22-慈雨-
「ゲイル。無事ですか?」
「どう、なんでしょうか。出血は止めましたが、傷の治癒まで魔力がもちませんでした。
ああ。マーリンさんなら治癒が間に合いました、無事ですよ。」
大の字に倒れながら、服を血で染めた姿でゲイルが答える。
その瞳は霞み。顔からは血の気が引いていて、今急速に体温が低下しているだろう。
「そう。あなたは死ぬべきじゃない。だから、ね。」
治癒魔法を使ってゲイルの傷を、体力を癒す。
同時にぽつぽつと、雨が降り始めた。
「テミス、さん……?なぜ?」
私が治癒魔法を使えるなんてありえない。
徐々に血色のよくなる顔には疑問の表情が浮かんで私に問いかける。
ゲイルは本当に役に立った。その報酬が少しくらいあったっていい。
私は秘密のジェスチャーをして答えを教える。
「私の役職は火魔法使いじゃありませんからね。本当の役職は、秘密です。」
「ははっ。秘密なら、しょうがない。誰にも話さないし、これ以上聞きませんよ。
だって命の恩人ですから。」
「そう。私はゲイルのことは生かしますよ。だから、今はゆっくり休んで。」
「そう、させていただきます。ありがとう、ござい……」
意識を保つのは限界だったのだろう。安心して、眠りについた。
洗脳使用。
魔王に斬られた後の記憶の封印。重ねて封印をかけて、思い出すことのないように。
雨粒は大きくなり、その刺激によってマーリンが目覚める。
腕を切断され、叫び。そのまま気絶していた。治癒は済んでいたのだからきっかけさえあれば目覚めるのは当然だった。まぁ治癒では欠損を治すことはできない。彼女の腕は失われたままだが。
目覚めたマーリンは失った腕を抑えて、嗚咽を漏らす。「怖かった」と何度も呟きながら。
そこにようやくアーサーが合流し、「もう終わったんだ」と声をかけている。
魔王を仕留めて感傷に浸っていたけど、ほとんどなにもしてないよね。この肩書だけの置き物は。
「アーサー。マーリン。」
ああ。ようやくだ。
「テミス姉様っ!私、頑張りました!怖かったけど、前を向いて!」
「師匠!これで、僕のような目にあう人がいなくなるんですね!本当に、よかった……」
ようやく、解放される。
「天誅使用」
マーリンから全魔法適正のスキルを奪う。
そして、使ってみたかったんだ。
「重力魔法」
強制的に相手を縛りつけられる魔法なんて欲しいに決まってる。
拘束魔法だって欲しかったけど、マーリンから奪えば全てが使えるのだから奪わずにいただけ。
理解できずに呆ける二人の顔を見て、全身に快感が駆ける。
地面に縫い付けられて、それでもなお理解できないなら知能は動物以下かもしれない。
「天誅使用。」
どうせならアーサーからもスキルを奪い取る。不屈はあれば嬉しいと思っていたし。
まぁ本当にアーサーはどっちでもよかった。絶対に欲しいスキルじゃなかったしね。
「なんで」「どうして」と喚く二人を見て。
我慢したかいがあった。でも、もう少しアクセントは欲しいかな?
「二人は本当に期待外れだった。魔族の数を減らす作業が楽になるからと、勇者と賢者を首を長くして待っていたというのに。
現れた君たちは肩書きだけの子供で役立たず。待っていた時間は無駄なものになった。
嫌いだよ、二人とも。」
そんな言葉だけで表情は歪んで、今にも泣き出しそうに。
そんな二人の心情を表すように雨の勢いは増していく。
「ばいばい。」
マーリンは首から下に火魔法を使用。
火が好きなんでしょ?なら、大好きな火で終わらせてあげる。
「熱い!あつい!!テミス姉様!?どうして!!!ごめんなさい!ごめんなさい!!テミス姉様あああ!!!!」
その表情が。見たかった!
私の心が満たされていく。鳥肌と快感が全身に広がって脳汁が溢れてくる。
アーサーは。どうでもいいや。
魔王が狙っていた高重力で圧し潰したらどうなるか。その実験台にでもしてしまおう。
どこまで引き上げればどうなるのか、徐々に重力を増やして観察する。
「あっ、あああああ!し、しょう……師匠!!助けて!僕はっ!……あああ!!師匠っ!!!!!」
肉体の軋む音と私を呼び叫ぶ声が調和して、心地いい音色のように感じられる。
アーサーの使い道は楽器が正解だったんだ。素敵じゃない。
二人のせいで溜まったストレスを優に上回る快感が。
楽しい。気持ちがいい。嬉しい。
喜びが、悦びが全身を支配して体が熱くなる。呼吸も荒くなる。
それを落ち着かせるように私に降り注ぐ雨がちょうどよくて、気分は最高潮。
「仕上げをしないと、神様の代行はまだ終わってないのだから。」
軍事エリア殲滅から一日おいたのは何故か。
それは中央エリアには魔族が多すぎたから。
当日に中央エリアを殲滅したら魔族の数を減らしすぎてしまう。
そして今、ちょうどいいんだ。残った中央エリアの魔族の数は。
「障壁魔法」
全魔法適正は便利でいいね。ありがとう、マーリン。もう顔しか残ってないけど。
障壁はゲイルと私を護り。そのまま魔法を発動する。
「雷魔法」
遠隔発動によって中央エリアの頭上から、雷が無数に降り注ぐ。
その閃光は明滅し。目に優しくないし、轟音は耳にも優しくない。
ただ、その輝き一つ一つが幾人もの輝きを塗りつぶしていると思うと、私の心を安らげる輝きに感じられる。
度重なる落雷によって地表は耐えきれずにひび割れ、水に濡れた地面からは帯電しきれずに放電する小さな稲妻が走り続ける。
「世界状況」
長らく使用していなかった代行者としてのスキルを使用する。
生物のバランスを確認できるそれは魔族の数値が正常になっていることを指していた。
逆に人間の数は基準を微妙にオーバーしているけど、まぁ誤差だろう。
これ以上増えたなら、私の出番だけどね。
雨降りながら燃え盛る荒廃した町で。
雨粒を滴らせ少女は笑う。その笑い声は空虚な町に響き渡った。




