#50 戦えない理由
時系列は#39付近です。
のるんがごーすてらを足早に去り、リアに見つかる少し前の頃の話です。
己の仕事をこなし、ごーすてらを出る前に、のるんはフカを店の裏に呼び出していた。
今の店内は、徐々に堕夢から醒める面々を介抱するのに必死で、自分を探す者など居ない筈だ。
夜通し、店内を警戒していたフカは目を擦りながら、のるんの前であくびをしていた。
「なんですの。折角物事がいい方向に進んでいるこんな夜更けに呼び出して。まさか、親権の譲渡を!?」
「うん。当たらずとも遠からず。って感じかな?ちょっと話があってさ」
のるんの表情を見たフカは、一気に表情や態度を切り替える。
真面目な話をしに、呼び出されたのだと気づいたのだろう。
「へぇ、あれだけ頑なに譲ろうとしなかったものを、どうしてこのタイミングで?」
「やらなきゃいけないことが出来ちゃってね。生きて帰れるとは限らないからさ」
フカは目を細め、近くにあった木箱に腰掛け、足を組む。
普段は吸わない葉巻に火を付け、煙を口からぷかぷかを遊ばせながら吐き出す。
「帰って来る可能性はあるんですの?」
「成功すれば、帰ってこない。失敗すれば……、まぁ。生きてはいるだろうね」
フカは小さく鼻で笑う。お前らしくない、と言わんばかりの哀れみの表情も交えて。
ジリジリと葉巻が短くなっていくのを見守りながら、のるんは言葉を続ける。
「流石にあの歳で、一人で生きろ。とはボクも言えなくてさ。じゃあ誰に頼ろうかなって思った時に、年増ネコザメイドが適任かなって」
「本っ当にいつも一言余計ですわね。あの子の為を想うなら、尚の事、生きて帰る選択肢を模索するべきではありませんの?……それとも」
のるんは首を横に振る。
何度も何度も葛藤しながらも、考えた末の結果だということは伝わった筈だ。
苦虫を噛み潰したような表情ののるんを、フカは冷ややかな目で見たまま、煙を遊ばせる。
「そうですの。ですけど、わたくしは戦えませんわ。戦闘能力がからっきしですし、なし姫を守ることだって、ままらないかも知れませんの。戦える上に、あの子を守れる。という条件なら、盞華さんや、フルールさんだって適任だと思いますけど」
「今日はいつにも増して回りくどいなぁ。歳食うと例え話が多くなるって言うけど、そういう事?」
のるんの煽り文句に、青筋を浮かべたフカは長杖を取り出すも、すぐに収納する。
わざと煽っていることに気づいたのだろう。挑発に乗るものかと、冷静さで怒りを抑え込んだのだ。
「フカさんは戦えない訳じゃないでしょ。「失われた職業」の「幻影」の影響で、他の職業が使えないとかじゃないかな?」
「……どうして、そう思うんですの?」
低い声で、警戒心を最大限まで引き出しているその態度がもう答えだ、とはのるんも言わない。
少し考えれば分かるはずだ。ヒントはコレまで一緒に居て沢山残されていた。
のるんは、どう答えようかなぁと、少し考え込んでからポツポツと話し始める。
「まず最初に、フカさんがボクと同じハガル出身だって事からかな」
「でもそれだけなら……」
指をこね、まごついているフカにのるんは困ったような表情で笑う。
「誰も知らないんだけど、実はリアもボクも「失われた職業」、使えないことはないんだよね」
「なっ……。同郷なのは聞いていましたけれど、今でも使えるのは本当に極一部ではありませんの?」
のるんは頷きながら、刀を取り出し、いつもの構えとは変えて見せる。
「「幻影」の構え方……。じゃあ貴方は本当に……」
「一応は扱えるよ。そんなに得意じゃないし、セントラルで使うつもりは更々無いけど」
刀を収納し、のるんはごーすてらの壁面に身体を預け、空を眺める。
「まぁ、前から気づいてたんだよね。戦えないって言って長杖を出した時の動きとかが、今の「光導者」と違って見えたこと。後は多分……、ハガルを出てから殆ど戦ってないから、「光導者」としての戦い方をそもそも知らないとか、そんな所じゃない?」
