18-慈雨-
朝が訪れた。
朝日の顔は見えない。雲が空を覆い隠し、日差しを遮ってしまっているから。
「おはよう、テミスさん。嫌な、天気ですね。」
雲たちの中には黒みを帯びた雨雲がところどころに顔を覗かせ、ペトリコールが鼻をくすぐる。
「おはよう、ゲイル。」
雨は火魔法の火力を減衰させる。間違いなく嫌な天気。
でも、今日を決行日にするのは変えない。
「テミス姉様!おはようございます!」
「おはよう、マーリン。」
昨日の涙なんて嘘のように。
意思を確かにもった瞳で、朝のけだるさも感じさせない晴れやかな笑顔でマーリンがやってきた。
その後ろにいるのはもちろんアーサー。見てわかる傷もなく、傷は癒えているようだった。
ただし、その表情は暗かったけれど。
「師匠、おはようございます」
「おはよう、アーサー。どうしたの?」
「僕は…師匠の期待に応えられなかったっ!」
期待?なんの話?
「僕ならできると言ってくれたのに。僕は魔族に負けてしまった!
負けたことも悔しいけど…師匠の期待に応えられなかったことの方が、悔しいです!」
「……アーサー。及第点でしたよ。あなたの活躍は。」
私はアーサーに期待してるなんてって言ったっけ?まぁいいや。いい方に勘違いしているなら正す必要はないし。
アーサーへと歩み寄って、彼の頭を撫でる。
「戦闘不能状態の魔族処理は満点でした。視界不良の中、限られた時間の中で最大限の活躍でした。
そして、生存した魔族との戦闘。たしかに結果だけみれば敗北だったでしょうね。でも、アーサーは私が到着するまでの時間を稼ぎきった。
軍事エリアの制圧はアーサーの活躍による勝利だったと思いますよ。胸を張って。
立役者がそんな表情をしてたらダメでしょ。」
どうでもいい。
最初から期待なんてしていないのだから。
適当に言葉を選んで投げかけてやれば、暗かった表情に輝きが戻っていく。
当然か。負けたことが悔しいとは言っていたけど、私からの期待に応えられなかったことの方が表情が沈んでいた理由だったのだから。
私の期待に応えられていた、と伝えればそれだけでいいのだ。
「はい!次は、次こそは!師匠の期待にもっと応えられるように!満点がとれるように頑張ります!」
勝手に頑張ってね。
頭を撫でていた手を離して全員に視線を向ける。
「今日、魔王を倒します。作戦開始は今から。
作戦内容は単純。私が中央エリアの防壁を破壊します。
容易に防ぐことのできない火力で魔法を放ちますが、この攻撃は防がれるでしょう。」
魔族軍の隊長だって私の熱線を防いでみせたのだ。
なら、魔王だって防いで当然。防ぐのが魔王じゃなくたっていい。そのレベルの相手が複数いるなら、その方が楽しいのだから。
「防がれたとしても、防壁は必ず破壊してみましょう。
防壁さえ崩れれば、侵攻する道は開く。そして、その道を進むのはアーサーとマーリン。そして、ゲイル。」
「テミスさん!?俺、ですか?」
「ゲイルは後方から二人が怪我したときの即時治癒をお願いします。戦闘範囲外に待機されたら治癒が間に合わない可能性がある。そもそも戦線から離脱してそこまで逃げられる保証がない。
なら、戦闘範囲内の後方で支援してもらうしかないでしょう。大丈夫。ゲイルの実力なら足を引っ張ることなんてないから。」
本来、ゲイルに求める立ち回りはこっちなのだ。戦闘中に受けた傷を治癒して継続戦闘能力を引き上げる。
軍事エリアの戦闘は奇襲ということもあって、敵が混乱することは確定。だからこそ怪我を負ったなら撤退に専念すれば離脱することは十分可能。だから戦闘範囲外に待機してもらい、同時にマーリンの保護者的立ち位置をしてもらっていたのだけど。
今回は奇襲ではない。加えて敵は魔王。強さは未知数だけど、魔族を取り纏める力をもつと言われている以上、魔族軍の隊長より実力は上だろう。なら、アーサーとマーリンが撤退することは不可能だろう。同行しないなら治癒魔法使いがいる意味がないのだ。
昨夜、ゲイルはパーティーに治癒魔法使いがいることの不安を吐露した。
普通の治癒魔法使い相手なら私も同じ感想を抱くのだけど、ゲイルならば足を引っ張ることなくその役目をこなせる。そう信じてる。
「くどいかもしれませんが、確認させてください。
アーサーくん。マーリンさん。二人は、俺が後方にいて。戦闘に集中できますか?」
二人とも深く頷いて、「むしろ普段より集中できる」と返した。
「分かりました。……そうですね。それが、俺がここにいる理由なんでしょうから。」
「お願いします。私は初撃の魔力消費が回復したら合流します。それまで2人を守りぬいてくれるって信じています。」
空からは雷の音だけが轟く。
雨の降らぬ内に、火魔法の威力が低下する前に決行しなければ。
黒々とした雲を見上げて、宣言する。
「――作戦開始。」




