#7 三人寄れば四人分の騒がしさ
「コードネーム『AmA』、百錬練磨の狙撃手兼照準器を使って他者を盗撮する変態だよ」
ノルンは窓の外を睨みつけながらそう言った。普段の彼女からは伺い知れない殺意が込められている。
銃声が鳴り響いても、喫茶店内はいつもどおりの空気が流れている。この時間のごーすてらには基本的には探索者しかいない為だ。
元より、銃声音などこの街では日常茶飯事である。今更臆するものなどなしろ以外には居なかった。
「な、なに……?なんで撃たれたの……?」
わたしが肩を抱き、声を震わせていると、のるんがそっと後ろからわたしの身体を包み込んでくれた。
彼女の身体の暖かさが、わたしの不安だったり、恐怖をじんわりと溶かしてくれている。
「大丈夫。『AmA』は「天下布舞」の一員だから。ユキさんが危ないと判断して撃ったんだと思う」
「いやぁいやぁ!!!余計な助太刀のせいでなしろさんを怖がらせてしまって申し訳ない!!!」
満面の笑みでガッハッハと笑うユキさんは、申し訳無さそうにお辞儀のポーズを繰り返し、謝罪しているが、鼓膜を破りかねない声量で言うお陰で、わたしは耳を塞がざるを得ない。
懸命に耳を塞いでいるわたしの身体からノルンの身体が離れたのを感じた直後に、ユキさんの声がようやく聞き取れる範囲にまで収まるのを感じた。
「これくらいなら問題ないでしょうか?いやぁいやぁ!この声量だと聞き取りにくいでしょう!」
「や。これが一般の人言が聞き取れる限界値だから……。おたくら「天下布舞」さんの所でも耳栓常備してる方居るよね……さらさんとか、盞華さんも確か……」
ノルンは呆れた表情で時折、窓の外を睨みつけながら、割れた窓ガラスをテキパキと片付ける。
身体のぬくもりが少しずつ消えていくことに、わたしは少しだけ寂しさを覚えながら、ユキさんと少しだけ会話をする。
聞けば、ユキさんが此処に来たのも『AmA』がこの喫茶店を監視している可能性を鑑みてのことらしい。
要は護衛をするために様子見で来たのに、当の本人に殺されかかったのだから、なんとも言えない。
念の為、とノルンはわたしを外から見えない死角に座らせて、作業を続けていると、またもドアが物凄い力で開かれる。
「大丈夫ですか!?此処が長距離狙撃銃で狙撃されたと思うのですが!」
「…………」
わたしがまたか、と扉の方を見ると、そこには和装に身を包んだ二人の女性が立っていた。
一人はこちらを心配するような発言をした三日月の髪飾りをした銀髪銀目の女性、無言無表情でこちらをじーっと見つめていた白髮を上に纏め上げ、金属製のマスクで口を覆っている碧眼の女性だ。
どちらもメインの色は違えども、ユキさんと系統の近い服装をしている。恐らく同じ組織に所属しているのだろう。
二人とユキさんが目があった途端、ユキさんの瞳がキラキラと輝き、手をブンブンと振った。
「盞華さーん!白さーん!!こっちでーす!!……あたっ!もー!なにするんですか!!」
「……煩いのよ。声量抑えなさいって……。なしろの顔真っ青になってるから」
どうやらノルンが強めにユキさんの頭を小突いたらしく、すぐに聞こえる範囲の声量に戻った。
ノルンは二人に座るように促し、慣れた手つきで珈琲を一杯ずつカウンターの上に置く。
「はい、盞華さんには甘めのマンデリン、白さんはミックスジュース。ユキさんは水道水ね」
「す、水道水……どうして……、どうして……」
「当たり前でしょうが、人の鼓膜破いて、窓ガラス破壊してるんだから。むしろ弁償費用請求しないだけ感謝されるべきよ?」
「(そうだね。店主さんの心遣いに感謝して頂きましょう)」
「ふふ、かたじけない。ノルンさんは甘めなまめがお好きなようでっ」
盞華、と呼ばれた女性がくすくすと笑いながらそう言うと、喫茶店内が急に冷え込んだ気がした。
