#49 最期の約束
時系列は#19付近です。
なしろが『Noise』と契約し、ウルを退け、ごーすてらへと帰ってきた日の夜です。
なしろが自分の隣で、すぅすぅと寝息を立てている頃、寝かしつけるためにのるんは、一緒にベッドで横になっていた。
なしろが寝たのを確認すると、誰も居ないはずの場所を睨みつけて、部屋を後にする。
目的の人物が自分と一緒に移動したのを確認すると、のるんは1階で、小さな声で呼びかける。
「姿、顕しなよ。別に隠れたって意味無いし」
「随分と懐かしい顔だな。まさか、《削除済み》がまだ生きてたとはね?」
のるんの言葉に呼応して、黒い靄を発しながら、何処からか若い女性の姿をした何かが顕れる。
些か気怠げな雰囲気を漂わせている彼女は、表情を歪ませ、宙に浮きながら頬杖を立てている。
彼女は『Noise』……、なしろに憑依しているまつろわぬ外神。見ての通り人間ではない。
「久しいな。時間の流れを理解してないからアレだが、オマエとはどれくらい振りになる?」
「さぁ。ボクも時間の流れをそこまで把握してる訳じゃないから。それでも壱百年は経ってないんじゃないかな?」
あっけらかんと答えるのるんに『Noise』は快活に笑う。
それなりに大きい声で笑う『Noise』にのるんは眉を顰め、己の唇に人差し指を添える。
「なしろが寝てんだから、もう少し声量抑えなよ。今夜中だよ?」
「あー。人間ってのは昏い時間を「夜」って呼称するんだったか。眠らないアタシからしたら、難儀でしか無いな」
どうも、人間に理解のない人外というのは、自分のことしか考えないらしい。
顕現したばかりだからだろうか。昔はそれなりの良識を持ち合わせていた筈なのに。
宙を漂い、退屈そうにあくびをする『Noise』は、目を細めてのるんを見据える。
「それで、なんでまた現世に顕現してるの?もう出てこれないと思ったのに」
「アタシも大人しくするつもりだったんだけどね。「呼び起こされた」って感じか?」
彼女が嘘を言ってるようには見えない。原因はなしろだと言わんばかりの態度だ。
『Noise』はこの世界に居てはならない。今すぐにでも消し去らねばならない。
少し考えてから気づいた。嫌な予感を胸に抱きながら、のるんは気になったことを尋ねる。
「アンタ、もしかしてなしろと『契約』したの?」
「うむ。アイツがアタシを望んだんだ。それに呼応して『契約』は履行したって訳だ」
『Noise』の言葉に、最悪のケースだ、とのるんは頭を抱える。
何も知らないなしろを契約者に選んだ彼女にも非はあるが、なしろもなしろだ。
(記憶喪失の影響もあるか……、ボクの知らない所で力を欲したんだろうな……)
原因が自分にあることを預かり知らぬのるんは、突然襲われた頭痛に悩まされる。
顕現したばかりの『Noise』は興味津々といった様子で、店内を物色しながら、あ、と声を出す。
「オマエの事だ、どうせアタシが悪いって思ってるんだろうが、壱百、アタシが悪い訳じゃない」
「……勿論、契約したなしろにも非はあるけど。今まで若い女の子と契約したことなんて無かったでしょ」
『Noise』はのるんの言葉に自慢げな表情で人差し指を数回、横に振る。
「ちげーんだよなぁ、アイツ。オマエと近い存在だ。純じゃないが、それなりに「混ざって」やがる」
のるんは『Noise』の言葉に、信じられないといった様子で、目を丸くさせる。
彼女の言葉を信じ、混ざっているということは、親がその類なのだろうか。
可能性を潰すべく、のるんは続けて『Noise』に質問を続ける。
「それって、先天性?後天性?」
「恐らく、後天性。混ざり方が、今までの奴と違う。無理矢理混ぜられた……みたいな感じだな」
ならば、誰かしらがなしろに契約者にさせるべく、手を加えたという事になる。
記憶喪失だと言っていたのも、何者かに記憶を奪われた可能性が途端に跳ね上がる。
(一体、誰が何の目的で……?)
物凄く嫌な予感がする。自分の居ない所で、一手ずつ駒を進められていくような、そんな感覚。
外神である『Noise』や、何の罪もない幼子であるなしろを使ってまで、何をしたいのだろうか。
考えても分からない物は分からない。今は眼の前の外神をどうするかを考えなければならない。
(もしかして、こいつを消さねばならない、というボクの考えを……?)
