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23-エピローグ-

俺は、目覚めた。

服は肋骨の辺りから肩先まで裂けていて素肌が露出している。だが、肉体に傷はない。

服だって多量の血で汚れていて、立ち上がると服に貯まった雨水が零れ落ちた。その水すらも赤く染まって俺の出血がどれだけのものかを物語っていた。


「痛っ……」


頭痛でふらついて、倒れそうになる体を支える。


俺は……魔王と戦って、そして。

そうだ。斬られたんだ。


ならこの傷は、マーリンさんが治してくれたのだろう。彼女は賢者だから治癒魔法だって使える。

治癒魔法が使えるのは俺とマーリンさんしかいなかったはずだから。


だが、彼女だって左腕を飛ばされていた。

俺が斬られる直前に見た景色で宙を舞うそれを、たしかに見ていたのだから。


仲間の名前を呼ぼうとして、喉元まで上がった声を抑え込む。


今の状況が、分からない。

状況次第では声をあげるというのは危険を伴う。


周囲は酷く荒廃している。生物の気配はなく、家屋などは黒焦げて倒壊して、遠くを見通せるほど開けている。

地面の崩壊具合は戦闘の苛烈さを物語っていて。残った微かな面影からここが中央エリアだと理解できる。


――ふと、足元に転がる遺体に視線が行った。


黒く焦げていて元の()()が誰か分からないものの、その首だけの遺体から目が離せない。


待て。人間?


魔族ならば頭部に角が生えている。

それが無いから、俺はそれを人間だと認識した。


なら、これは。


目覚めても近くにいない仲間たち。

そばにあった人間の遺体。

苛烈な戦闘痕。


導き出された答えは到底認められるようなものではなくて。


俺は治癒魔法使いでありながら治癒を受けて。

そんな足手まといが、また。

生き残ったのか……?


自分で自分が許せない。その怒りで自決したい衝動に駆られるが、それは。それだけはダメだ。少なくとも、今は。


生き残ったのなら伝えなければ。俺たちは軍事エリアを制圧し、戦闘の経緯は分からないが中央エリアも再起不能の状態。

魔族殲滅のチャンスは今だと。仲間たちのしたことを無駄にしないためにも。


俺は駆け出した。今動かなければ。座り込んでしまえばそのまま動けなくなってしまう気がしたから――。



離れた場所から。中央エリアから逃げ出す男を眺める少女は呟いた。


「ゲイル。あなたへの報酬は渡し終えた。

もしもこの先、私の邪魔をするならば。その時は、それ相応の対処をしますから。」


――――――――――


俺は走った。夜になっても。

睡眠不足による疲労なんて治癒で誤魔化せる。体力だって治癒で戻せる。

それでも時折気絶して。川を見つければ向こう数日分の水分を補給して。そこらに咲いた雑草を噛みながら。


別にこれで死んだって構わない。

伝えるまでは死ねない。


矛盾した感情との折り合いなんてつかない。

ただどちらにもいい顔をしながら走った。


身体強化のない俺の足ではテミスさんやアーサーくん、マーリンさんほど早く走れない。

どうして俺なのか。俺は。俺は!!!


カラカラに乾いた喉からはそよ風が吹くような音しかならない。

この心の底からの叫びすら言葉になってはくれない。


そして王都に辿りついた俺は、報告するよりも先に病院に運び込まれた。

そもそも声を出せる状態ではなかったのだけど。


治癒魔法をかけられ、液状にペーストされた病人食を飲んで。

ようやく声が掠れながらもだせるようになった。


俺の報告は各冒険者ギルドへと届けられ、魔族領への第二次派遣が決定した。

志願者はテミスさんと戦ったトップ冒険者全員。優勝者でもあるハンスという男も志願したらしいが、怪我のため承認されなかった。


それに加えて王都騎士の小隊。アーサーくんの面倒を見ていた部隊らしく、小隊の全員が即座に参加を申し出たとのこと。


テミスさんのいた冒険者ギルドのギルド長も志願したらしいが、それは承認されていなかった。理由は分からない。あそこのギルド長が誰なのか、調べても情報が全くなかったから。


