」
そして私は冒険者となった。テミスとして。
なにか面白いこと、起こるといいなぁ。
まぁ。冒険者としての仕事は多少は刺激的で最初は面白かった。
初めて見る魔獣に対するドキドキ感。自分に向けられた敵意に鳥肌が立つ高揚。
火魔法で燃え盛る魔獣のもがき苦しむ姿。肉の燃える命の香り。肉体が炭化させられ、私に向けられた視線。
そのどれもが気持ちよくて、思い出すだけでよだれが零れそうになる。
面白かったんだけどなぁ。
それが変わったのはアイツらのせいか。
冒険者になってから単独で魔獣狩りを成功させ続けていた私は、まぁ目立っていた。
目立つことの面倒くささは理解していたけど……。こればっかりは仕方ない。だって勇者と賢者が公表されたときに同行が許容されるだけの知名度があった方が絶対にいいから。
――出る杭は打たれる。
いつものように魔獣を狩るために町を出た私は襲われた。
それは3人パーティーの同業者。私をパーティーにしつこく誘ってきた3人組だった。
突然、背後に感じた熱を察知し、回避して。ようやく私はその3人の姿を確認した。
ファイアボールと呼ばれる火魔法の初歩。大した威力も速度もない。だから避けられたのだけど。
それでも当たっていたなら背中が火傷するのは確実で、焦っているうちに他の2人に切りかかられていただろう。
命の取り合い。
そのワードが頭に浮かんだ瞬間、私の意識は切り替わった。今日狩る獲物は魔獣ではなく、彼らだと。
体制を崩した私を両断しようと剣を振りかぶる男の眼球に向けて火魔法を発動する。
イメージさえ出来上がればこんな小規模の魔法はタイムラグなく発動できる。それこそ男が剣を振り下ろすよりも早く。
――出た杭を打つ、打ち手の技術が足りなきゃ失敗するのは当然だというのに。
突然の視界の消失。意図しない箇所からくる痛み。それだけで男は剣を落とし、パニックになる。
「ガビラ!!くそがあっ!!」
そ。このパニックになってる男はガビラって言うんだ。どうでもいいけど。
使い物にならなくなった男なんて無視して私に斬りかかってればよかったのにね。
私は少女相応の腕力しかない。
だから剣なんて持っても肉を断つことはできない。それでも魔獣と一人で戦う以上、近距離での戦闘手段は必須だった。
――炎剣。
それは実体を持たない剣の形をした炎。触れたものを焼き、力のない私でも肉を断つための武器。
イメージも、規模も、眼球を燃やした魔法より難易度は上がる。
だから発動させないために畳みかけるのが正解だったんだよ。
もう一人の剣を持った男は私の剣を見て呆然としていた。
そんなのただの的だというのに。
……木を両断する方が歯ごたえがあったかもしれない。
最後に残ったのは私に不意打ちをした魔法使い。
すでに腰が引けていて、戦意すらどこかへ行ってしまったらしい。
私は炎剣を解除した。
「逃げたいなら逃げていいよ。」
そう。その目が心地いい。まるで化け物でも見るような視線。
けど、逃げなくていいの?
「5、4、3…」
私が数字を数え始めれば、意味を理解したのか四つん這いになりつつ背中を向けて逃げていく。
「2、1……」
私の背中に魔法を撃ったんだもん。
同じことをされる覚悟はあるよね?
「0」
カエルを潰したときのような阿呆な音だけが耳に届いた。
まぁその音の発信源のことなんてどうだっていい。
「それで?どうして私を襲ったりなんてしたの?」
洗脳を込めて、眼球を焼いた男へと語りかける。鎮静と畏怖をかけて。
「ハンクが。あの女、期待のルーキーとか呼ばれてて気に食わないから襲うって。手伝えばいい思いをさせてくれるっていうから、俺は……。」
ハンクはどっちだろう。まぁどっちでもいいか。
「そう。残念だったね?」
天誅を発動し、この男のスキルを奪ってから燃やし尽くす。
私は何もしていない。誰も見てないんだから、社会は私の行為を認識しない。
彼らは勝手に消えた。灰になって。それが歴史。
ただ。彼らでも私の役に立つことはあった。
それは天誅が死者を対象にすることはできないということ。事前に奪っておけばよかったと思いつつ、こんなに弱いやつらのスキルなんかいらないかって結論になった。
なったんだけど、予想外だったのは天誅を使ったあの男から奪ったスキル。それは「身体強化」。
使用する魔力は僅かでありながら、倍に近い力を出せる。しかも肉体も硬くなるから防御面でも優秀。
え?そんなスキルを持ってたのにあんな弱かったの?
宝の持ち腐れでしかない。
それなら私が扱った方がよっぽど上手く使える。
いやぁ、そう思っちゃったんだよね。
そこからは犯罪スレスレの冒険者とか、気に食わない冒険者。身に余ったスキルを持った冒険者を狩った。
もちろん証拠も証人も残してないよ。
――これがまた楽しくて。
魔獣とは違った面白さというか、ぶっちゃけ、こっちの方が面白くてやりすぎちゃった。
結果として私は強くなりすぎた。人が得られる何十倍ものスキルを持っているのだから当然だけど。
魔獣を狩るのも、スキルを奪うのも緊迫感がない。
楽しかったことが少し退屈になるのはさみしいなぁ。
まぁ冒険者になった目的は達成しつつあるからいいんだけど。
既に私が冒険者になってから5年が経過した。今や私は15歳で、高ランク冒険者。いいや、この町でトップの冒険者。
3年目の時点で実力的にはトップだと周囲から言われていたけど、これまでの実績とかで名実ともにトップとして言われるようになったのは今年からだった。
はぁ。冒険者はもういいかな。飽きたし。
だからさぁ、早く行動を起こしてくれないかな?勇者くん?賢者くん?




