20-慈雨-
欠損した腕を抑えて叫ぶ者、襲撃に慌てふためく者、臨戦態勢で構える者。中央エリアは混沌としていた。
平常心を保てている者など、ひとりもいない。
駆ける私は誰からも認識されることなく、ただただ突き進む。
仕方ないとは思うが、どうしても温さを感じてしまう。
私の使用している気配遮断のスキル。気づかれにくくする程度のゴミスキル。ただでさえ完璧な隠密は不可能なのに、相手が警戒状態であれば効果が激減するスキルなのだけど…平常心を失った彼らに効果は覿面だった。
まあ、気配遮断を無効化できたところで意味はないんだけどね。
身体強化に速度強化のスキル、更に魔法でブーストされた私の速度に適応できる者なんていないから。
さすがに冒険者のトップたちは対応できるだろうけど、それでも後手に回るのは必至。
その速度で視界に入った魔族の命を摘みながら駆けているのだから、温くて当然。
だってこんなのは作業だもん。
ちまちまとした作業を片手間に、軽く走っていれば先行した3人を視認できた。
3人の前にはひとりの魔族。その魔族は圧倒的な存在感を放ち。鍛え抜かれた筋肉が、腰にさげた剣が。彼が武人であることを証明していた。
3対1であっても怯むことなく堂々とした姿はいいんだけどさ。なにしてるの?
いつからそうしているのかは知らないけど、戦闘の火蓋が切られた様子はない。
侵攻してきた敵を目前に話し合い?
侵攻された時点で、話し合いのタイミングなんて過ぎているというのに。
本当に何をしているのかな?魔王は。
中央エリアに侵入して、これだけ時間があればエリア内にいる全魔族の力量は調べ終わるんだよ。索敵スキルも測定スキルも腐るほどあるんだから。
だから、ね?ここには彼以上に力をもつ魔族も。それに比類する魔族もいないって、分かってるんだよ。
話し合いで時間稼ぎをしたところで意味なんてないじゃない。だって彼がここの最大戦力なんだから。
逆にアーサーは私を待つために話し合いという択をとったんだろうけど…つまんない戦い方をする勇者だね、本当に。
それに乗る魔王の株も下がっているんだけど、熱線を防げたのは偶然じゃないって信じるからね。
遠距離攻撃を防がれたのなら、次は近接攻撃。その肉体と剣が飾りじゃありませんように。
まだ魔王は私に気がついていない。話している途中?戦場で話してる方が悪くない?
速度を落とすことなく。
瞬く間に魔王との距離を詰めていく。
――違和感。
ふと頭によぎったそれは何が原因か。距離を詰めたことで顕になった景色に、何か違和感がある。
彼を境に手前と奥の景色は180度姿を変えている。
熱線の影響を受けた方は瓦礫と炎が舞う荒廃した大地。対して、熱線を防ぎ、変わらないままある町は砂漠の中のオアシスのようで。
2つの世界を隔てる境界の地面は深く抉れ、ヒビ割れて。大地にはっきりと爪痕が残されている。
――ああ、これか。これは、私の攻撃による影響なはずがないんだ。
魔王の扱う魔法の候補が絞られていく。とはいえ、やることは変わらない。
近接の間合いまで辿りつき。
炎剣を展開し、踏み込んだ。
その踏み込みは、浅かった。
魔王の眼前に着地するつもりで踏み込んだ私の体は、数歩手前で着地して。
この位置じゃ剣は届かない。
魔王の魔法は、それか。
欲しかったんだよね、それ。
体が重い。例えるならギルド長の重圧をわざと受けた時のよう。
ただし、あれは精神に影響を与えるもの。これは、実際に肉体に影響を与えている。
私は着地してしまった。動きを止めたのだから、魔王が私に気づくのは必然。
私と魔王の視線が交差し、直感が警鐘を響かせた。重い体を動かし、回避する。
直後、私のいた地面は軋む音をたてて潰れた。
魔王の視線は私に固定されたまま、その口を開いた。
「死した同胞たちのためにも、我は降伏などしない。
はぁ。勇者が時間稼ぎをするなど……底が知れるな。
その努力もむなしく、奇襲は失敗に終わった訳だが。」
魔王の言葉は勇者に向けられたもので。
ただ。その視線は私を捕捉し続けていた。
話しの前後感なんて知らないから、私は私の聞きたいことだけ問いかけよう。
「ねぇ魔王。私が聞いた重力魔法の効果って武器の重さを増減する程度なんだけど。それも魔力消費が多くて実践には使えないって。
大丈夫?魔力が尽きるまでの短い間しか戦えないなんて言わないよね?」
正直。もっと希少な魔法を期待してたんだけどな。
面白いスキルがないか調べていた時に興味を持った重力魔法とはね。
50年前に所有者が亡くなってから新たに獲得者がいないから諦めていたんだけど。
「ほう?侮るなよ、小娘。丸一日だろうが戦えるとも。
聞かせろ。人の持つ魔力ではこの魔法を満足に扱うことは出来まい。貴様も言っていたようにな。
ならば何故、我のこれが重力魔法だと辿りついた。」
そりゃあ私もその使い方をしてみたいなって思ってたからだよ。
残されてた研究から出来るだろうって予測はしていたから。
まぁ正直に答える気はないけど。
「答える気はないよ。ごめんね?」
熱線を放てば、また上方向に曲げられ、空に消えていく。
これ以上の問答はいいから戦おうよ。
私は早く見たいんだ。その魔法の可能性を。
「面白い。我は魔王、ヴェーユ。
人数差があろうと、埋まることのない絶対的な差があると教えてやる。」