だから第二次派遣の参加者は合計37人。

トップ冒険者6人。騎士小隊30人。そして、俺。


止めるな。止めないでくれ。俺は。俺が行かなきゃいけないのだから。

責任でも。義務でも。使命でも。理由なんてどうでもいい。理由なんて分からない。

俺が、行かなきゃ。自分を許せない。


俺の体調は1か月の入院を要するもの。

分かってます。それは。俺だって治癒魔法使いなのだから。

でも、俺は治癒魔法使いなんです。移動しながら自分に治癒魔法をかければ同じことでしょう。


俺自身でも何を言っているか分からないけど、参加は承認された。

ただし出立は7日後。そこまでに復帰できなければ参加承認できないという条件で。


起きている内は自身に治癒魔法をかけ続け、それ以外は睡眠で体調を整えた。

古い時代の王様でも受けないような過度な治療によって俺の体調は十分に復帰して出立の日を迎えた。


37人の行軍はのんびりとしたもので、歩きながら。休憩を挟みながら。

これじゃいつ辿りつくのか分かったものじゃない。


言葉は穏やかに。逸る心を落ち着かせて普段通りに伝えた。


「みなさん。走って移動しませんか?俺は治癒魔法使いですから身体強化を扱えるみなさんほど早く走れませんが。体力は心配しないでください。テミスさんと、アーサーくんと、マーリンさんとの移動では走っていましたから。」


