#48 「幸福な結末」
『そうして、姫宮なしろ達は、姫宮のるんを追い掛け、「星蝕の祭壇」へと向かった』
ネメシスは黙々と、筆を走らせ、一冊の本を書き進めていく。
なしろの動向や、考えなどを一つの物語として認める。これが数少ない、彼の趣味だった。
一頻り、現状の段階を書き終えたネメシスは、書いていた本をペラペラと捲り、考え込む。
「ふむ……、この物語ももう終盤だ。この先の展開が、待ち遠しいね」
「なぁに、悪趣味なこと言ってんの!この変態執筆野郎っ!」
いきなり、こちらを罵りながら、ネメシスの後頭部にきっつい一撃が御見舞される。
死角からの一撃に、顔を顰めながら、声のした方向を見る。
「何するんだ……、痛いじゃないか。ニュクス」
「ふんっ!ネメシスがキモくて、変態なせいだもんっ」
酷い言われようだ。そこまで罵られるようなことをしただろうか。
腕を組み、そっぽを向く、その仕草は本気で怒っているように見えないのが、本当に惜しい。
どうせなら、思いっきり反抗してくれればいいのに、なんてネメシスは考える。
(その方が面白いから。なんて、とても彼女には言えませんけどね)
殴られた後頭部を擦りながら、ネメシスはニュクスに座るように促す。
こういう時はだいたい、話し相手になって欲しい時だ。話したいことがあるのだろう。
「それで?僕の知らない間に外で何を見てきたんだい?」
「ネメシスのことだから、どーせお見通しでしょ?ボクが言うまでもないくせにっ」
心当たりがありすぎて、どれか分からない。
そういう方向で聞いたのだが、どうやら意図を勘違いされたらしい。
未だに幼い部分が多い彼女は、舌戦が得意ではない。故にこういう齟齬が多々ある。
小さく息を吐き、ネメシスはニュクスの隣に座り、手を取って甲に口づけをする。
「残念ながら、僕も万物を見守れるわけじゃない。キミが見たものを教えてくれないかい?」
「そ、そこまで言うのなら仕方ないなぁ!ボクの言葉を刮目して聞くんだぞっ!」
間違った言い回しを指摘したい所だが、丁度良く煽てているタイミングなので、笑顔で聞き流す。
下手に指摘すると、ニュクスのお怒りゲージが伸びに伸びて、手が付けられなくなるからだ。
すっかり気を良くしたニュクスは、自尊心が満たされたのか、ぽつぽつと言葉を紡ぎ始めた。
「少し前に、あの子に会ってきた。前と変わらないあの子のままだったのに、寂しそうだった」
「「姫宮のるん」に会ったんだね。そこではどんな会話をしたのかな?」
ネメシスは、にこやかに頷きながら、内心で舌打ちをしていた。
想定外の事態だ。あれ程、彼女達には無闇に接触するなと言ったにも関わらずだ。
姫宮なしろに注視していたせいで、のるんの動向を注視していなかったタイミングを突かれた。
恐らくは、ラ・フルールをラスフォルトに任せ、盗賊狩りをしていた時だろう。
その時は、茶々丸達や、姫宮なしろの動向を見ていたせいで、姫宮のるんを見ていなかった。
(多分無意識だろうけど、僕の見ていないタイミングだと解ってた可能性もある……)
油断ならないな、と思ったが、ニュクスの表情を見て、溜飲を下げる。
きっと、良い結果は持って帰ってこれなかった。そういう報告である可能性が高い。
ニュクスの言葉を待ちながら、ネメシスは様々な返答を想定して、頭の中で言葉をいくつか用意する。
「やっぱり、意志は固いみたい。それに、ボクがしたこともバレてた」
「そりゃあそうさ。堕夢が同時期同場所で複数人も発症するモノじゃないからね」
ネメシスの言葉に、ニュクスは頬を膨らませる。
突付けば、すぐに破れてしまう程に膨らませた頬は、まるで小動物のようだった。
「む〜。それ、あの子も言ってた。でも、ボクの力じゃ、そういう事しか出来ないし……」
「そうだね、だから下手に動いちゃいけないんだよ。僕達は」
怒りの次は、哀しみの表情。こうもコロコロ変わると、見ていて楽しい。
自分の表情の変遷が少ない分、彼女の感情の起伏の激しさがより際立って見える。
ネメシスは本を置き、何処かへと消し去る。今は彼女だけを見ていよう。
(今、あちらは移動中だ。視界に入れなくても、然程問題はないだろう)
チラリと、姫宮達を見たネメシスは、すぐさまニュクスへと視線を移す。
よそ見していたことも気づいていなそうだ。内心、胸をそっと撫で下ろした。
「でも、このままじゃ本当にあの子が死んじゃう。ねぇ、どうにかならないの?」
「どうにかって?」
ネメシスは、ニュクスに言葉の真意を尋ねる。
解釈違いや、勘違いをしてはいけない場面では、蛇足じみた言葉も大切なのだ。
