17-慈雨-
「テミスさん。アーサー君は目を覚ましましたよ。」
日付もとうに変わった深夜。
魔族領に近い場所での夜営のため見張り番をたてつつ夜を過ごしていた。
今は私が見張りだというのにゲイルはアーサーの看病をしていたらしい。見張りをするのは私とゲイルの二人での交代制だというのに。
「それはよかった。それで、ゲイルは休まなくていいんですか?」
私の問いに微笑みだけ返して、ゲイルは隣に座った。
「テミスさんは、長話が好きじゃないですよね。」
「ですね。」
アーサーやマーリンの話の最中で顔に出ていたのかもしれない。
まぁバレたところでどうでもいいのだけど。
「有名な冒険者の方は皆そうなのです。
……こんな話をした後で、言いだすのもおかしな話なんですが。俺の話を聞いてもらえませんか?」
「いいですよ。」
ゲイルには一定の信頼がある。私の知る治癒魔法使いの中で一番優秀。彼が治癒魔法使いではなくて、戦闘系だったのなら。きっと強い戦士になっていたと思えるほどに。
それに見張り番の時間はまだまだある。暇なのだ。長話が嫌いだと理解した上で、それでも話したいのなら必要な話なんだろうとも思うし。
断る理由はなかった。
「俺は、当然ですが、治癒魔法使いの両親から生まれました。ですが、冒険者だった経験があるんです。
病院には冒険者の方がよく訪れるでしょう?幼かった俺はその冒険者と話して、思ったんです。
治癒魔法使いがパーティーにいたら亡くなる冒険者が減るんじゃないか、って。
病院まで間に合わなかった仲間がいた、なんて話はたくさん聞きましたからね。」
私のいた町で治癒魔法使いの冒険者なんていなかった。
それも当然か。治癒魔法使いは戦う手段がないと言われているのだから。
「結果としては最悪なものでした。きっと。だからいないんでしょうね、治癒魔法使いの冒険者は。
お荷物なんですよ。治癒魔法使いは。
たしかにその場で治癒を受けられるのは強い。けれど、それ以上に旅の速度は落ちるし、突発的な戦闘時には戦闘手段のない俺を守らなければいけない。
それを理解するのに時間はかかりませんでした。パーティーメンバーにも伝えたのに…彼らは、それでも俺がいると安心だから、と。俺に居てほしい、って。」
ゲイルは欠けた月を見て、言葉を続けた。
「ある日、突然魔物の群れに襲われたんです。四方から魔物が襲い掛かり、それでも彼らは俺を守りながら戦った。そして、ひとりが俺を庇って亡くなった。即死でした。治癒魔法使いがいたとしても、治すことは出来ない。
そこから陣形を変えて撤退優先に。魔物の猛攻は止まず。もうひとりが。
パーティーで生き残ったのは俺ともうひとりだけ。パーティーは解散し、俺は冒険者を辞めました。
そして親のいる病院勤めになったのです。
テミスさんは、俺がなんて呼ばれているか知っていますか?」
「いいえ。」
きっと有名なのだろう。けれど、私が知るはずがない。
「俺は救急治癒士。そう呼ばれているんですよ。
王都の冒険者の多くは無線をもって冒険に行くんです。その無線は俺に繋がる。
現場から動かせない患者が出た時、治癒魔法使いの手が必要になった時。僕が向かうんです。
父が、冒険者の命を救いたいと願う俺の気持ちを汲んで作ってくれたポストです。俺しかいませんけどね。
同行すればデメリットが勝る。ただし、すぐに治癒を受けられるメリットは確かに存在する。
現場に急行しなければ失われる命がある。だから俺は全速力で走り続けられるようになった。
向かう最中に魔物と出会うこともある。いちいち迂回していては間に合わないかもしれない。だから戦える術を手に入れた。」
ゲイルは本質的にも治癒魔法使いが性に合っているんだろう。
もしも戦闘系だったら、なんてifはあり得ない空想だったわけだ。
だからといってゲイルへの評価が下がることはないけれど。
「そんな俺に、勇者パーティーへの参加要請が届いたのは予想外だった。
俺のせいでパーティーが崩壊して、俺が悔やんでいるのは、知っている人なら知ってる話だから。
なのにパーティーへの要請だ。断るつもりで詳細に目を通して、俺は困ったよ。
向かう先は魔族領。そんなところに同行できる治癒魔法使いなんて俺の知る限り、俺ともうひとりしかいない。
もうひとりは性格に難があってね。絶対に参加を承認するとは思えなかった。
魔族と対峙する以上、即座の治癒が必要になる場面なんていくらでもあり得る。
加えて勇者と賢者の年齢。あれは俺が冒険者になった年齢と一緒なんだよ。妙な親近感を感じてしまった。
テミスさんに言うのも変な話だが、まだ子供だ。
そんな子供が、死地に向かうことを知りながら送りだすなんて、出来なかった。」
雲が流れて月を隠す。それだけで夜の暗さは増して、静寂すらも深くなったように感じる。
「俺は、旅の進行の邪魔になっていなかったか?戦闘時に邪魔じゃなかったか?
助けになるつもりで旅に同行したというのに、俺は何も出来てない。
特に戦闘もしていない夜に治癒をかけて、疲れをとるだけ。日中は俺のせいで進みが遅くなり、いざ戦闘をした今日だってアーサーくんの治癒をしただけ。あれだって数時間もすれば完治していた。マーリンさんの近くにいたのに宥めることすらできなかった。
俺がいた必要は本当にあっただろうか。俺は、邪魔をしているだけじゃないのだろうか。
テミスさん。嘘偽りなく答えてほしい。俺は、邪魔だろ?」
「はぁ。」
思わずため息が零れる。
「ゲイル。あなたは必要で、これまでだって十分以上の働きをしていましたよ。
夜の治癒のおかげで疲労を残すことなく進行することができた。
ゲイルの移動速度は予想以上で、想定より遥かに早くここに辿りついた。それはアーサーでも、マーリンでも。もちろん私の功績でもなく、あなたの功績。
アーサーが今目覚めたのだって、あなたの治癒のおかげ。なにもしなくても明日には目覚めていたかもしれない。けど、今目覚めて睡眠をとる時間を確保できているのはゲイルがいなければありえなかった。
マーリンのこと?あなたの精神安定魔法がなければスムーズに話はできなかった。
そう。ゲイルがいるだけでスムーズに事が進むんです。邪魔なはずがなくて、逆に必要。それが私の正直な感想ですよ。」
雲は再び流れ、月光が周囲を照らす。
「そうか。ありがとう、テミスさん。」
月明りはゲイルを照らす。目から流れる雫はきらめき、地面に落ちて弾けた。




