#47 たった、一雫
「居た!!のるん!!」
「……来たんだね、なしろ」
息を切らしながら、駆け抜けたなしろは、目前ののるんに向けて、声を上げた。
どうやら、間に合ったらしい。見るからに出発直前と行った様子の、のるん達を見て、なしろは心底安心した。
それと同時に、頭の中で、何かが割れる音がした。壊れる音がした。
硝子を踏んだ時のような、越えてはいけない何かを越えてしまったような。
そんな不安感がどっと押し寄せる感覚に襲われ、身を震わせる。
(なんだか、のるんがのるんじゃないみたい。じゃあ眼の前ののるんは……?)
いつもの優しいのるん。薄い微笑を称えながらも、少しだけ困った表情。
こんな場所で出会っても、のるんはのるんのままだった。でも何かが違う。
その違和感を言語化出来ないが為に、なしろは酷く、心をざわつかせる。
「どうして、こんな所にいるの?店、なしろに任せたはずだけど?」
「そんなの駄目。店主はお店で暇そうにしてないと、駄目なの」
なしろの言葉に、のるんは複雑そうな顔で苦笑する。
この反応だって、いつもの彼女だ。でも、違う。何か一つだけ、ズレている気がする。
「んぅ……、まぁ、用事が終わったら帰るよ。ちゃんとね」
「帰らないんでしょ。わたし、しってるよ」
なしろの言葉に、のるんは目を白黒させる。
どうして、知ってるの。そう言いたそうにしているのを、必死に抑えてる。
そんな顔をしているのるんを見て、嘘じゃないと分かった。
嘘、つかれてるって分かった。とても悲しい。許せない。信じられない。
(でも、それでも。わたしがやることは一つだけ)
「……そっか、知っちゃったんだ」
「うん。だから、止めにきた。絶対にいかせない」
なしろは真っ直ぐ、のるんを見据える。
寂しげで、悲しげな彼女の顔を、誠実な瞳で射抜く。
のるんは、なしろの言葉を聞いて、首を横に振る。
「ごめん、いかなきゃいけないんだ。時間、もう無くてさ」
「ダメ。そんなの、わたしがゆるさない。絶対にいかせない」
どんどんと曇るのるんの表情に、なしろは胸が締め付けられる。
本当に自分がしていることが正しいのか、のるんが一体何を成そうとしているのか。
それを知らないのに、自分のわがままを貫き通しても良いのだろうか。
(わからない。でも、ここでのるんを失ったら、絶対に後悔する!)
なしろは軽鈍器を持ち出し、のるんの顔面へと突きつける。
目を丸くさせたのるんは、両手を上げ、戦闘の意思がないことを伝える。
「……何のつもり?なしろ、ボクはそんな暴力的な子に育てた覚えはないのに」
「もう、これしかないもん。力尽くで止めないと、のるんが居なくなっちゃう」
なしろがのるんに軽鈍器を振り下ろそうとした瞬間、何かに弾かれ、仰け反ってしまった。
何事かと、のるんが居る方向を見ると、そこには双刃を構えた茶々丸が立っている。
「おっと、ダメだよ。「御令嬢」、僕達はもう行かなくちゃいけないんだ」
「……どいて。まだ話はおわってないの」
自分でもこんな声が出るんだ、と驚く程冷たい声で、茶々丸を威嚇すると、何故か彼女は嬉しそうに身を捩らせる。
良く見たら、身体のあちこちが既にボロボロだ。リンチにでもあったのだろうか。
「そんな声や仕草も出来るなんて、最高じゃないか!「御令嬢」!……ふむ、やはり」
茶々丸はいきなり、真剣そうな表情をして双刃を収納し、ふぅっと息を吐く。
「キミの味方は出来そうにない。悪いが、この場は僕らに譲ってもらうよ。シル!!」
茶々丸がシルヴィアの名前を呼ぶと、何処からかシルヴィアが現れる。
手には見慣れない装置……、いや。見たことがある。あれは、盞華が持っていたものだ。
「はい、仰せのままに。それでは、姫宮様。お先に失礼いたします」
シルヴィアが持っていた、リューカーデバイスを起動する端末が、光を放ち、のるん、茶々丸、シルヴィア、リアの余人が光に包まれる。
行かせまいと、必死に手を伸ばすも、リアのテクニックで軽鈍器での攻撃が防がれる。
「だめっ!いっちゃだめ!!のるん!!」
「ごめんね、でも、本当に止めたいなら……待ってるから。「星蝕の祭壇」で」
のるんの言葉に、のるんにくっついていたリアが眉を顰める。
「貴方まで余計なことを言わないの。此処で今生の別れで良いじゃない」
「あはは、まぁ……少し寂しいじゃん?それに、きっと、来れないだろうしさ」
頬を掻き、困った表情で笑う彼女は、本当にいつもの彼女だった。