そう言えば冒険者の全員から同意の声があがり、渋りながらも騎士の方々も了承してくれた。


走っているのに、遅いと感じてしまう。

きっとそれは焦りからじゃない。実際に4人で旅したあの時よりも遅いから。

あの時は常に最後尾が俺だった。

今は騎士小隊が最後尾で、戦闘は冒険者。


冒険者の人たちから俺は褒められた。治癒魔法使いなのに俺たちの速度についてこれるなんて最高だ、なんて。俺のどこが褒められる人間だっていうのか。

だけど、それは口にしてはいけない。善意を踏みにじるなんて相手の心を傷つけるようなことは。

治癒魔法使いが相手を傷つけ始めたら終わりだろうから。


旅を続ければ冒険者とも、騎士とも次第に仲良くなり会話が増えた。

ただ走るだけの行軍は暇だから。なにも話していないとおかしくなってしまいそうだったから助かった。

話す内容はテミスさんの強さについてや、アーサーくんの活躍。その流れでマーリンさんの魔法について。


逆に聞く内容も同じで、テミスさんとの再戦を願っていたダンテさんの怒りと後悔。アーサーくんの努力を見続けてきた騎士が零す自責。

忘れてはいけない。この思い出を。


かつての旅路よりも数日遅く、ようやく魔族領へと辿りついた。

焦土となった軍事エリアを見下ろす丘は決戦の始まりの日を思い出させ、3人の顔がフラッシュバックする。


手のひらは無意識に握られ、力がこもる。

爪が食い込んで血が流れ、ようやく握りこぶしを作っていたと自覚した。


「行くぞ。」


誰かが言った、その言葉は進軍の狼煙。

第一次派遣の功績を無駄にしないための決意。

長く続いた争いに終止符を打つ覚悟。


俺たちはその一歩を踏み出し――。


全身に()()()()が襲ってきた。

重力魔法によってこの空間の法則が歪められ、不規則に変動する重力によって体調が蝕まれる。


「魔王!!!」


俺の口からこぼれたとは思えない怒声が轟き、姿を現したのは俺が知る魔王ではなかった。


黒いローブを着て、深くフードを被っているため顔は見えない。

ローブはサイズが大きいせいで性別すらも判断できない。

間違いないのはこの魔法を使っているのは目の前のフードの存在だということだけ。


ダンテが転移によってそれの背後から斬りかかる。

その剣撃は障壁に阻まれ、氷で出来た剣がダンテの腕を斬り飛ばした。


俺の目にはその一連の流れのほとんどが捉えられなかった。

ダンテが突然現れて攻撃が障壁に止められた瞬間だけを捉えて、次の瞬間にはその場で宙に舞う腕とフードの存在の手に氷の剣が装備されていた。


冒険者たちはダンテの初撃から間髪入れずに猛攻を繰り広げる。

ただそのどれもが障壁に受け止められ、あまりに多すぎる魔法が障壁に触れる機会すらも奪っていく。


何が起きたのか分からないまま冒険者たちの欠損した部位を治癒し、出血を止めることしかできない。

騎士が連携して攻撃を仕掛ける時間も用意できないまま6人いた冒険者の4人が動かなくなり、2人は欠損で満足に戦えない。


騎士たちはまとまりになって戦う。

それが重力魔法を前にしては悪手だと気が付くのは遅すぎた。いいや、そもそも俺が知っている重力魔法の高重力域の範囲はそんなに広くなかった。よくて人が5人入る程度の範囲だった。

まさか騎士の小隊を丸のみにする規模の高重力域なんて、俺は知らなかったんだ。


潰され、重力に逆らって噴出した血液もすぐさま地面に縫い戻され。

治癒魔法の手を……止めた。


こいつだ。こいつにみんなやられたんだ。

そう思えるほどに圧倒的。

おかしなことなんて山ほどある。

どうしてそれほどまでの魔法を使えるのか。

だというのに視認できないほどの剣閃。

その姿はローブによって隠され、何者かさえ分からない。


絶望に動けない俺は頭だけを適当に動かして疑問を解こうと回し始める。


あんな多彩な魔法なんて賢者しかありえないじゃないか。

なら剣をあれほどまで扱えるのは変だよな。

ああ。テミスさんは火魔法使いだったのに剣も使っていたな。

あれ?火魔法使いだったか?違ったような気がする。まあ、どっちでもいいか。


それにしてもなんでローブなんて着ているんだろうか。顔すら見えないのは不気味だ。

……顔。頭?なんでフードをあんなに目深に被れる?角のせいでどこかが膨らんでいないと変じゃないか?


「おい!!ゲイル!やべぇ!!スキルが、転移が使えねぇ!」


ダンテが叫ぶがそれを理解するのは難しそうだ。

強まった重力に押し潰され、立ち上がることができない。

それに先ほどから治癒魔法を使わずに変動する重力の中にいたせいで体内の血液がおかしなことになっている。上手く頭も回らない。


視線だけ向ければダンテも俺と同じように地面に縫い付けられていて、もうひとりの冒険者も同じだった。


フードの存在は手のひらをこちらに向けて、その手から火花が散る。

その火花の色は。青みの混じった白色。


その色を俺は知ってる。どうして知ってる?


「いい表情でしたよ、ゲイル。」


フードの存在が発した声は、その声の方が。俺はよく知ってる。

忘れてはいけないと思っていたから。記憶通りの声で、間違えるはずがない。


青白色の熱線が襲ってくる。

目を潰すような輝きをもって。俺は消え去る。


その熱線によって吹き荒れる風は、フードをはためかせ。その隙間から見えた顔は、もう一度でいいから見たいと懇願していたもので。


生きていてくれて、よかった――。



――――――――――



吹き荒れる火の粉と煙が漂う、新たな焦土の上で少女はフードを脱いだ。


「最後までゲイルは私を楽しませてくれたね。ありがとう。」


黒く染まり、そこに何があったか。何がいたかなど判別できない地面へと顔を向けて。


「でも、ダメだよ。今の魔族の数はちょうどいいんだから。

――秩序(バランス)を崩してはいけない。神様の代行者として、私はそれを保つ。邪魔するなら、覚悟してね。」


満足気に笑う少女は転移し、その姿はどこかに消えた――。

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