わたしは肩を擦りながら、寒そうにしていると、白と呼ばれた女性が毛布を私にかけてくれた。
温かいお日様の匂いの中に、どうにも獣臭がするその毛布に包まれながら、三人の会話に耳を傾ける。
「だからそのクソ寒いギャグはやめたほうがいいって……」
「えっ。寒かったですか?寒くないですよね?白さんそうですよね?」
「(いやクソ寒いですよ。この子に毛布貸すくらい、部屋の中キンキンに冷えちゃってますから)」
マスクしているのに、彼女はどうやって喋っているんだろうと、わたしは思いながら温かい珈琲をちびちびと口に含む。
今日の珈琲はキリマンジャロ。フルーティーな酸味が強くて好みが分かれる味……だから、珈琲が苦手な人には少しオススメできない一品。
ノルンはわたしの好みを分かってるから、このコーヒーを出す頻度がそこそこ高い。
香り高い珈琲に舌鼓を打ちながら、わたしは店の中をキョロキョロと見回す。
いつのまにかリアさんも帰っており、店の中には「天下布舞」の三人と私達だけ。
閑散としているはずなのに、それでいてどうにも騒がしい店内だが、昼間に感じていたねっとりとした視線は感じなくなっていた。
ユキさんがしなしなとした表情で水道水を飲んでいる間だけ、いつものごーすてらの空気が戻っている。
そんな空気を瓦解させたのは、盞華さんだった。彼女はカップをソーサーに置き、深刻そうな表情を見せる。
「……それで。『AmA』の行方は……?」
「分からず仕舞いですね。どうやら依頼主はフカ・ネコザメみたいですけど」
「(その方って確か、この近くにあるコンカフェの店主でしたよね?彼女は一体何の依頼を?)」
ノルンが突っ込まないのでわたしも触れないけど、どうして彼女は口を動かしていないのに、わたし達と意思疎通が出来るんだろう?喋っている様子もないし、テレパシーの一種なのかな?
「あの放浪カメラマンが御組織になにかされたんですか?ただの無口な盗撮する変態でしょう?」
「実はあの変態もうちの一員なのですが、最近音信不通になってしまいまして……」
「それは知らなかった……。でも彼女ってふつうは連絡は取れるのに不通なんて……」
(あぁこの人は多分ダジャレが好きなんだ……暖房入れようかな……さむい……)
室内の温度は下がり、他の面々が白けた表情をする中、盞華さんは話を続ける。
彼女のメンタルはきっと鋼よりも強いのだろう。ユキさんも白さんも死んだ目をしている。
「そんな彼女が最近、人殺しをしていると聞きまして。問い質そうとした所、こうなった始末」
「(聞き覚えのある銃声を聞いて、彼女の銃で撃ったと判断した我々はお伺いしたんです)」
「成程ね。でも残念ながらボクは最近話してないなぁ。時折見かけることはあるけど」
その後も、ノルンと盞華さん達はなにやら小難しい話をしていたので、わたしは閉店の片付けと空いたカップなどを片付けながら、ノルンが暇になるのを待つ。
ちらちらと彼女を見ても、彼女はわたしを視界に入れず、終始真剣そうな表情で話をしている。
(多分、わたしは聞かないほうがいいはなしだろうし。ノルンのあの顔、多分不幸になる話だから)
片付けが終わり、退屈になったわたしは、白さんから借りた毛布に包まり、ソファで横になる。
鼓膜が破壊されかけたこともあり、身体の疲労がどっと押し寄せて仕舞ったのか、寝てしまっていた。
眠い目を擦りながら、身体を起こすとノルンが膝枕をしながら本を読んでいた。
「あらおはよう、なしろ。もういい時間だし、このままおふとんに入っちゃいなさい」
「……や。もう少しだけお話してから寝るっ」
ノルンは少しだけ困った表情をしているが、これは嫌がっていない。やれやれといった感情だ。
此処からの時間はわたしだけの時間。誰にだって渡してあげない。
今日は怖かったから、なんて言い訳をしながら二人だけの夜を少しの間、楽しむことにした。