流石に考え過ぎか。そこまで計算してたとして、自分を消す方法など他にいくらでもある。
それこそ、この世界の猛者や暗殺者に依頼をし、さっさと殺してしまえばいいだけの話だ。
色々考えたのるんは、はっと思い出す。彼女を使用すると、凄まじい副作用が身体を襲うことを。
「ボクが知らない間に、あの子は何回オマエを使った?」
「ん?一回だけだが。そんな事を聞いて、何の意味がある?」
『Noise』の言葉に、のるんは内心、そっと胸を撫で下ろす。
人にもよるが、彼女の力を引き出した際に、意識が混濁したり、心身に負荷が掛ることが多々ある。
最悪の場合、身体が耐えきれずに死に至る者だって居た程なのだ。
そんな危険なものを、まだ拾代の彼女に使わせるわけにはいかない。
「ねぇ。『多重契約』、貴方は出来る?」
のるんの言葉に、『Noise』は、はっと鼻で笑い飛ばす。
「可能か不可能かで言えば、可能だが、オマエに何のメリットが有る?」
「あるさ。あの子がオマエを使った時の副作用を、全部こっちに流せ」
『Noise』は訝しげな表情を見せる。本気で言っているのか?そういう顔をしている。
こちらは怪しまれるのを壱百も承知だ。真っ直ぐと彼女を視界に収め、言葉を続ける。
「そうすれば、仮にあの子が使っても、デメリットは無い。心身の負担もない。そうすれば、ボクは安心出来る。オマエは何不自由無く、この世界に顕現でき、契約者の力になれる。お互いWin-Winだと思わないか?」
「お前……、見ない間に、何処か壊れたか?利己主義の塊だったオマエらしくもない」
人間、時間が流れれば、少しずつ変わっていくものだ。
付き合う人、過ごす時間、周りの環境や、人間関係はその人間を少なからず変えるものだ。
それこそ、不変だと思われる者は、孤独に苛まれ、誰とも深く知り合えなかった愚か者でしかない。
現に、眼の前の外神ですら、少し変わったな、と思わせるくらいだ。
「ボクだって、守りたいって思うものが出来たって良いでしょ?」
「はっ、殊勝なことだね。それが奇しくもアタシの契約者だったという訳か。災難だなオマエも」
ふん、とのるんはそっぽを向く。
腐っていても、感情くらいある。慕ってくれている子を無下にする程、人として終わってもいない。
慕ってくれている者を無碍にし、自分勝手に振る舞う人間など、相手にする価値はない。
のるんはそういう人を良く知っている。だからこそ、そうはなりたくないと思っているのだ。
「そういうアンタは?」
「あん?アタシがなんだって?」
昔の自分であれば、有無を言わさずに消し去るべく、動いていただろう。
だが、今は違う。全ての事情を鑑みたうえで対処を考える。
「さっき言ってたじゃない。大人しくするつもりだったって。現世に未練とか、ある?」
「いや、無いね。強いて言うなら、今回の契約者を可能なら傷つけたくない、ってことくらいか。だから、オマエの提案は面白いなって思った。『多重契約』って手段。乗った、やってやんよ」
『Noise』の手を取り、のるんは彼女と契約を交わし、『Noise』と契約関係になることが出来た。
これで、なしろが力を使ったとしても、副作用がこちらに来るようになった。
「だが……、本当に良いのか?別にアタシは構わないが、昔の《削除済み》ならいの一番に殺しにかかっただろうに」
「ボクだって変わるさ。あと、その名前は捨てたんだ。のるんって呼べ。それに、お前を送り返す方法も考えはある」
『Noise』はふよふよと浮いたまま、へ〜?と興味津々といった様子で立て肘をつく。
基本的には何事にも興味がない、と言った表情で居た昔とは大違いである。
契約者の力になるフリをして、心身共に蝕み、縊り殺す外神とは思えない程、殊勝な態度だ。
「また昔みたいに、大量虐殺した血と怨念、後はオマエの全てを捨てて、アタシを追い返すつもりか?」
「残念ながら、ボクはもう何も持ってないから、それは出来ない。それに、このご時世で大量殺戮なんて出来ないからね……。他人を殺して良いって免罪符は、今はそう簡単には手に入らないから」
かつて、のるんが『Noise』を現世から追放した時は、人が人を殺すのがそうおかしくもない時代だった。
殺し合いや、生存競争が激しく、人間を襲う謎の生命体が人類を脅かしていた時代だ。
生物が死ぬのがありふれていた時代だったから、人を定期的に殺したってバレることもなかった。
時には、何をどれだけ殺すかを誇る者だって居たのだ。そうしないと死ぬと思う者だって居た。
大量の人間を殺して回り、血と其の者達の怨念を持って、『Noise』を契約者から引き剥がした。
「じゃあ。どうするつもりだ?アタシをなしろから、引き剥がす方法あるのか?」
「あるさ。人を多く殺せないなら、効率を上げれば良い。ボクが全てを失ったと言うなら……」
久方振りに、のるんは悲しそうに、それでいて歪な表情で小さく笑う。
覚悟を決めた彼女は、少しずつ少しずつ準備を進めるべく、夜の間に行動を続ける事としよう。
「斬り殺しても死なない武器と、残ったボクの全て。この二つがあれば、問題ないでしょう?」
「ハハッ!オマエ、やっぱ狂ってんな。そんなもん、用意できるのか?」
のるんは『Noise』の言葉に、首を縦に振る。
「作れる奴に心当たりがある。龍の頸の玉だろうと、取ってきてやるさ」