どうして……リアの前では、いつもののるんなのに、なしろの前では違うんだろう。
心の中で、じくじくと癒えない傷が拡がっていく感覚に襲われる。
(なんで、あいつの前で、そんな顔で笑うの。どうして、隣りにいるのがアイツなの)
なしろの視線に気づいたのるんが、転移直前になって、笑いかける。
「ボクの代わりに、なしろが店主になってよ。ボクはもう、ダメそうだからさ」
それだけを言い残したのるん達は、その場から瞬時に居なくなる。
力が抜けたのか、なしろはその場でへたり込んでしまう。
「そ、んな……どうして、どうしてそんなひどいことが言えるの……」
涙がボロボロと溢れ、手で拭っても拭っても止まらないそれは、暫くの間続いた。
それでも、泣いている暇すら無い。そう思ったなしろが立ち上がろうとするも、立てない。
どうやら、相当の力を消耗していたらしい。
それもそうだ、他の面々を置いて、一人で此処まで駆け抜けたのだから。
「姫宮嬢!!ようやく追いついた……」
先行していたなしろを、盞華が息を切らしながら、追い掛けてくれていたらしい。
近接職を修めているだけあって、こういった長距離走も得意なのだろう。
他の面々はまだ見えないが、盞華は、なしろを抱き寄せ、心配そうな表情で見ている。
「大丈夫ですか?一体、この場で何が起きたんです?」
「実は……」
なしろは、のるん達に会うことが出来たこと、のるんが、ごーすてらに帰るつもりがないのは真実だったこと。そして、「リューカーデバイス」を使って、「星蝕の祭壇」という場所に向かったことを、弱々しい声で伝えた。
「何ということを……」
信じられない、といった形相で、なしろの話を聞いていた盞華は、奥歯を噛み締めている。
「ねぇ……、「星蝕の祭壇」って何する所なの……?」
なしろの言葉に、盞華は黙り込んでしまう。
彼女が此処まで、言葉を考え込むような場所なのだろうか。返事を催促すると、盞華は悲しげな表情で言葉を紡ぎ始める。
「……「星蝕の祭壇」は、生贄文化が未だに色濃く残されている「スティア」地方にある場所です。そこでは、大きな災いを鎮めるために、人の命を捧げ、平穏を保たせる。とされています。そこに行き、もう帰らない、と本人が宣言したということは……」
盞華の言葉を聞いたなしろの顔は、血の気が引き、真っ青になる。
「じゃ、じゃあ……のるんは……」
なしろが恐る恐る放った言葉に、盞華は苦虫を噛み潰したような表情で、首を縦に振る。
「恐らくは、姫宮殿が自ら、生贄に捧げられようとしているのでしょう……。災禍の為に」
「のるんの命が必要な災いってなんなの!どうして、のるんが死ななきゃいけないの!!」
自問自答のような、魂の叫びを放ってから、ふと気づいた。居るではないか、災いとされる者が。
今の今まで、気づかなかった。ずっと何かが引っ掛かっていた物が、少しずつ紐解ける。
(リアさんとの戦いの時、「Noise」が出せなかった。のるんは物凄く苦しそうだった)
もっと、考えてみれば色々気になる部分は多かった。
堕夢騒動の際、のるんだけ、身体の負担が凄まじかったのだ。
他の面々は、多少の傷こそあれど、ほぼ無傷で帰ってきていたというのに、のるんだけが瀕死だった。
その時は、さらとの戦いがそれほど苛烈だったのだと、思っていたが、違った。
(あれは……やむを得ずに「Noise」の力を使った後遺症……、なんで……)
なしろも最初に「Noise」を使った際には、強烈な副作用が身体を襲っていた。
そこまで考えて、なしろは更に顔を真っ青にさせる。
(最初の一回以降……、副作用がなかった……?)
身体の倦怠感や、無理に動かした身体の痛みなどが、襲い掛かっていたのが、いつの間にか無くなっていた。
それを自分の成長だと思いこんで、疑わなかった。でも、違ったのだ。
(どうして、もっと早く気付けなかったの!わかっていれば!止められたはずなのに!)
どうして、止められなかったのか、と。どうして、もっと強く抵抗しなかったんだ、と。
後の祭りにも関わらず、なしろは地面に拳を打ち付ける。
「止めましょう、姫宮嬢。今は後悔している場合では無いです。我々も追い掛けて、止める事が先決でしょう?他の面々が追いつき次第、追い掛けましょう」
「……!うん!」
なしろは涙を拭き、他の面々が追いつくのを待ってから、「リューカーデバイス」を起動し、のるん達を追い掛ける事にした。




