21-慈雨-
広範囲に魔法が展開され、効果が発動される。
重力の増加。
全身に重りを付けたような不快感が体に圧し掛かり、その重圧が不規則に切り替わる。
一歩目は強い重力で。
そう思えば二歩目は通常の重力となり頭がこんがらがる。
なにより体内の血液が弄ばれ、体調に異常をきたしかねない。身体強化の恩恵で軽減はできるものの無効化は不可能。
「ゲイル、無事?」
「治癒の手を止めれば終わります。魔力が尽きた時が最後。
全員に毎秒の治癒が必須なので15分が限界です。」
身体の不調を治療できるゲイルは生命線だが、同時にウィークポイントでもある。
身体強化なしで突然の重力の変動。失神したっておかしくない。それでも反射的に治癒魔法を自身にかけて、直後に全員に治癒を振りまいているのだから十分な働きはしている。
「3人は固まって動くこと。マーリンは重力魔法使えそう?」
こちらに接近しようとした魔王へ熱線を放ちつつ問いかける。
「見たので使えます。けれど、使えて4回…それも1回の持続時間は10秒程度が限界です。」
「十分。重力魔法を防がないといけないと思った時に使って。あと、私が『今』って言ったとき。
一瞬なら重力を相殺できるはずだから。すぐに上塗りされてしまうと思うけど。」
魔王の視線がこちらに向いて直感が攻撃を察知する。
3人を押して回避させる。もちろん私も。
「アーサー。今の攻撃が来るの予測できた?」
高重力の重圧に耐えられず潰れた地面を見てアーサーに尋ねる。
直感を持っているなら。この不可視の攻撃を察知できるはず。
「はい!」
「アーサーは今の攻撃から2人を守って。」
そして――重力が反転する。
寝ていた時にビクッとなる入眠時ミオクローヌスのような突然の衝撃。
地面が空に。空が地面に。空に落ちていく。
最悪はこのまま宙に飛ばされ続けること。ただ、それは魔法の効果範囲的に限界があるだろう。
なら十分な高さになったら地面に叩きつける。それが最適解だろう。
「マーリン。また重力が反転したら岩魔法で地面を柔らかくして。ギリギリで重力魔法の発動を。」
中央エリアが全域望めるかどうか程度の高度で。再び重力が反転する。
高重力だが、地面との板挟みにされていないから潰れることはない。今は。
ゲイルを横目に見れば意識は保てているようで歯を食いしばりながらも治癒の手をやめていない。
マーリンとアーサーは失神したようだけど、治癒によって強制的に覚醒させられた。
さて、問題はここから。着地は問題ない。マーリンが既に魔法を発動し終えたのは察知しているし。
ただ。魔王の姿を見失ったことが一番の問題だ。
そして地面が迫ってくるような錯覚とともに地表が近づいて。
「今」
マーリンによって高重力は塗り替えられ、通常の重力が戻ってくる。
そして速度はそのまま、地面に叩きつけられた。が、衝撃を和らげる地面のおかげで被害はなしと言っていい。
高重力によって地面に縫い付けられて動けないところを仕留められるのが最悪の流れ。
そして、魔王の狙っているであろう流れ。
落下によって巻き上げられた砂埃のせいで魔王も私たちの位置は大まかにしか分からないはず。
さて、どう来る。
私なら、どうする。
今までの魔法から、地面を抉るほどの高重力は広くない指定範囲にしか発動できないと思われる。
逆に広域の重力変動は今も発動されていて、動きを鈍らせている。
高重力で圧し潰すのは、私なら狙わない。既に何度も避けられているし、いたずらに魔力を消費するだけだから。
私なら近接攻撃を仕掛ける。
魔法よりも早いからこそ反応速度を上回って攻撃が通る可能性が高いから。
狙うなら、誰だ。
アーサーは狙わない。脅威ではないし、私はアーサーが狙われたならそのまま囮に使って反撃の機会にする。
マーリンは重力に抵抗する手段をもっている。それだけで狙う価値はある。私も狙われたくない対象のひとり。
ゲイルは時期に倒れることが確定している。今、この瞬間に倒れても不思議ではない。が、厄介なのは確か。生命線としての役割は早く落ちてほしい。
そして私。高重力を回避する術をもっていることは確実に察しているだろう。だからこそ今。近接攻撃が通るのか試してくる可能性はある。
まぁ、確定でゲイルかマーリンだろう。
ひとり落とせる可能性が高い場面で、私はチャンスを捨てる可能性を孕むし、アーサーは論外。