「……本当、見てないように見えて、見ておくべき所は見てるんですのね。えぇ、そうですわ。わたくしは「幻影」であればそれなりに扱えますが、それでもセントラルでは「失われた職業」を使っての戦闘は基本的にご法度。つまり、戦う手段を持ち合わせていないので無力。と言うことですわ」
フカの言葉を聞いたのるんは、うんうんと首を縦に振り、何故かご満悦と言った表情だ。
「なんでそんなに嬉しそうなんですの?結局は無力で謙虚で瀟洒なネコザメイドなんですのよ?」
「あはは、ごめんごめん。でもさ、本当に大切なものを守るのに、ルールなんて守る必要ある?」
のるんの言葉に、フカは即座には言い返せずに、目を見開き、口をぱくぱくとさせる。
少ししてから、ようやくフカの口から、言葉が聞こえてくるようになった。
「いざって時はそうですわね、目撃者全部をぶっ殺してしまえば……問題はないでしょうけど」
「そういう事!だからさ。ボクに万が一のことがあった時は、お願い」
のるんは深々とフカに頭を下げる。
これまで一度も下げられたことのない頭に、フカは更に驚く。
「バカ店主である貴方が、わたくしに頭を下げる日が来るなんて……」
「そりゃあお願いする時は頭くらい下げるよ。……なしろ一人にこの店を任せても、すぐに潰れるだろうしさ。年増ネコザメイドがバックに居れば、色々勉強になると思ってさ」
やはり一言多いのるんに、フカは怒りを覚えながらも、深く息を吐いてから尋ねる。
「仮に身元引受人になったとして、わたくしにメリットはありますの?」
「……聞かずとも、メリットしか無いんじゃない?散々、ボクからなしろを簒おうとしていた癖に〜。合法的にキミの娘にでも、嫁にでもすればいいさ。勿論、なしろの許可を得たら、の話だけど」
何かを妄想したのか、フカは徐ろにボトボトと鼻血を垂らし始める。
持っていた葉巻の火も消えてしまい、恍惚とした表情のメイド服姿のフカは、うへへと声を漏らす。
よだれを垂らしていたことに気づいたフカは、はっとし、急いで袖で拭って表情を戻した。
「しょ、しょうがないですわね。最悪のケースの場合、わたくしが責任を持って引き取りましょう。でも、可能な限り、生きる選択肢を捨てるのはお止めなさいな。あの子には、貴方がまだ必要なんですの。きっと、貴方を失ったなし姫は、心に深い傷を負うことになりますわ。その傷は、流石のわたくしでもそう簡単には癒せないでしょうから」
「うん。分かった、ありがとう。そのついでにもう一つお願いしても良い?」
恐らく話を半分以上聞いていなかったであろう、フカは二つ返事で首を縦に振った。
「ボクの作戦が進み、最終段階に移行した時、空が黒く染まると思うんだ。その時に、きっと邪魔しにくる人が居ると思う。それもかなり強い相手がね」
「空が黒く……ねぇ。随分ド派手な事、しでかそうとしてるじゃありませんの」
鼻にティッシュを詰め込み、葉巻に再び火をつけたフカは、真面目そうな表情で耳を傾けている。
先程まで鼻血を垂れ流し、恍惚とした表情でトリップしていたとは、とても思えない変わり様だ。
その絵面で、どうしてそんな顔ができるんだろうと思ったのるんは、何も言わずに言葉を続ける。
「無いとは思うけど、もし邪魔が入った時は足止めだけしてて。その子は「星蝕の祭壇」へと至る「リューカーデバイス」を使う筈だから、その前で待っていて欲しいの」
「……その子って、どんな子なんですの?貴方がそこまで言うなんて、気になるじゃありませんの」
フカの言葉に、のるんは優しく笑う。
我が子を慈しむような、その笑みにフカは同性ながらも少しドキッとしてしまった。
「無邪気で、陽気で明るくて……、仲間を大切にするような。そんな優しい子だよ」