「だから!あの子が死なないで済むハッピーエンド的な何かだよ!」
「「姫宮なしろ」ごと、殺せば良いんじゃないかい?そうすれば、ハッピーエンドだ」
ニュクスは立ち上がり、顔を真っ赤にして首を横に勢いよく振る。
どうやら、自分の解答はお気に召さなかったらしい。言葉というのは本当に難しい。
「そんな事!あの子は絶対にしない!しかも、それはハッピーエンドなんかじゃないっ!!」
「……ハッピーエンドとやらの定義は人それぞれだろう?キミの言うハッピーエンドってのは、どういう物を指すのかな?」
ネメシスは、眼鏡の位置を調整し、鋭い視線でニュクスを射抜く。
奥歯を噛み締め、ぐぬぬとこちらを睨み返したのもつかの間、珍しくすぐに反論が返ってくる。
「そんなの決まってるっ!二人で災禍を乗り越えて、「姫宮なしろ」とあの子が二人でお店を続ける!それ以上の幸せなんて無いでしょ!キミの書いてる趣味の悪い物語の中でも、一番のハッピーエンドだよっ!」
己の理想を力説し、ネメシスに理解させようとするニュクスに、曖昧な笑顔を返した。
「……そうだね、もし、仮にそんな物語の幕引きがあったのならば、それは間違いなく「幸福な結末」だろうね。……でも」
笑顔に陰りが生じる。それと同時に、収納していた本を数冊取り出し、ペラペラと捲る。
「そんな「幸福な結末」は起こり得ない。今までだってそうだろう?「物語」は、往々にして「不幸な結末」で締めくくられ、其の者の生涯を使い果たし、幕切れとする。そうだね、強いて言うならこういう結末なら、「幸福な結末」と呼んでも良いのかな?」
ネメシスは一冊の本を、ニュクスに差し出す。
彼女に渡した本は、似たような境遇に直面した、とある少女の物語だ。
大切な仲間を想い、救う為に、自己犠牲を繰り返した彼女は、最終的に仲間に幽閉され、半ば自由を奪われながらも生きながらえる。
そんなほろ苦くも少し甘い物語を綴った一冊の本だ。
個人的には駄作の部類に当てはまると思っているのだが、これくらいしか「幸福な結末」と呼べるものがなかった。
ニュクスは手渡された本の表紙を見ると、怒りを顕にし、本を虚空へと投げ捨てる。
「こんなの!ちっとも幸せなんかじゃないっ!それに、この本をボクに見せるのはダメだって、そう言ったでしょ!?」
「そうだった、かな。僕も長く物語を綴るせいで、すっかり忘れてしまったらしい」
惚けるネメシスの胸倉を、ニュクスは掴み上げる。
自分の背丈よりも大きな男を持ち上げることが出来るのは、流石だと言わざるを得ない。
感心しながらも、絞まる首を庇いながら、ネメシスは微笑をたたえて言う。
「止めないか。こうして、キミが僕を害そうとも、「姫宮のるん」の運命は変わらない」
「……ふんっ」
一応、言葉は理解できたのか、掴んでいた手をぱっと、離され、ネメシスは解放される。
えづくフリをしながら、ネメシスはチラリと姫宮達の動向を見る。
どうやら、移動が終わり、「姫宮のるん」達が、星蝕の祭壇へと辿り着いたらしい。
「着いたらしいね、彼女の物語の終着点に。さて、どうなるんだろうね」
「こうしちゃいられない!ボクはあの子を止める!!」
ネメシスは普段着に似た格好から、武装付きの格好に瞬時に変わる。
あちこちを鎖で縛られたようなその姿は、みるからに囚人と言った風体だ。
(もう、物語の結末は決まっているというのに、どうするつもりなのだろうか……)
すぐにでも出ていかんとするニュクスを今更、静止するつもりはない。
だが、老爺心が少し残っていたネメシスは彼女達の動向を注視しながら、言葉を投げかける。
「別にキミを気遣うつもりはないが、止めておいた方が良い。どうしても行くというのなら」
ネメシスの言葉を怪訝に思ったのか、ニュクスは眉を顰めながら、言葉の続きを促す。
「……どうしても行くなら、なに?」
「いつもの行き方は止めておくべきだ。伏兵が居る可能性だってあるからね」
ニュクスは、我慢しきれなかったのか、ぷっと吹き出して笑う。
「伏兵なんて居るわけ無いじゃんっ!時間が惜しいんだから、最速ルートを通るに決まってるっ!」
ネメシスの忠告を聞き入れなかったニュクスは、その場から姿を消してしまった。
急に静かになった、白と黒が入り混じるバーの様な場所で、ネメシスは息を吐く。
「この物語に、キミまで書き記さなきゃいけないのは、些か癪なんだが……」
ネメシスは、仕方ないと言った様子で本を取り出し、ペンを走らせる。
視線の先には、「姫宮なしろ」が他の仲間達とデバイスへ向かう場面が映っている。
「僕は此処で見守るとしよう。最後の最期まで」