ゲイルが落ちれば持久戦で体内を破壊して勝利出来るし、マーリンが落ちれば今回と同じことを通せば勝利出来るのだから。
――砂煙から剣が生え、振りぬかれた。
視界不良。そして私が狙われていないことで直感が発動しなかった。
故に、一手遅れた。
マーリンの手を引いて、致命傷だけをなんとか守る。
狙われたのはマーリンとゲイルだった。
確実に命を奪おうと狙われたのはマーリンで、その剣の射程に届く可能性があったゲイルが巻き込まれた形だった。
とっさに手を引いたおかげでマーリンの首に吸い込まれていた剣身は向かう先を見失い。
しかし、手を引いた反動で剣身の進行方向に躍り出たもう片方の手は、切断された。マーリンの左腕が宙を舞う。
そんなことなど意に介さぬように剣身は進む手を止めない。標的は、もうひとりいるのだから。
第二標的は即座に命を失う場所を斬られなかった。
肋骨から肩先にかけてを斬られ、切断もされていない。しかし致命傷。
浅くはないが臓器が弾けだすほどじゃない損傷。
一拍おいて叫び声をあげるマーリンを置いて、剣閃の元へ迎撃に走る。
炎剣を展開し、砂煙もろとも薙ぎ払う。
そして鍔ぜり合う剣と剣。
炎剣の熱量は魔王の剣を溶かし。しかし、それを許す魔王ではない。
私のいる場所に高重力が襲い、それを避けるために鍔迫り合いを解除する。
高重力の発動終了を見計らって熱線を放てば、魔王も回避し距離が再び開く。いなすのではなく回避したことで魔王の肉体は一部に火傷しているが、戦闘に影響などない軽度なものだろう。
後ろの叫び声が目障りだなぁ。
「テミスさん!!マーリンさんは…俺が治してみせる!だから、30秒くれ!魔王を抑えていてくれ!」
咳こむ音に液体を吐き出す音が混じりながらゲイルの叫ぶ声が聞こえる。
後ろは見ていないけれど、ゲイルが自身を治癒する時間なんてなかっただろう。
つまりは今も血を流しながら他人を治癒しようとしているのか。本当に治癒魔法使いに向いているというか、そこまでくると病的だろう。
まぁ、いいよ。
というか、私もそろそろ終わらせないと時間が心もとなくなってくる。
そして、炎球を複数展開する。
眼前を埋め尽くすほどの蒼炎。圧縮されたそれらは炎というには球状で、周囲を青く照らす。
一斉発射。
直線で魔王目掛けてはじき出されたそれは青色のレーザーのようで。
それら全てが高重力域に触れた瞬間、上方向に曲げられ消えゆく。
第二射を装填。発射。
間髪入れずに、一射目よりも数を増やした蒼球を発射する。
その軌道は不規則に。一斉にではなく、タイミングを少しずつずらして。
時には魔王の側面から。背面から。頭上から。正面から襲う蒼球は魔王の意識をそちらへ固定させた。
蒼球を防ぐ程度の高重力域じゃ。今までの熱線を防いだ高重力域じゃ、これは防げないよ。
熱線。最大出力。
手のひらからは青白色の炎が漏れ出て。射出の瞬間を今か今かと待ちわびて。
防御魔法、治癒スキル、治癒魔法全開。酸素供給用風魔法展開。
あ、マーリンたちの影響を抑える水魔法も忘れずに。
蒼球を防ぎきった魔王の姿を捉え。標的は、定まった。
――射出。
一瞬の発動でも世界を塗り替える白い光があたりを包み、空気を奪い。近づく全てを溶かし消失させ。
……その閃光は空へと打ち上げられた。
白かった世界に光が消えると残るのは焼け焦げ、赤みを差した大地。高温によって発生したガラス片が炎を反射し、黒と赤の世界を彩っている。
そんな美しい世界で中途半端な被害の大地は異質で、そこに立つ男も異質。
滅びの輝きを前に命の輝きを失わなかった男。
高重力域が間に合わなかったのか貫通したのか、どちらかなんて興味がない。
魔王の全身は赤く染まり、箇所によっては黒く綻び。
動けば崩れおちる。そんな脆さを感じさせる。
「――――」
彼の口が動いて、言葉を紡ごうとしているが、その音は鳴らない。
ただ、何をしたのかは明白で。
周囲の重力が引き上げられた。
動けないほどじゃない。しかし、先ほどまでよりも強まった重圧は彼の最後の輝きだった。
彼の視線は私を力強く睨みつけ、私が動くのと同時に残る魔力の全てを使って反撃しようと虎視眈々と狙っていた。
諦めずに最後まで戦おうとするその意思、嫌いじゃないよ。
でもね。それに乗るほど、私は情熱的な心はもってないんだ。
魔王を倒す適役は、他にいるでしょ?
魔王の心臓から白い、純白の剣が生えた。
その剣は引き抜かれ、魔王の体は大地に崩れ落ちた。




